12-01 作品打ち合わせ 第二回
ダンジョンは思想だ。
プレイヤーにどうなってほしいのか、なにを楽しんでほしいのか、制作者の思い……思想が詰まっている。どんなに適当で、乱雑でも、知性にはまったくのランダムで創作する機能はついていない(用語解説※1)。そこには必ず、意思が混じってしまう。
だから僕は、この
レベルを上げろ。
金を稼げ。
強くなれ。
要するに……
……おいしく実れ。
弐番街のすべては、こんな風にできている。
そりゃ、初っぱなから最悪の敵に出くわすこともあったけど……それ以外は、概ねそうだった。出てくるモンスターはどれも、やっかいな魔力障壁がない、あるいはほとんどない、低レベル帯の僕らでも
弐番街のモンスターで一番多いのは、
これはほとんど、感染能力を持ってないゾンビ、って言ってもいいと思う。数に押される恐怖はいつでもあるけど、基本的にはひたすら倒し、戦闘に慣れ、魔石とドロップアイテムを稼ぐ。そして壱番街で生活していく資金を貯める。宿代、食費、洗濯代、装備代、装備の修理代、ポーション代、1人頭、月に、最低ラインで日本円、だいたい85,000円は欲しいところ。魔石、ドロップアイテムにブレがあるから、
僕らが最初のパーティキラーから逃げた次の日、また弐番街に挑んで出くわしたのは、
なにか使えるものがありそうな電気屋っぽい場所や、コンビニっぽい場所に行くと、待ち構えていたかのようにわんさか出てくる。どうやら
おまけに、自分たちを襲ってくる100体近い相手、なんて状況に
冷静に考えると日本じゃ、戦国時代の足軽ぐらいしか経験していないであろう状況を、何回も体験できる。否が応でも、戦闘、バトル、ってやつに慣れていく。僕みたいな、RTSの街作りは楽しいけど敵が攻めてくるのがイヤでそのうち辞める(用語解説※2)、みたいな人間でも、だ。僕たちパーティでの連携、基本的な戦術は、ここで練り上げた。総計してみるとたぶん、
そして失敗作の次に多いのは、成功作。
大抵の場合は右手が
こいつらと戦うときは、そりゃもう、色葉の顔が輝いていた。残っていた銃器のほとんどはこいつらとの戦闘で費やされ、あとはもう2丁のみ。それも1つはあの透明なやつに取り上げられてしまったので、僕らの手元には弾が3発ぐらいしか残っていないアサルトライフル1丁のみ。
ぶっ放せなくなって不機嫌な彼女をなんとかなだめるべく、銃を用意できないかと思って作り出したのが、今の僕のメイン武装となっている
ドロップアイテムとして残された
ぱっと見、サイバーパンク系のゲームでサイドウェポンに使うハンドガンタイプの未来銃、って感じ。魔石はそれなりにお値段のしたものをコアに使い、大体1秒に1発、10発まで撃てて、空になったら
もちろん、色葉は銃を使いたがった。けど僕が
そのために揃えたのが、射撃系スキル。
これはリサさんの
これも3まであげると……出てくる、出てくる、
……色葉ときたら、お父さんが
さておき。
ここまでは本当に、ザコ中のザコモンスター。ザコ過ぎてゲームのシンボルともされるようなモンスターだけど、弐番街はもちろん、それだけじゃない。
やっかいなのは、これからだ。
まずは
一言で言うと、赤黒の毛皮に身を包んだ大型犬、ドッゴに乗った、ゴブリン。
ある種のゴブリンには、特別な種類の小型四足獣を家畜とし、戦争用に鍛える習慣があるらしい。その経験を生かして地球に来てから、選抜育種(用語解説※4)と魔法の力を借り、騎乗用の犬を作り出したという。人間によって
黒と暗い赤のまだら毛を纏う、いかにも凶暴な大型犬って感じの
単純な戦闘力にしても、時速数十キロを超え、短い距離なら垂直の壁を走ってくる
こいつらには毎回毎回、真剣に挑まないと危うい。
……その分、ドロップは結構おいしい。
さすが王から派遣されているだけあって、結構いい武器防具を持っている。売値は結構つくし、魔石も街のごろつきの数倍はある。壱番街には、弐番街のメインは
しかし、戦いはおいしいばかりじゃない。
それを教えてくれるのが、うざい蚊としつこい鼠……
……ええと、これは冒険者の間でそう呼ばれてるってことじゃなくて……
〈Lv.23 うざい蚊〉
〈Lv.25 しつこい鼠〉
って
全長5センチはあるのに、機動力は普通の蚊と同じ。
血を吸うところも、その最中には気づけないのも普通の蚊と同じ。
でも血を吸われると3センチほど肌が膨れ上がり、気が狂いそうなほど痒くなる。
攻撃らしい攻撃はそれだけ。かゆみも、小一時間で引いていく。
なお根本的には単なる蚊なので、もちろん、両手で挟んで叩ければ普通に倒せる。さらにもちろん、1発でいけることは滅多にない。普通の蚊と同じだ。
けど、この痒みがとんでもなくやっかいだった。
スライ・スライが言うには、これは魔法による、いわゆる状態異常攻撃らしい。真剣に命のやりとりをしている最中でも、武器から手を離して掻かないとなにもできなくなるぐらいのかゆみ。他のパーティが群れに襲われているところを見たけど、
そして常に、この蚊とセットで出現するくそ鼠。
こいつは普通の鼠より、半分ぐらい小さいくそ鼠だ。
けど、普通の鼠の2倍は速いくそ鼠だ。
近接武器を持っているプレイヤーは
……この鼠は病気を持っている。
壱番街での俗称は
直接かじられれば9割以上の確率で発症する。
巣に踏み込んで、乾いた糞を踏んじゃって、それが空気中に巻き上がったのをわずかに吸っちゃった、みたいな場合も6割ぐらい発症する。
街ごと燃やす必要さえあるような恐ろしい伝染病じゃあ、ない。もちろん。でもかじられて1時間もすれば、38度以上の熱が出て、頭が痛み、咳と鼻水が止まらず、運が悪ければ1日はトイレから離れられなくなる下痢。スライ・スライによればこれも、魔力で慎重にデザインされた病気、呪いだという。まあ、致死性の伝染病だったら壱番街が壊滅しちゃうだろうしね。
さて、そんなうざったいことこの上ないこの2匹。
驚くべきことに、というか、予想通りにというか、どっちで考えればいいかわからないけど……
……ドロップアイテムが、ない。
魔石にしても、
戦う意味がほぼないのに、こちらの生命活動を敏感に察知して、手当たり次第に襲ってくる。
もちろん、こっちが100体近い
こいつらのために弐番街を攻略するパーティの間では、広範囲を焼き払える火炎系の呪文スキルが大人気だ。また調合系のスキルを持った冒険者が特別に安く卸している虫除けスプレーは常に品薄アイテム。原料の草は繚夜の下水道に生えていて、背負い籠満杯に売れば1ヶ月はのんびり暮らせる価格で取引されている。もっとも、そこは鼠と蚊しか出ない場所なので、どんなに命知らずな冒険者でも行きたがらない。
正直、弐番街の戦闘はこのくそ害悪な2体をどうにかして避けて、ドロップのおいしい
とはいえ…………もちろん、忘れちゃいけない。
あの
でもこいつに関してはあんまり情報がない。そもそもあまり見かけないし、見かけたら絶対に逃げるようにしてるから、経験がないのだ。元の新宿の数倍は広さがある弐番街の中に、10体ほどしかいないらしい、ってのも原因だろうけど。
壱番街で対策を情報収集しても、みんな、
噂によると参番街へ行く鍵は、この
メニューのSNS欄から、壱番街のグルメガイドや盛り場案内、ウェブサイト的なものが見られる、今この繚夜のシステム上で、弐番街攻略wikiがない状況は、ちょっと不自然な気がしたけれど……。
これは考え方を変えたら、すぐに納得できた。
ここに集まる冒険者の目的はレベル上げ、自己の研鑽。じゃあなんのためにそれをやるかっていうと、一言で言えば、自分の種族が地球を征服するため。他の種族のレベル上げが容易になるような情報をみすみす与えても、インセンティブがないどころか、自分のレベル上げの邪魔になる可能性が高い。
要するに、戦争中の敵国と情報共有するヤツはいない、ってことだ。同じ種族の間では結構、頻繁に情報交換しているらしいけど……あいにく僕らはまだ、人間の冒険者には会ったことがない。
もちろん、それに加えて
ここら辺は、この迷宮を作ったヤツがバカじゃないってわかる一端だ。普通のナーロッパなら、まあ、うっとうしいパイセンや自称勇者のいけ好かないイケメンと反目することはあっても、表だっては、同じ冒険者の仲間だ、って前提がある。魔物対人間、って大きな構図があって、その中で、人間側は概ね利害が一致しているからだ。つまりナーロッパにおいて冒険者は、同じ学校の生徒、もしくは会社の同僚みたいなものだろう。
ところがこの
同業と協力する理由、メリットが、根本的に存在しない。
ここから、1つの事実が見えてくる。
このダンジョンを作ったヤツは、僕たちに、頭を使わせようとしている。
普通のゲームなら、うざい蚊やしつこい鼠のようなモンスターはまず、出てこない。出てきても、特定ダンジョンの特定フロアだけ、あるいは倒すとそれ以外では手に入らないアイテムが手に入る、とかにする。ストレスでしかない敵をゲームの中に登場させても、誰も得をしない……
……あるいは制作者が「ぼくのゲームは、大衆向けRPGとは違って硬派でハードコアなんですよ」って場合は彼が得をするだろうけど、まあそんなゲームが多くの人目に触れることは、あんまりない。あともう純粋RPG(コマンド選択式)はニッチ層がやるジャンルで、大衆向けRPGってさっぱりぎとぎとラーメンみたいな矛盾した言葉になってると思いますよ。
でもこれは、ゲームじゃない。
ダンジョンの中に、パーティを組んで、スキルを駆使して戦っていて、
右手の人差し指を蚊に刺されたばっかりに弓の狙いがそれて、
羽をむしられ地面に落ちて、生きたまま鼠に貪られていた
そんな瞬間にいつでも僕たちは、実感した。
ここには死がある。
僕たちの隣にいる。
出番を待っている。
だからこそ、このダンジョン、
死にたくなきゃ、頭を使え。
死にたくなきゃ、強くなれ。
死にたくなきゃ、生き続けろ。
……あるいはこれが、
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※衒学おじさんクソ長用語解説
※1 知性にはまったくのランダムで創作をする機能はついていない
竜胆は、ない、と思っているが、科学的に言うならば、よくわかっていない、というのが正しい態度かもしれない。人間に完璧な「ランダム」を作り出せるのか、というテーマは、非常に学際的なものである。
どの程度のランダムをランダムと呼ぶのか? 人間が作り出す、は、五体だけで行うという意味か? などによって答は揺れてくる。加えてそもそも我々が自然な感覚で考えるランダムは、厳密な意味でのランダムから遠いものである。
コインを百回投げて百回連続で表が出る確率と、それぞれ五十回ずつばらけて出る確率は同じである。であればコインを一万回投げた際、真にランダムな結果とはどのようなものだろうか? しかしこの際、コインを投げているのが人間だった場合、厳密な意味でのランダムな結果はあり得るだろうか?
さらにこれは、人間に厳密な意味での自由意志は備わっているのか、と対になるテーマでもある、と衒学おじさんは考えている。
※2 RTSの街作りは楽しいけど敵が攻めてくるのがイヤでそのうち辞める
「第一章 04 作品打ち合わせ 第一回」 内の(用語解説※2 RTSでも街作りしかやらない)を参照のこと。
※3 アメリカ開拓時代最初期はネイティブの弓矢の方が銃より強かった
アメリカ入植当時、入植者たちは遅れた文明のネイティブアメリカン相手に無双した、というストーリーは非常にわかりやすいものだが、現代の研究では無双というほどでもなかった、という見解も強い。
たしかにネイティブアメリカンたちは鉄器さえ持たず(ここでは単語量の都合上ネイティブアメリカンという言葉を使うが、ネイティブアメリカンのすべての部族が、というわけではない。そもそもアメリカ大陸全体に散らばって暮らしていた各部族をひとまとめにネイティブアメリカンとしてくくることは、日本人と中国人と韓国人とモンゴル人をなんかあの辺の奴ら、としてひとくくりに扱うに等しいだろう)、火薬も知らなかった。
だが彼らの暮らしは洗練されていた。
環境を作り替える農業を持ち、家畜として七面鳥と犬を飼い、いずれは大国となる可能性を秘めていたかもしれない、部族が合同した連邦政府のような存在と憲法のようなものもあった。
一方入植者たちの暮らしは当初、悲惨だった。生まれて初めてやってきた未知の土地での農業はうまくいくわけもなく、およそ今の常識では考えられないほど多数の餓死者、病死者を出していた。そのような状況で入植者たちは、ネイティブアメリカンよりも遙かに進んだ文明的な生活を、送れただろうか?
実際、ネイティブアメリカンたちが入植者たちの暮らしを哀れみ、食料や水を援助に近い形で取引し、またアメリカ大陸に適した農業を指導した、という記録も残っている。衣服についても、ネイティブアメリカンたちの上等なモカシンを羨む入植者の声が残されている。そしてこれらの記録には、銃と弓についての記録も残っている。
それによると、銃を見せ、その使い方を説明してもネイティブアメリカンは鼻で笑い、部族一の弓矢の使い手のほうが遙かに遠くまで、そして正確に、より強く、矢を飛ばせるのを証明してみせた。実際、狩りにおいて入植者たちの銃はまるで役に立たず、これも食糧事情の悪化に一役を買っていた。
銃に対するネイティブアメリカンの反応を未開人の無知と笑うのは簡単だが、当時の銃の性能を考えてみれば無理もない話だ。人体に正確に命中させられるのはせいぜい30m程度までで、だからこそ大規模な戦列を組み、数十発、数百発を敵部隊に斉射し、ようやく戦果が上がるものだ。最大効果を発揮するためには、大規模な軍を運用できる国家、そしてその国家と争う別の国家の存在が前提となる。
ネイティブアメリカンの暮らしの中で、銃が必要になる場面は存在しなかったのだ。
まだ。
このように武器、兵器の強さ、というものは、それ単体で語ってもあまり意味がない。竜胆は無目的な読書で以上のようなことを知り、そんなロマンのなさを感じ、ここではこのように発言している。
※4 選抜育種
ある特定の特質をもった個体同士を掛け合わせ、その特質を強化、あるいは増加させるように種を育成していくこと。家畜や農作物などに用いる。ただしそれに伴い、予想外の形質が獲得されることも多い。たとえば毛皮を目的として狐を繁殖させ、人に従順でおとなしい犬のような性格の狐を繁殖させ続けていたら、外見も徐々に犬に似てきてしまい毛皮の価値がなくなってしまった、というような逸話も残っている。
※5 ゴブリン語におけるドッゴ
ゴブリン語におけるドッゴという単語の特異さは、それが持つ文化的な特質だけが理由なのではなく、多数の氏族、部族においていわば(以下数十ページの論文が存在したが、ここでは割愛する)。
※6
現実の時間で、どれだけ速くゲームを攻略できるかを競うプレイ。ゲーム内にタイマーがありそれを用いる場合は
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