12-01 作品打ち合わせ 第二回

 ダンジョンは思想だ。


 プレイヤーにどうなってほしいのか、なにを楽しんでほしいのか、制作者の思い……思想が詰まっている。どんなに適当で、乱雑でも、知性にはまったくのランダムで創作する機能はついていない(用語解説※1)。そこには必ず、意思が混じってしまう。


 だから僕は、この九鬼城砦くきじょうさい弐番街の思想を、ひしひしと感じ取っていた。




 レベルを上げろ。

 金を稼げ。

 強くなれ。




 要するに……






 ……おいしく実れ。






 弐番街のすべては、こんな風にできている。

 そりゃ、初っぱなから最悪の敵に出くわすこともあったけど……それ以外は、概ねそうだった。出てくるモンスターはどれも、やっかいな魔力障壁がない、あるいはほとんどない、低レベル帯の僕らでもくみしやすい相手。




 弐番街のモンスターで一番多いのは、悪鬼失敗作ゴブリン・ジャンク


 これはほとんど、感染能力を持ってないゾンビ、って言ってもいいと思う。数に押される恐怖はいつでもあるけど、基本的にはひたすら倒し、戦闘に慣れ、魔石とドロップアイテムを稼ぐ。そして壱番街で生活していく資金を貯める。宿代、食費、洗濯代、装備代、装備の修理代、ポーション代、1人頭、月に、最低ラインで日本円、だいたい85,000円は欲しいところ。魔石、ドロップアイテムにブレがあるから、悪鬼失敗作ゴブリン・ジャンクは1体あたり、だいたい数十円から数百円。1日に1体ぐらい、1,000円クラスのドロップもある。安いのか高いのかはわからないけど、悪鬼失敗作ゴブリン・ジャンクはポジション的に、RPGでいうところのスライムだから、まあ贅沢は言えない。


 僕らが最初のパーティキラーから逃げた次の日、また弐番街に挑んで出くわしたのは、悪鬼失敗作ゴブリン・ジャンクだけだった。


 なにか使えるものがありそうな電気屋っぽい場所や、コンビニっぽい場所に行くと、待ち構えていたかのようにわんさか出てくる。どうやら発明家インベンターが定期的に捨てに来るらしい。大体がレベル20以下だから経験値的なうまみはないけど、ドロップする体の部品は、失敗作といえども、売れる。数が集まると、けっこうバカにできない額になる。


 おまけに、自分たちを襲ってくる100体近い相手、なんて状況に慣れられる・・・・・。僕はこれが大きいと思う。


 冷静に考えると日本じゃ、戦国時代の足軽ぐらいしか経験していないであろう状況を、何回も体験できる。否が応でも、戦闘、バトル、ってやつに慣れていく。僕みたいな、RTSの街作りは楽しいけど敵が攻めてくるのがイヤでそのうち辞める(用語解説※2)、みたいな人間でも、だ。僕たちパーティでの連携、基本的な戦術は、ここで練り上げた。総計してみるとたぶん、悪鬼失敗作ゴブリン・ジャンクをもう100体以上倒しているはずだ。




 そして失敗作の次に多いのは、成功作。




 悪鬼機械化八九三ゴブリン・メカナイズ・ヤクザを筆頭にした、街のごろつき系ゴブリンの機械化メカナイズバージョン。力を求めて、あるいは面白そうだから、様々な理由で発明家インベンターの実験体に立候補した、壱番街の荒くれ悪鬼ゴブリンたち。


 大抵の場合は右手が烈風銃ブラスターになっていて、繁華街の地理的条件を生かし、待ち伏せや塹壕戦みたいな戦いを仕掛けてくる。中には両手がバタフライナイフになっている小悪党ちんぴらや、実銃になってる愚連隊ギャングもいた。なお、どいつもこいつも狙いはあんまりうまくない。腕が武器だったらかっこいいけど、実用性はあんまり、ってとこだろうか。


 こいつらと戦うときは、そりゃもう、色葉の顔が輝いていた。残っていた銃器のほとんどはこいつらとの戦闘で費やされ、あとはもう2丁のみ。それも1つはあの透明なやつに取り上げられてしまったので、僕らの手元には弾が3発ぐらいしか残っていないアサルトライフル1丁のみ。


 ぶっ放せなくなって不機嫌な彼女をなんとかなだめるべく、銃を用意できないかと思って作り出したのが、今の僕のメイン武装となっている改造烈風銃モディファイド・ブラスター。名前については色葉が、轟風破魔砲ごうふうはまほうだの、エクスプロッシブ・ハリケーン・ディザースターだの、いやここはいっそのことウィンド・ブレーカーってアリかな……!? などと言い始めたので、シンプルにした。


 ドロップアイテムとして残された八九三ヤクザたちの腕の銃を、分析アナライシス分析アナライシス改造モディファイ改造モディファイを重ね、なんとか自分でもいじくれるようにしたもの。


 ぱっと見、サイバーパンク系のゲームでサイドウェポンに使うハンドガンタイプの未来銃、って感じ。魔石はそれなりにお値段のしたものをコアに使い、大体1秒に1発、10発まで撃てて、空になったら亜空筺ボックスから出して1日放っておけば、空気中の微量魔力を取り込み、充填される。予備も含めこれを4丁制作。これらを入れて無言で手の中に出すために僕は、亜空筺ボックスも5まで振った。ここまでくると、亜空筺ボックスがより一層、なろう的なアイテムボックスらしくなる。中の時間を、止めておけるんだ。偉大なる先人たちに倣った悪巧みはいくらでも思いつく。生きているものは入れられないみたいだけど。


 もちろん、色葉は銃を使いたがった。けど僕が烈風銃ブラスターを撃つよりも、強化を受けた彼女がエクスカリバールで殴る方が強くて速くて正確、っていう、アメリカ開拓時代最初期はネイティブの弓矢の方が銃より強かった(用語解説※3)、みたいな結論が出てしまったので僕が援護射撃として使うようにしている。




 そのために揃えたのが、射撃系スキル。




 これはリサさんの攻略視点ガイドを駆使してスキル表を読み解き、それでも半ばギャンブルに近い気持ちで投擲スローイングの練度を5まであげ……狙いスナイピング、が出てきた。そしてそれを3まであげるとようやくあらわれた。




 射撃シューティングスキル。




 これも3まであげると……出てくる、出てくる、火器ファイア・アーム系のスキルがわらわら。僕はあんまり銃にロマンを抱かないタイプだからよくわからなかったけど……


 ……色葉ときたら、お父さんがTCGトレーディング・カード・ゲーム好きだからよく一緒にパック開封しててレアをくれる、って言ってる友達を見るような目で僕を見てきた。彼女がスキルリセットの方法を真剣に探し始めない内に、なにか、彼女がこれしかない、って思える近接武器を作ってあげないとまずい気がする。でもなぁ、エクスカリバール以上に彼女のFPS趣味にあう近接武器……グルカナイフ、山刀マチェーテ、スペツナズ・ナイフとか……? いや……なんだろ……?




 さておき。




 ここまでは本当に、ザコ中のザコモンスター。ザコ過ぎてゲームのシンボルともされるようなモンスターだけど、弐番街はもちろん、それだけじゃない。




 やっかいなのは、これからだ。




 まずは悪鬼犬乗り部隊ゴブリン・ドッゴ・ライダーズと、その乗騎である悪鬼犬ゴブリン・ドッゴ


 一言で言うと、赤黒の毛皮に身を包んだ大型犬、ドッゴに乗った、ゴブリン。


 ある種のゴブリンには、特別な種類の小型四足獣を家畜とし、戦争用に鍛える習慣があるらしい。その経験を生かして地球に来てから、選抜育種(用語解説※4)と魔法の力を借り、騎乗用の犬を作り出したという。人間によって作られた・・・・犬種は100以上だから、ゴブリンがそれをやってもおかしくはない、と、思いはするけど、早すぎるだろ……こっちはウホウホの時代からやってたんだぞ……まあ、ゴブリンにつじつまとか、整合性とかを求めて無駄だ。考えないようにしよう。なお犬がドッゴ、って読みになってるのは、ゴブリン語で凶暴だとか乱暴だとか、そういう意味になるから、だとか(用語解説※5)。


 黒と暗い赤のまだら毛を纏う、いかにも凶暴な大型犬って感じの悪鬼犬ゴブリン・ドッゴは素早く、小回りが利き、市街地で近接戦闘するには理想の部隊なんじゃないかって思うほど。しかも乗ってるゴブリンたちはかなり戦術に長けていて、突撃して奇襲を成功させると、機動力を生かして前衛と後衛の分断みたいなことをやってくる。


 単純な戦闘力にしても、時速数十キロを超え、短い距離なら垂直の壁を走ってくる悪鬼犬ゴブリン・ドッゴの上から振るわれる長柄の槍は、色葉でも少し後れをとるほどのパワー。どうやら彼らは発明家インベンターが作り出した種類のモンスターではなく、悪鬼王ゴブリン・キングから直接派遣されている部隊らしい。


 こいつらには毎回毎回、真剣に挑まないと危うい。


 ……その分、ドロップは結構おいしい。


 さすが王から派遣されているだけあって、結構いい武器防具を持っている。売値は結構つくし、魔石も街のごろつきの数倍はある。壱番街には、弐番街のメインは犬乗り部隊ドッゴライダーズ、っていう冒険者も多い。4体セットの一部隊を倒せれば、最低でも4万円は固い。




 しかし、戦いはおいしいばかりじゃない。




 それを教えてくれるのが、うざい蚊としつこい鼠……


 ……ええと、これは冒険者の間でそう呼ばれてるってことじゃなくて……




〈Lv.23 うざい蚊〉

〈Lv.25 しつこい鼠〉




 って称札タグに書いてある。どういうネーミングセンスだよ、と突っ込まずにはいられないけど……。




 全長5センチはあるのに、機動力は普通の蚊と同じ。

 血を吸うところも、その最中には気づけないのも普通の蚊と同じ。

 でも血を吸われると3センチほど肌が膨れ上がり、気が狂いそうなほど痒くなる。

 攻撃らしい攻撃はそれだけ。かゆみも、小一時間で引いていく。




 なお根本的には単なる蚊なので、もちろん、両手で挟んで叩ければ普通に倒せる。さらにもちろん、1発でいけることは滅多にない。普通の蚊と同じだ。




 けど、この痒みがとんでもなくやっかいだった。




 スライ・スライが言うには、これは魔法による、いわゆる状態異常攻撃らしい。真剣に命のやりとりをしている最中でも、武器から手を離して掻かないとなにもできなくなるぐらいのかゆみ。他のパーティが群れに襲われているところを見たけど、称札タグに〈状態異常:かゆみ〉ってちゃんと出てた。




 そして常に、この蚊とセットで出現するくそ鼠。




 こいつは普通の鼠より、半分ぐらい小さいくそ鼠だ。


 けど、普通の鼠の2倍は速いくそ鼠だ。


 近接武器を持っているプレイヤーは全力で無視し・・・・・・、後列の首をかみ切ろうとこちらの足下を駆け抜け、跳び上がってくる。もちろん、普通より半分サイズ、ハムスターサイズの鼠に人間の首をかみ切れる膂力はないけど……




 ……この鼠は病気を持っている。




 壱番街での俗称は鼠風邪ねずみかぜ


 直接かじられれば9割以上の確率で発症する。

 巣に踏み込んで、乾いた糞を踏んじゃって、それが空気中に巻き上がったのをわずかに吸っちゃった、みたいな場合も6割ぐらい発症する。


 街ごと燃やす必要さえあるような恐ろしい伝染病じゃあ、ない。もちろん。でもかじられて1時間もすれば、38度以上の熱が出て、頭が痛み、咳と鼻水が止まらず、運が悪ければ1日はトイレから離れられなくなる下痢。スライ・スライによればこれも、魔力で慎重にデザインされた病気、呪いだという。まあ、致死性の伝染病だったら壱番街が壊滅しちゃうだろうしね。


 さて、そんなうざったいことこの上ないこの2匹。

 驚くべきことに、というか、予想通りにというか、どっちで考えればいいかわからないけど……


 ……ドロップアイテムが、ない。

 魔石にしても、失敗作ジャンクより少ないぐらいしか落とさない。だいたい数円、数十円クラス。


 戦う意味がほぼないのに、こちらの生命活動を敏感に察知して、手当たり次第に襲ってくる。


 もちろん、こっちが100体近い失敗作ジャンクをなぎ倒しているときでも、八九三ヤクザ相手に銃撃戦を繰り広げているときでも、真剣に犬乗り部隊ドッゴ・ライダーズと戦っているときでも、だ。まあ冒険者だけじゃなく、モンスターにも襲いかかるのだけは救いだろうか。もっとも、弐番街で暮らしているモンスターには抗体のある場合が多く、あまり意味がない場合も多いけど。


 こいつらのために弐番街を攻略するパーティの間では、広範囲を焼き払える火炎系の呪文スキルが大人気だ。また調合系のスキルを持った冒険者が特別に安く卸している虫除けスプレーは常に品薄アイテム。原料の草は繚夜の下水道に生えていて、背負い籠満杯に売れば1ヶ月はのんびり暮らせる価格で取引されている。もっとも、そこは鼠と蚊しか出ない場所なので、どんなに命知らずな冒険者でも行きたがらない。


 正直、弐番街の戦闘はこのくそ害悪な2体をどうにかして避けて、ドロップのおいしい失敗作ジャンクや、武装の強化に使える街のごろつき系、そして純粋に、上を目指すための戦闘訓練ができる犬乗り部隊ドッゴ・ライダーズを狩るのが重要になってくる。




 とはいえ…………もちろん、忘れちゃいけない。

 あの悪鬼戦車ゴブリン・タンク




 でもこいつに関してはあんまり情報がない。そもそもあまり見かけないし、見かけたら絶対に逃げるようにしてるから、経験がないのだ。元の新宿の数倍は広さがある弐番街の中に、10体ほどしかいないらしい、ってのも原因だろうけど。


 壱番街で対策を情報収集しても、みんな、戦車タンクに関しては会わないように祈る、会ったら全力で逃げる、というもの。僕らが初めてダンジョンに入ったらあいつに会った、と言うと皆、あまりの運の悪さに大笑いし、そして逃げ延びた運の強さを祝って1杯奢ってくれるレベル。


 噂によると参番街へ行く鍵は、この戦車タンクが握っているらしいんだけど……壱番街には情報がない。参番街を主戦場とする冒険者たちは参番街にある街区を拠点とするらしく、壱番街に降りてこないんだ。たまにいても相当額をふっかけてくるし、上の階層に行く手段についてはそれこそ、あの通りのあのビルの屋上に隠し階段がある、壱番街のなになにというゴブリンにメロンソーダ5タンク貢ぐと連れて行ってくれる、戦車がエレベーターの鍵を落とす、いや落とすのはうざい蚊だ、ちょっと待てよこの間100匹鼠を燃やしたら上へのワープアイテムを落としたってやつがいたぜ……などなど、相当量の情報が出回っていて、どれが真実かは見当もつかない。

 メニューのSNS欄から、壱番街のグルメガイドや盛り場案内、ウェブサイト的なものが見られる、今この繚夜のシステム上で、弐番街攻略wikiがない状況は、ちょっと不自然な気がしたけれど……。

 これは考え方を変えたら、すぐに納得できた。




 冒険者プレイヤー側には、協力するメリットがない。




 ここに集まる冒険者の目的はレベル上げ、自己の研鑽。じゃあなんのためにそれをやるかっていうと、一言で言えば、自分の種族が地球を征服するため。他の種族のレベル上げが容易になるような情報をみすみす与えても、インセンティブがないどころか、自分のレベル上げの邪魔になる可能性が高い。

 要するに、戦争中の敵国と情報共有するヤツはいない、ってことだ。同じ種族の間では結構、頻繁に情報交換しているらしいけど……あいにく僕らはまだ、人間の冒険者には会ったことがない。


 もちろん、それに加えて悪鬼ゴブリン側の意図的誤情報ディスインフォメーションもあるあろう。うんざりするほど誤情報を流し、正解は自分の手でしか見つけられないようにする。情報だけ聞いて上層階にRTAリアル・タイム・アタック、なんてことはできないらしい。(用語解説※6)


 ここら辺は、この迷宮を作ったヤツがバカじゃないってわかる一端だ。普通のナーロッパなら、まあ、うっとうしいパイセンや自称勇者のいけ好かないイケメンと反目することはあっても、表だっては、同じ冒険者の仲間だ、って前提がある。魔物対人間、って大きな構図があって、その中で、人間側は概ね利害が一致しているからだ。つまりナーロッパにおいて冒険者は、同じ学校の生徒、もしくは会社の同僚みたいなものだろう。




 ところがこの九鬼城砦くきじょうさいは、そうじゃない。




 悪鬼ゴブリンも、そうじゃない異世界の面々も、人間も、誰もが等しく、誰かにとっての経験値でしかない。言うなれば、全員が全員自営業で、商売敵だ。


 同業と協力する理由、メリットが、根本的に存在しない。


 九鬼城砦くきじょうさいでの最適解は、なるべく自分だけが経験値を得られるように行動すること。けど迷宮を占拠して特権階級だけが狩りをして経験値が得られるようにする、みたいなのは不可能だ。悪鬼王近衛隊ゴブリン・ロイヤル・ガーズがそんな連中を一撫でして終わるだろう。悪鬼ゴブリン視点で考えてみると、このダンジョンの公平性を維持するのは重要だ。多くの種族の多くの冒険者バカが一攫千金と特訓を兼ねて夢見て訪れる場所にしておかないと、悪鬼ゴブリンを強化し、多くの物事にふれて進化する可能性を作る、という九鬼城塞くきじょうさいの存在意義が薄れてしまう。




 ここから、1つの事実が見えてくる。




 このダンジョンを作ったヤツは、僕たちに、頭を使わせようとしている。




 普通のゲームなら、うざい蚊やしつこい鼠のようなモンスターはまず、出てこない。出てきても、特定ダンジョンの特定フロアだけ、あるいは倒すとそれ以外では手に入らないアイテムが手に入る、とかにする。ストレスでしかない敵をゲームの中に登場させても、誰も得をしない……


 ……あるいは制作者が「ぼくのゲームは、大衆向けRPGとは違って硬派でハードコアなんですよ」って場合は彼が得をするだろうけど、まあそんなゲームが多くの人目に触れることは、あんまりない。あともう純粋RPG(コマンド選択式)はニッチ層がやるジャンルで、大衆向けRPGってさっぱりぎとぎとラーメンみたいな矛盾した言葉になってると思いますよ。




 でもこれは、ゲームじゃない。




 ダンジョンの中に、パーティを組んで、スキルを駆使して戦っていて、悪鬼ゴブリンたちが僕らをプレイヤー、冒険者、なんて呼んできていても。






 失敗作ジャンクの群れに押しつぶされ、四肢をもがれる戦士を見た。その死体をぼんやりと眺め、欠けた自分の四肢に継ぎ足そうとしている失敗作ジャンク猪頭族ボア・ヘッズの虚ろな瞳を見た。






 八九三ヤクザの銃弾にこめかみを撃ち抜かれ、動かなくなった魔法使いを見た。映画とは違いかっこ悪く倒れて、情けなく腰だけを突き上げるような形になっていた彼女が、最後になにか言おうとして、唇を動かして血反吐におぼれるのを見た。






 右手の人差し指を蚊に刺されたばっかりに弓の狙いがそれて、犬乗り部隊ドッゴ・ライダーズに貫かれた盗賊を見た。死体を槍に貫かれたまま担ぎ上げられ、血の雨を降らされているところを見た。






 羽をむしられ地面に落ちて、生きたまま鼠に貪られていた妖精フェアリー神官プリーストを見た。むちゃむちゃ、おいしそうに妖精フェアリーの太ももにかじりついた鼠の、尖った黄色い歯にくっついた、アクセサリーの欠片がぎらり、光るのを見た。






 そんな瞬間にいつでも僕たちは、実感した。







 ここには死がある。

 僕たちの隣にいる。

 出番を待っている。







 だからこそ、このダンジョン、九鬼城砦くきじょうさいを作ったヤツは、僕たちにこの設計を通して、言っているんだ。






 死にたくなきゃ、頭を使え。

 死にたくなきゃ、強くなれ。

 死にたくなきゃ、生き続けろ。






 ……あるいはこれが、悪鬼王ゴブリン・キングの掲げる革命の、本質なのかもしれない。そんなことさえ、僕は思うようになっていた。










※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

※衒学おじさんクソ長用語解説

※1 知性にはまったくのランダムで創作をする機能はついていない

 竜胆は、ない、と思っているが、科学的に言うならば、よくわかっていない、というのが正しい態度かもしれない。人間に完璧な「ランダム」を作り出せるのか、というテーマは、非常に学際的なものである。

 どの程度のランダムをランダムと呼ぶのか? 人間が作り出す、は、五体だけで行うという意味か? などによって答は揺れてくる。加えてそもそも我々が自然な感覚で考えるランダムは、厳密な意味でのランダムから遠いものである。

 コインを百回投げて百回連続で表が出る確率と、それぞれ五十回ずつばらけて出る確率は同じである。であればコインを一万回投げた際、真にランダムな結果とはどのようなものだろうか? しかしこの際、コインを投げているのが人間だった場合、厳密な意味でのランダムな結果はあり得るだろうか?

 さらにこれは、人間に厳密な意味での自由意志は備わっているのか、と対になるテーマでもある、と衒学おじさんは考えている。



※2 RTSの街作りは楽しいけど敵が攻めてくるのがイヤでそのうち辞める

 「第一章 04 作品打ち合わせ 第一回」 内の(用語解説※2 RTSでも街作りしかやらない)を参照のこと。



※3 アメリカ開拓時代最初期はネイティブの弓矢の方が銃より強かった

 アメリカ入植当時、入植者たちは遅れた文明のネイティブアメリカン相手に無双した、というストーリーは非常にわかりやすいものだが、現代の研究では無双というほどでもなかった、という見解も強い。

 たしかにネイティブアメリカンたちは鉄器さえ持たず(ここでは単語量の都合上ネイティブアメリカンという言葉を使うが、ネイティブアメリカンのすべての部族が、というわけではない。そもそもアメリカ大陸全体に散らばって暮らしていた各部族をひとまとめにネイティブアメリカンとしてくくることは、日本人と中国人と韓国人とモンゴル人をなんかあの辺の奴ら、としてひとくくりに扱うに等しいだろう)、火薬も知らなかった。

 だが彼らの暮らしは洗練されていた。

 環境を作り替える農業を持ち、家畜として七面鳥と犬を飼い、いずれは大国となる可能性を秘めていたかもしれない、部族が合同した連邦政府のような存在と憲法のようなものもあった。

 一方入植者たちの暮らしは当初、悲惨だった。生まれて初めてやってきた未知の土地での農業はうまくいくわけもなく、およそ今の常識では考えられないほど多数の餓死者、病死者を出していた。そのような状況で入植者たちは、ネイティブアメリカンよりも遙かに進んだ文明的な生活を、送れただろうか?

 実際、ネイティブアメリカンたちが入植者たちの暮らしを哀れみ、食料や水を援助に近い形で取引し、またアメリカ大陸に適した農業を指導した、という記録も残っている。衣服についても、ネイティブアメリカンたちの上等なモカシンを羨む入植者の声が残されている。そしてこれらの記録には、銃と弓についての記録も残っている。

 それによると、銃を見せ、その使い方を説明してもネイティブアメリカンは鼻で笑い、部族一の弓矢の使い手のほうが遙かに遠くまで、そして正確に、より強く、矢を飛ばせるのを証明してみせた。実際、狩りにおいて入植者たちの銃はまるで役に立たず、これも食糧事情の悪化に一役を買っていた。

 銃に対するネイティブアメリカンの反応を未開人の無知と笑うのは簡単だが、当時の銃の性能を考えてみれば無理もない話だ。人体に正確に命中させられるのはせいぜい30m程度までで、だからこそ大規模な戦列を組み、数十発、数百発を敵部隊に斉射し、ようやく戦果が上がるものだ。最大効果を発揮するためには、大規模な軍を運用できる国家、そしてその国家と争う別の国家の存在が前提となる。

 ネイティブアメリカンの暮らしの中で、銃が必要になる場面は存在しなかったのだ。

 まだ。

 このように武器、兵器の強さ、というものは、それ単体で語ってもあまり意味がない。竜胆は無目的な読書で以上のようなことを知り、そんなロマンのなさを感じ、ここではこのように発言している。



※4 選抜育種

 ある特定の特質をもった個体同士を掛け合わせ、その特質を強化、あるいは増加させるように種を育成していくこと。家畜や農作物などに用いる。ただしそれに伴い、予想外の形質が獲得されることも多い。たとえば毛皮を目的として狐を繁殖させ、人に従順でおとなしい犬のような性格の狐を繁殖させ続けていたら、外見も徐々に犬に似てきてしまい毛皮の価値がなくなってしまった、というような逸話も残っている。



※5 ゴブリン語におけるドッゴ

 ゴブリン語におけるドッゴという単語の特異さは、それが持つ文化的な特質だけが理由なのではなく、多数の氏族、部族においていわば(以下数十ページの論文が存在したが、ここでは割愛する)。


※6 RTAリアル・タイム・アタック

 現実の時間で、どれだけ速くゲームを攻略できるかを競うプレイ。ゲーム内にタイマーがありそれを用いる場合はIGTイン・ゲーム・タイム、あるいは単にTAタイム・アタックと表記し、明確に分ける。海外においては両者共にspeed runと表記。

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