15 上は洪水、下は大火事、な~んだ?

「火だるまゴブリン大水車部隊だいすいしゃぶたいじゃないか、懐かしい……」


 目を細め、遠い昔を懐かしむような顔をしているスライ・スライを、リサはどう考えればいいのかわからなかった。


 部屋を出るとそこは、長い廊下が1本きり。

 出口のようなものはどこにも見えない。

 ただ廊下の壁に、A4コピー用紙が6枚、張ってある。その下には、いかにも押してください、と言わんばかりのスイッチがそれぞれ一つずつ。紙に目を向けてみると……




【① 上は洪水、下は大火事、な~んだ?】




【② 我こころみに問う。非・食用のパンとはなんぞ】




【③ おんなじ冠をかぶってる、五つのお山がありました。お山はそれぞれ地の底で、くっきりかっちり繋がってるよ。どのお山もみんな、とってもとてもよく似てるけど、一番に低いお山だけ、はっきりかっちり決まってる。そのお山の名前は、な~に?】




【④おお、オレはもうだめだ!

  左も右も、上も下も、敵だらけ。

  しゃわわしゃわわと喚いたら、

  こぷりこぽると叫んだら、

  逃げろや、逃げろ、一直線だ!

  おお、光が見える。あれは、あの光は。

  おお! オレの仲間たち!

  右も左も、下も上も、仲間だけ!

  なにも言うことナシ!

  最後に一つ、言うならば

  おれの名前を、当ててくれ!】




【⑤ 走る。走る。走る。


   走る。生まれたときから、止まりもせずに。

    速くもなく走る。遅くもなく走る。

     捕まらずに走る。のろまどもを、牢獄に捕まえる。


   だが牢獄のなんと、穏やかなことか。

    繋がれた者達は恍惚。

     家族を失い自分を失い、名前を失う恍惚の中に。


   だが牢獄のなんと、賑やかなことか。

    あふれている、すべての繋がれた者たちが。

     王も王冠も、物乞いもその器も、草も花も、あらゆる生命が。


   あふれかえっている。


  ああ、されば称えよ。

   王の威厳を。

    王冠の威容を。

   物乞いの懸命を。

    器の幽寂を。

   草の忍耐を。

    花の絢爛を。


   あらゆる生命の意味を。】





【⑥ 問題文の下のスイッチを、短い順に押して回答すると、なにかが起こるかも……!?(免責事項:答が異なる場合、冒険者の生命、財産は保証されません。詳しくは壱番街冒険者ギルド、もしくは壱番街RMTリムト銀行新宿繚夜本店にて、将来的な悪鬼法施行以前の契約についてのガイドラインをお読みください)(回答は日本語を想定しています)】




 クイズ、というか……なぞなぞ、の答を出して、その言葉の短い順にスイッチを押すと脱出の道が開き、間違えるとなにか酷いことが起こる、という理解で間違ってはいないだろう。リサは思った。


 けど……どう答えろっていうの、こんなの……?


「よしわかったぞ鉄方、押していいか?」


 バスの降車ボタンを前に目を輝かせている子どものような顔をしたスライ・スライがこちらを見上げてくるものだから、慌てて首を振る。


「……なんで?」

「あ、や、そ……その……えと……」


 おたおたと辺りを見回しても、オフィスフロアじみた廊下しかない。リサは、自分なんかにこのゴブリンとコミュニケーションがとれるだろうか、と不安になり…………


 …………冷静に考えると、ゴブリンと流ちょうなコミュニケーションをとれる自信のある人間、は、ちょっとヤバいな、と気付いてため息をつき、口を開いた。




「え、えと、1番の答、は?」


「だから、火だるまゴブリン大水車部隊だいすいしゃぶたいだな」


「……な、なんで、すか?」


「オレがまだ英雄ではなかった頃、100の穴を巻き込んだゴブリンの大戦おおいくさでちょーーーすごかった部隊だ。火をつけたゴブリンに水車を運ばせ、相手に大損害を与える。今ではどんな子どもも知っているおとぎ話級フェアリーテイル・クラスの伝説だ。もっとも対策の、水浸みずびたしゴブリン超火車部隊ちょうひぐるまぶたいが知れ渡ってからは、誰もやらん戦術となったが」




 爆弾をつけた車輪パンジャン・を敵陣に放つドラム、よりも意味のわからないことを言われ混乱したリサは首を振った。




「…………まさか、違う答を知ってるのか?」


「あ、え、えーと、はい、人間的な、答だと……上は洪水、下は大火事、は、お……おふっ……お風呂、です」


「………………なんで? 風呂は洪水じゃないじゃん。しかも下が大火事って、大火事じゃないじゃん。せいぜい火事でしょ? あと人間ってお風呂を、火じゃなくて電気で作るんでしょ?」




 なぞなぞの答に納得がいかず悪あがきする大人のようなことを真剣に言うスライ・スライ。リサはますます混乱した。




「じゃ、じゃあ、2番っ……目、は? 食べっ……られないっっ、パン」

「ゴブリン大祭の奉納パン! 爆破するパンだ! すごいぞ! オレが作ったときは、地図が変わるほどのできばえだった! ぐばばばばば!」




 自慢げに笑うスライ・スライには、何も言える気がしない。




「…………3番目……は……たぶん、手のことで、一番低い、短いのは、親指、ってことだと思うん、ですけど」


「はぁ……? ゴブリン神話の一節だろう、これは。ゴブリンの神、ゴブーリブーン・ゴブーズブーゴズー・ゴーブゴーが、高い山を作るのに飽きて作った一番低い山、すなわち我々ゴブリンの暮らす穴、ゴブリン穴のことだ」




 ……。




 ……。




 ……。




「4番目……?」


「…………そちらだと、どうなるんだ?」


「これは……迷いますけど、空気……水の中の、泡、みたいなところじゃないかと……水の中にいるときは、空気の泡に仲間はいませんけど、水の上に出れば……」


「はぁ……考えすぎだよー……ビブズ穴とメレレ穴の戦の時の、オレだよこれ。メレレ穴は空気の中に穴を作る変わったゴブリンでさ、そのときは協力してたんだ。スパイをやったんだぜオレ! でもバレて、将軍にされそうだったから慌てて逃げた。いやはや、あの時は生きた心地がせんかったぞ!」




 聞けば聞くほど意味の分からないエピソードで、頭が痛くなってくる。


「で、5番目は……」


 だがその紙の前に立った途端、スライ・スライは少し言葉に詰まり、首を振った。


「わからない……ですか?」


 リサとしては、まあ時間だろうな、ぐらいのなぞなぞだったのだが……。




「いや、違う……」




 どうしたことか、スライ・スライの声がうわずっている。不思議に思って彼を見ると、片手で顔を押さえ、肩を少し震わせ、鼻をすすっている。




「え、あ、え……?」




 嘘、泣いてる……?」




「……すまん。少し、胸が詰まってしまった」




 顔を拭ったスライ・スライはまた鼻をすする。

 たしかに目の端に、涙の流れた跡がある。




「その……えと……」


「真に偉大なゴブリンの詩人、ロアズの詩だ」


「…………詩、ですか……?」


 それほどゴブリンからかけ離れたものもないだろう、と思うリサだったが、スライ・スライは珍しく神妙な顔をして続けた。


「ロアズはその生涯で、数千、数万の詩を残している。今でも彼の詩の発掘は続いてるんだぜ。日本語に訳されて少しニュアンスは違うけど……まさか、こちらの世界で彼の詩を、また読むとは……」


「……えっ、えとっっ……あのっ…………どういう、い、ぃ、意味とか、は……?」


「ロアズの詩に意味はない。少なくとも、ないとされている。彼は無意味の意味を考え続けた詩聖しせいなのだ。この詩は彼の作品の中では異色で、別人の作という意見も根強い。だがオレは……オレはこの詩は、どうしようもなく、ロアズのものなのだと思う。この詩を思うといつも、彼の生について、思いを馳せてしまうんだ」


 ぷるぷると首を振り、細めた目で紙を見つめるスライ・スライ。


「ゴブリン大戦おおいくさで負けたロアズの部族は皆殺しにされたが、ロアズだけは見せしめのため、1人残された。刑罰として延々と、穴のさらに地下を、無意味に掘らされ続けた。だが大戦の勝利に浮かれる国は、さっぱりロアズのことなど忘れてしまった。そして1年、10年、100年……ようやく誰かが、そんな刑罰があったと思い出した。そして再びロアズをつなぎ止めていた穴の底にたどり着くと……そこには、床に、壁に、天井に、詩が溢れかえっていた。穴がどこまで掘り拡げられたのかは、まだわかっていないほどだ。彼の亡骸なきがらもまだ見つかっていない」


 ふう、と大きくため息をつくスライ・スライ。


「……記されていた詩はどれも、究極の無意味と自由への賛歌、つまりはゴブリン賛歌の極みだ。ゴブリンはどこまでも自由だが、ゴブリンに意味はない。それが我らゴブリンだからな…………だが……彼は誰よりも意味を欲していたのだと思う……牢獄の壁に石で詩を記す自分には、決して、手に入らないものだと知りながら……せめて、オレ、オレたちに、意味……意味をっ、残して、やろうっ、とっ……」




 スライ・スライがまた言葉に詰まり、顔を押さえた。

 リサは少し、自責の念を感じながらそれを見ていた。




 悪鬼ゴブリンたちのことを、単なるモブのザコ、としてしか、見ていなかった自分がいることは、たしかなのだ。




 ……それでも、誰かの人生に感じ入って、その作品に涙するなら、そんなの、私たちと、同じじゃないか……たとえその作品の意味が自分には、壱ミリも理解できなかったとしても。むしろ理解できないからこそ強く、彼の人格のはっきりした質量と、くっきりした輪郭線を感じる。




「っ……す、すまんな……オレも年をとった、ロアズのことを思うだけで、泣けてくる……っっ……これは彼にとって例外の詩なんだ……彼もまさか、後生に残されるとは思っていなかっただろう……もちろん、そうもちろん、彼は偉大な無意味の詩を残しているんだぞ、数百、数千、数万! 1人のゴブリンが土に埋もれ続けていく様を、流水のように闊達な言葉で記した1111行詩などはもう、読むだけで窒息するできばえだ!」


「そ、そうなん、ですか……」


 興奮するスライ・スライに怯えつつも、なんとか、答を頭の中で整理した。






 人間的に答えるなら、


①風呂

②フライパン

③親指

④泡

⑤時間


 となる。




 が、ゴブリン的に答えるなら


①火だるまゴブリン大水車部隊

②奉納パン

③ゴブリン穴

④スライ・スライ・ゴグル

⑤ロアズ?


 と、なる。

 ……と、なって、意味がわからない。


 だが人間的な答は語数、文字数、かぶるものがあって、短い順に並べるのは不可能だ。風呂をお風呂と言い換えるような形で調整はできるが……そんな曖昧なものを、間違えると免責事項を書いておかなければならないほど酷いことが起こる仕掛けで使うだろうか?


 しかし……ゴブリン的な答もまた、よくわからない。


 ゴブリンがいなければわからない答を、冒険者プレイヤーたちに向けた仕掛けで使うだろうか?

 壱番街ですれ違うゴブリンはすべて街の住民で、冒険者となってダンジョンに挑むゴブリンはあまり見たことがない。悪鬼ゴブリンにしてみれば、ダンジョンの中で待っていれば経験値が向こうからやってきてくれるのだから、わざわざ冒険者にならなくても良いのだろう。完全にいない、というわけではないけれど……。

 しかしそうすると……こちらの答もまた、仕掛けの手がかりとして使うには、不適当となるのではないか。他種族が参加するレベル上げの場にある謎解きで、ゴブリンでなければわからないアンフェアなものを出したなら、種族間の問題にまで発展する可能性さえある。


 短い順、短い順、短い順……


「……短い順……」


 考えながら、口に出して呟いてみる。問題文がなぞなぞめいたものなら、答もまたなぞなぞめいたものになる……のでは、ないだろうか。


「……これ……誰が、作ったんでしょう?」


 リサは言う。謎解きに集中している分、普段は暴走する自意識に使われている脳が解放され、ある程度つっかえずに話せている。


「…………うん? それは、ここの悪鬼ゴブリンどもだろう」


「じゃあ、この仕掛けも、やっぱり……その、悪鬼ゴブリンが、冒険者たちに、解いてもらうため、に作った……?」


「まあ、そうなんじゃないの?」


「もしくは、殺すために……」


「……うん? なんで?」




 スライ・スライが問うが、リサは彼を手で制し、少しうつむいて考え込む。

 ミステリ要素を作品に持ち込むことが多い作家として、こんな謎解きとも言えないような、読者に謎として提示したら、アンフェア過ぎるとしてレビューが大荒れしそうな謎に、負けるなんて腹立たしすぎる。




「…………悪鬼ゴブリンたちにしても、冒険者が増えすぎたらバランスをとりたく、なりますよね。皆殺しにされたら数が足りなくなっちゃう」


「いくら冒険者どもが増えようが、我々の増える速さにかなうとは思わんが……まあそうだな」


「とすると、ここ、間違えたら死んでもおかしくない罠なんだと、思います。即死トラップのないダンジョンですけど……こういうタイプの罠で間違えたなら……言い訳が立つ。免責事項も、わざわざ書いてありますし」


「……ほんと~?」




 鼻をひくつかせるスライ・スライが首をひねる。

 しかし、リサは笑ってスキルを起動させる。




「……やっぱり。生物感知ディテクト・リビングだと、周囲に……ちょっと、びっくりするぐらいの反応……ひょっとすると、1,000体以上の失敗作が、詰まってます」


「1,000体……となると2時間ぐらいか」




 当たり前のように言うスライ・スライに、一瞬ぽかんとしてしまうリサ。


「………………い、いやっ! むっっ……無理ですよ、それは!」


「そう?」


「そうです! スライ・スライさんが、強くても、手が足りませんよ」


「えー、そーかなー」


「そうですってば……だから、ここは1回で正解しないと、まずいです」


「だったら簡単じゃん! 答の短い順に押せばいいんだから、ええとー」


 小走りにスイッチまで駆け寄り、押そうとするスライ・スライを慌てて止めるリサ。


「だ、だから! それがわからないんですってば!」


「そうなの?」


 なんとか、答が揺らいでいて順番が定まらないことを説明するリサ。先ほどまでは、ほんの少し、わずかに、偉大な先人の詩に感涙する文化人として見えていた彼がとたん、遊具の順番に横入りする小学生に見えてきて、思わずため息をついてしまう。本当に、本当にこの悪鬼ゴブリン、ゴブリン、愚嗤鬼ゴブリンという種族は、わけがわからない。わけがわかるもの、として考えるのがそもそも、間違っているのだろう。


「短い、順……」


 もう1度呟いて、ゆっくりと歩きながら問題文を見て回る。スライ・スライもそれをまねして、いかにも考え込んでいる風に腕組みして横を歩く。だが、最後の⑥まで歩いてみてもなにも思いつかない。ため息をついてわずかにでも手がかりがないかと、問題文の記された紙自体をつぶさに見てみるが……


 ……14ポイントのMSゴシック。


 と、いらない情報がわかるばかりだった。悪鬼ゴブリンがパソコンの前に座り、マウスをクリックしている様を想像すると少しおかしかった。彼らが、印刷したとき綺麗に、それっぽく・・・・・なるように行間や改行を調整している姿はさぞかし、皮肉めいた一コマ漫画のようになっていたことだろう。


 改行とかも気になっちゃうよねー……私はもう、気にするのやめたけど……。






 が、そこでなにか、引っかかるものがあった。






 自分が何に引っかかっているのかわからないまま、もう一度紙を順番に眺めていく。どの紙も、綺麗に、余白の白さが目にまぶしいほどしっかり、印刷されている。


「短い順」


 そして⑥を読む。


「短い順」


 もう一度、①から⑤まで。






 そしてリサは、大きくため息をついて天を見上げ、スライ・スライに言った。


「ゴブリンの方たちは……ほんとに……」

「……どうした?」

「これ、よく読んでください」


 リサは⑥の紙を指さす。

 しばらく首をかしげていたスライ・スライだったが……


 ……しばらくすると、あ、と口を大きく開けて、気まずそうにリサを振り返った。なんでオレたち、こんなことに気付かなかったのか、間抜けなのか、という顔。


「…………ま、まあ……ちゃんとダンジョンを、作ってる、ってことですね……」

「………………なあなあ、鉄方、オレ」

「……ええ、どうぞ」


 聞くが早いかスライ・スライは駆け出し、ばんばんと勢いよくスイッチを押した。






 ①から⑤、順番に。


 短い順に。






 問題文が。






「まったく……小学生みたいな引っかけ問題を作って……」


 ごごごご……という鈍い音と共に、廊下の端にあらわれた下り階段を見ながらリサは呟いた。


 ⑥のどこにも、答が・・、短い順とは書いていない。

 なぞなぞだから答があるもの、という思い込みと、⑥の文章によるミスリードで二人とも、少しの間だが、答の短い順なのだと思い込まされていた。


「おー! すっげー! おい鉄方! はやく行くぞ!」


 あらわれた上り階段に目を輝かせるスライ・スライ。


「ちょっとスライ・スライさん、注意深く行かなきゃダメです。私が索敵しますから、戦闘は極力避けましょう。合流するまで、生き残ることを最優先に」


「えー……つまんねーのー……」


「……お願いです、スライ・スライさん。私、戦闘能力がほとんどないんです。姿は隠せますけど、そうしたらスライ・スライさんを一人にしてしまいます。だから、慎重にいきましょう。お互い、生き残るために」


「しょーがねーなー! わかった! オレが前に出るぞ、後衛は任せた!」


「……はい」




 本当にわかっているのかどうかは怪しかったけれど……




 ……この人は、この人たちは、話の通じない怪物なんかじゃない。




 リサはそう思って、歩みを進めた。

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