17 開発室

「これは……たぶん、あの戦車に使われてる……?」


 開発室の中央、真っ黒い台座の上に置かれた〈悪鬼魔石駆動機関ゴブリン・エンジン〉。黒光りする金属、でたらめに突き出たパイプ、中央でかすかに脈動する、握りこぶし大の魔石。乱雑ながらもしっかりとカットされて整えられたそれは、まるで世界最大のダイヤで時価数十億する、的な雰囲気を醸し出している。


「そうじゃないですか?」


 色葉が心底興味なさそうに、部屋全体を見回しながら言う。

 結局星空スターリー・スカイコーデのまま、自暴自棄なパンチで試練を砕いた色葉は、そこからずっと、この調子だ。僕がなにを言っても、死んだ目で敬語しか話さない。


「……ねえ、本当に、竜胆くん、なにしたんですか……?」


 リサさんが心配そうに呟いてくる。開発室と書かれたこの部屋に入って、逆の階段を上ってきたらしいリサさんとスライ・スライに会っても、色葉の調子は変わらなかった。再会をばっちり喜ぶのに、僕にはまるで、1ミリも信頼していない教師に表面上従うフリをしている子どもみたいな調子。


「やだな、リサ、なんにもされてないって」

「…………そうなんですか、竜胆くん……?」

「いや……まあ……その……」


 僕には答えようがない。


 なにもしなかったけど、なにもしなかったのが悪かったんですか、それならそうとちゃんと言葉にして言わないのは相手の理解によっかかる甘えじゃないんですか、蕎麦アレルギーの人が蕎麦屋に行ってアレルギーで死にそうになったら悪いのは蕎麦屋ですか、とは、さすがの僕だって、あんまり口に出して言わない方がいいんだろうな、とは、わかる。


 ……でもそうすると、なにも言えることがないので、さもなにかあったかのように言葉を濁すしかない。


 こういうときはスライ・スライの、あの、空気を読む機能が種族的についていないと思わせる力で場を和ませてもらうしかない、と、救いを求めて彼を見るけど……。


「……すっげ……すげ……すっげー……」


 開発室に並んでいる様々な工具、開発途中のパーツ、試作品に心を奪われているようで、感嘆のつぶやきしか聞こえてこない。まあ、気持ちはわからないでもない。




 繭に覆われたこのビル、中央に位置するであろうこの部屋、開発室。

 さながらメカ系スーパーヒーローの秘密基地。


 しかもそのスーパーヒーローは、スチームパンクな味付けをされている。


 どこを見ても、真鍮っぽくぎらぎら光るパイプ、歯車、メーター、レバー、スイッチ、スイッチ、トグル・スイッチ……!

 そして中央の机には、作戦マップっぽいものまで!

 見ているだけで僕だって、心の中がうずうずしてくる。


 バカでかい部屋の中央を占有している大きな机には、羊皮紙めいた手触りの地図が拡がっている。おそらくは弐番街をあらわしているその地図の上では、小さなチェス駒が何十、何百とうごめき、衝突し、片方は机脇のゴミ箱らしきところに入っていく。おそらく、冒険者と悪鬼ゴブリンの戦闘をあらわしているんだろう。ゴミ箱に入ったチェス駒は少し時間を空けると、地図の上方にひとりでに移動し、また弐番街の各地に散っていく。魔法系スキルなのか、発明系スキルなのか、それとも両方なのか、今の僕たちには判断もつかない。


 机の横には、ごろごろ、開発途中らしいパーツや武装が転がっている。銃身が3倍ぐらい太い烈風銃ブラスター、スイッチを入れると高速で振動するドス、金属部品が剥き出しの下半身骨格、発明家インベンターがよく持ってるスチームパンク風味な単発銃。


 かと思えば培養ポッド的なものが数十個並び、中にはマスクをつけた悪鬼ゴブリンが数体、こぽこぽ泡を上げる緑色の液体の中でゆらめいている。いきなり遺伝子工学かよ、と思いきや、ポッドの前のスイッチ類はトグルスイッチで、液晶代わりに歯車でなにかの数値が表示され、かちかち音をたてながら動いている。ひょっとすると錬金術が化学と融合し……的なやつかもしれない。なんたってポッドの後ろには、蒸溜の仕組みを解説するイラストでしか見たことがないような、きれいに曲がりくねったフラスコと、口の曲がりくねった真鍮っぽいヤカンみたいなやつがくっついて、しゅうしゅう、蒸気を吹き上げている。


 開発室全体がごちゃごちゃと、そんなものに埋め尽くされている。




「ま……まあ、その、あの…………えと、たぶん、ここ、開発室、というかコントロールルームというか、そういうところ……ですよね?」


 リサさんは少しうろたえながらも、闇を避けるように明るい声で言う。彼女の人生にこの先、ものすごくいいことがありますように。


「…………だと思う……でも、わざわざ試練の後にこの部屋に来させた、ってことは、いわゆるご褒美的な部屋だろうから……昔使ってた場所を、その場所に改造させた、ってことじゃないかな」


「な……なるほど……ここでパワーアップして、ボスを倒せ、的な……?」


「……でも、現状、ボスが誰かもわかんないよね……そもそもいるのかも……この地図見てたらわかるのかな?」


 色葉はまだ僕と会話する気がないのか、リサさんとだけ目を合わせて言う。ほんとに、なんだってんだよ……?




 ただ、彼女の言うとおりではある。




 参番街への道筋は、相変わらず僕らにはつかめていなかった。街にはふよふよしたガセとへぼ推理しかないし、弐番街をいくら捜索しても有用な手がかりは出てこない。


「どうでしょう……この地図、情報がありそうでなさそうな……もちろん、書き写せば使えるでしょうけど、上に繋がりそうな情報は……」


 リサさんが地図に目を落とす。


 弐番街の地図上をうごめく小さなチェス駒は2色に分かれていた。

 白の騎士ナイトと、黒の城砦ルークに黒の兵士ポーン兵士ポーンはかなり、数が少ない。

 たぶん、白が冒険者サイドで、黒が悪鬼ゴブリン側だろう。地図上の開発室には今、騎士が1つ置かれていることからも、騎士1つでパーティ1つをあらわしているはず。


「にしても今弐番街に挑戦してるのって100……200……何人いるんだ……?」


 その数には少し、くらくらしてしまう。ここは元々アジア1の歓楽街、歌舞伎町の数倍の広さがある広大な市街地ダンジョン。そう考えるとむしろ少ない、って計算になるだろうけど。


「……なんで黒は、城砦ルーク兵士ポーンなのかな?」


 色葉が小首をかしげて呟いた。たしかに、この階層に出てくるモンスターは2種類以上。ちょっと不自然なような気もする。それに兵士ポーンの数は城砦ルークに比べ、かなり少ない。チェスのことはほぼ知らないけど……たしか、兵士ポーンみたいなので、城砦ルーク飛車ひしゃみたいなやつ。数の対比を作るなら、普通逆にするんじゃないか?


「発明家と、その手下、っていう形じゃないでしょうか?」


「…………いや、それにしては数がおかしいな……リサさん、チェスわかる?」


「わ、私、テーブルゲームはさっぱりで……」


「僕もだ」


 対戦相手が必要なゲームを、個人的には、ゲームと呼びたくない……歴史からすると向こうが正当派でこっちが異端ってことはわかってる、けど。


 それでも、不自然さにひっかかって考え込んでしまう。


 地図上の兵士ポーンを数えると、10人もいない。僕らが倒してきた発明家インベンターの数は、たぶんそれよりずっと多い。となるとこれは発明家インベンターじゃなくて……。


「じゃー……これ、あの戦車ってことかな」

「…………あんなのが10台近くいるのか……」


 僕はげんなりして呟いてしまう。

 灰丸が階下にたたき落として、1台全損させたのを除けば、あの戦車を倒したパーティの話ってのは聞いたことがない。みんなアレは、出会ったら逃げる、出くわさないように行動する、を僕らに学ばせるためのモンスターだって考えてる。


「だいたいナーロッパ基準で考えて、冒険者の装備で戦車の装甲を……」




 あ。




 思わず僕は地図から顔を上げて息をのむ。

 すると、同じようなことをしてた色葉と目が合う。

 色葉は少し複雑そうな顔をしたものの、少し見つめ合うと肩をすくめて息を吐いた。なぜか、僕に向かって、どーぞ、みたいなジェスチャー。




「厚さ30センチの鋼板でも、ぶち砕けるのがスキル……」




 あの試練で自暴自棄の色葉は、星空スターリー・スカイコーデの全力で鋼板をぶん殴り、見事、打ち砕いた。心配してた手へのダメージも、コーデがかなりミニスカになって、綺麗な鎖骨が剥き出しになるぐらいデコルテを見せるタイプになってたぐらいの代償で収まった。僕は彼女の方を見ないように自分に言い聞かせるので精一杯で、皮肉めいたことはなにも言えなかった。とはいえなにか感想が言えたとしても、ロリィタ服とセクシーって、日本とブラジルぐらい離れてる概念だと思ったけど、電車で2時間ぐらいの近さだった、ってことぐらい。


 ともかく。


「やっぱり、戦車を倒せば、上へのなにかが……?」


 リサさんも気付いたようで呟く。


「少なくとも……上の試練は、あの戦車は僕たちでも倒せる可能性がある、ってことを気付かせるためのものだったとしても、おかしくはないと思う。下のは?」


「うーん……ひっかけなぞなぞみたいなものですけど……問題文を疑え、自分の思い込みを捨てろ、みたいなこと……っていうのも、むりやりな解釈かも、ですけど……」


「戦車は人には倒せない、ってのは……でも、まっとうな思い込みだよな……」


「けど、私はぶっ飛ばせた」


 子どもみたいに意味不明にすねて、会話に参加できなくなることにじれたのか、色葉もようやく口を開く。


「動かない鋼板を、だろ。相手は車並みの速度で動くんだ、ひき殺されるだけで一巻の終わり。冷静に考えたら……このビル自体、倒せないモンスターである戦車に、勘違いさせて挑ませるための罠、って可能性の方もある」


「……それはそうかも……でもさぁ……」


「色葉、無茶な攻略をして、1番先に死ぬ可能性が高いのはメインアタッカーの君、次にスライ・スライなんだ。確信できるまで僕は、絶対に挑戦しないからな。これは絶対、なにを言われてもだ」


 星空スターリー・スカイコーデごと、色葉が無限軌道に挽き潰されていくのは、想像したくもない。

 彼女がいなくなった僕はたぶん、それこそ、人間の形をしたうんこから、単なるうんこになってしまう。僕がなんとか社会的生物でいられるのは、そのフリをしなければいけないと思い続けていられるのは、彼女がいるからでしかない。


「君は君で、僕がどうにかなるのが不安なのかもしれないけど、僕は僕で君がどうにかなったらって思うと不安なんだ。自分を振り返って、僕がダメになったとき君がどういう気分になったか、思い出してくれよ。今度はそんな思いを、僕にさせたいのか?」


 自分が受けた酷い仕打ちは人にしないだろう、と、人間の道徳として当たり前のことを言った、つもり、だったんだけど……。




 なぜか色葉はきょとん、と目を丸くして、僕を見つめ。




 かあぁぁ、と音が聞こえそうなほど顔を赤くして。




 そんな自分に気付いたのか、ごほごほとわざとらしい咳払いをして、そ、それは、そう、かもね、と聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で言う。




「……でも、竜胆くん。このまま弐番街でレベル上げを続けてても頭打ち、いずれレベルの高い人たちの養分にされて終わりだと思います」


 リサさんがなぜか、アルカイックな笑みを、溢れんばかりにたたえて言う。


 心の中で、さあ勘違いしようじゃないか、という声と、おい童貞調子に乗るな、という声が同時にして……


「…………まあ、たしかにそれはそうなんだけど……現状、決め手に欠ける……ここのあのエンジンで僕たちも戦車を作ってから、それに乗って戦車に挑戦する、ってのが攻略法だとは思うんだけど……戦車を作るなんて、どんなスキルがどれぐらいあればいいやら……」




 ……用事よ! 用事! 僕を救え!




「よしわかった。お前らバカなんだな」

「うわっ! ……な、なんだよスライ・スライ、いきなり……」


 いつの間にか僕の隣にいたスライ・スライが言って、ちょっと跳び上がるほど驚いてしまう。


「バカをバカと言ったまでよ、ぐふふ」


「誰がバカだって?」


「お前ら3人ともだ」


「なんでさ?」


兵士ポーンは昇進するのだろう? ぷろもーと、と言ったか? 王がチェス好きでな、やらされて覚えておるぞ」




 ……。




 ……。




 ……。




「だいたいは最も強力な、女王クイーンになるが…………え、マジ知らないの?」




 ……。




 ……。




 ……。




 呆然としていると、くすくす笑い。見れば、色葉がこらえきらない、って感じで手を口にあてて、笑っていた。リサさんもぷっ、と吹き出し、僕はやれやれと言いたくなるのをこらえて、頭をぽりぽりかいた。


 僕がチェスについて知ってることといったら……将棋とは違ってとったコマが使えない、ってぐらい。色葉もリサさんもきっと、おんなじぐらいなんだろう。


 ため息とともに、大昔の記憶を思い出した。

 図書館で退屈して、検索PCにゲームって打ち込んでみたら、出てくるのは将棋やチェスの本ばかりでがっかりした子どもの頃。


 ……1人用ならゲームだってことで、チェスゲームとかもやってみればよかったな。

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