11 夢のような日々

 ぼろぼろのヘルメットに、どでかいゴーグルをつけた悪鬼発明家ゴブリン・インベンター

 そして、数体のゴブリンヤクザ……


 ……改め〈悪鬼機械化八九三ゴブリン・メカナイズ・ヤクザ〉。レベルは25、26、29の三体。


 右腕が肘から、無骨で不格好な烈風銃ブラスターになっている。黒光りする銃口から、無意味に壁や雀卓に射撃、射撃、射撃。車のタイヤがパンクしたみたいな、耳の痛くなる破裂音を響かせ、弾丸代わりに瓦礫の欠片が超高速で飛び、あちこちに突き刺さる。


 烈風銃ブラスターは上の階層にいるらしい、高位の悪鬼発明家ゴブリン・インベンターが作り出して普及させたもので、小さめの魔石に風エレメントを補給すれば、そこらにある瓦礫の欠片を殺傷力のある速度で発射できる、って代物。


 烈風銃ブラスターに撃たれた雀卓が飛び散り、大きめの欠片が機械化八九三メカナイズ・ヤクザを護衛するように囲んでいる、10近い〈悪鬼失敗作ゴブリン・ジャンク〉に当たる。中にはプラスチックの破片が顔に刺さってるやつもいるのに……顔色一つ変えない。




 悪鬼失敗作ゴブリン・ジャンク




 元は鬼、妖精フェアリー、人間、エルフ、悪鬼ゴブリン豚人オーク樹人トレント……この迷宮で果てた冒険者たち。死体を悪鬼ゴブリンに改造され、あまつさえ失敗作ジャンクとされても文句一つ言わず、虚ろな目で僕らを見つめている。




「オレちゃんのトラップ・ハウスへよォーこそ! 人間の死体がちょォーど足りなかったんだ、おとなしく五体満足で死んでってくれや!」




 発明家インベンターが僕たちとは正反対の壁際で雀卓に飛び乗り、指揮棒のようなものを振ると、ゾンビめいたうめき声を上げ、失敗作ジャンクたちが一斉に動き始める。体の一部が壊れた機械に置き換わり、火花を上げていたり、黒い煙を上げていたりする彼らの動きは決して素早いものじゃない。けど、そこまで広くない雀荘の中では十二分に脅威だ。実際、力はかなりのもので、ガードレール程度なら簡単に曲げる。




〈Lv.19 悪鬼失敗作ゴブリン・ジャンク:機械化メカナイズ蜥蜴人リザーディ

〈Lv.12 悪鬼失敗作ゴブリン・ジャンク:機械化メカナイズ合成獣キメラ

〈Lv.15 悪鬼失敗作ゴブリン・ジャンク:機械化メカナイズ人猿ヒューモンキー

……etcetc。


「そうか、ここの屋上、上の地下1階だ……」


 と、色葉が呟く。


 そう、作りの見事さに時々忘れてしまうけど、弐番街は屋内・・。7階建てのビルの屋上に上がってちょっとジャンプすれば、天井に触ることだってできたはず。でも、ってことは……


 ……上から降りてくるのも簡単なはず。階層と階層の間に、悪鬼発明家ゴブリン・インベンターたちのいる、悪鬼専用階層ゴブリン・スタッフ・フロアがあるんだから。






「かかれぇぇぇぇぇぇ!」






 リサさんがそれぞれのスキルを覗く間もなく、発明家が指揮棒を振り乱し号令を飛ばす。ぎしゃん、がたん、ばたん、ぎぎぎぎ……! 機械からしてたら故障を疑うしかない音をたて、しかしそれでも失敗作ジャンクたちは、僕らに襲いかかってくる。


「ふっふーん……対策済みです……いっくぞぉ、せんぷうぼう!」


 しかし。


 色葉は喜色満面に、2本のエクスカリバールによる360度打撃、打撃、打撃。超常の筋力と今できる最大限の強化をしたエクスカリバールの旋風に巻き込まれ、失敗作ジャンクたちは哀れ、本当のジャンクと化していく……


 ……まあ、要してしまうと、両手にエクスカリバールを持ってぐるぐる回ってるだけの動作に、ただそれっぽい技名を叫んでいるだけだ。彼女のネーミングセンスにはまあいろいろ言いたいことはあるし、自分でそれを叫ぶのについてはもっと言いたいことがあるけど……僕の頭には遠い歴史の彼方の名句、馬場は回るから馬場って本当だなあ(用語解説※1)、みたいなことしか浮かばなかった。




 でも。


 このバカみたいな技は、実際、効果的だ。




 失敗作ジャンクたちには知能と呼べるものがほとんどなく、手近な生命体にゆっくり近づいて、絡みついて、叩いたり噛んだりする、っていうことしかできない。もっとも数に押されると、生きたまま四肢をちぎられるけど……コーデや僕の発明狂界系テスラ・システムで身体能力に300%以上の強化を受けた色葉なら、こんな戦法も十分に通用してしまう。


 腰のあたりで振るわれるエクスカリバール旋風に巻き込まれた失敗作ジャンクは、おもしろいぐらいに吹っ飛び、あるいは千切れてく。本当はバールじゃなくて剣を振り回してるんじゃないかって思うぐらい。一応防腐加工はしてあるらしいけど、失敗作ジャンク失敗作ジャンク、強化はしてもらえていないみたいだから、脆いんだ。

 少し前まで色葉は、失敗作ジャンク一体一体を真剣に相手していたんだけど、街工場まちこうばのような場所に入ったら数百体いてげんなりし、その末に編み出された戦術だ。

 彼女の顔は、喜びではじけんばかり。機械化兵メカナイズは失敗作といえども、ドロップはそれなりにある。それで稼いで僕らも、サブウェポンやらポーションを揃えられたし……もっとも彼女の笑顔は、お気に入りのショップが壱番街の中に再現されていて、そこで買い物できるから、って理由だろうけど。どういう店かは、まあ……色葉が好きな店だ、としか……。




「くたばらおら!」

「どぐさらがら!」

「ざけなるだら!」


 方言とヤクザ映画弁と悪鬼ゴブリン独特な日本語の不確かさが入り交じった叫びを八九三ヤクザが上げ、銃口を色葉に。


 烈風銃ブラスターの弱点として、内部の魔石を起動させ、風エレメントを内部機関で循環させ風圧を貯める・・・・・・までに1秒、2秒のラグがあるってところがあげられる。おまけにその最中、わかりやすく銃口が青く、光る。


 僕としてはその最中に、狙い撃てばいいだけだ。




「……Gモード起動」




 "それをやるときはカッコよく、銃手形態と書いてガンスリンガーモードと言いなさい、いや絶叫しなさい"


 って言ってくる色葉に対する最大限の譲歩案として編み出した、合図の言葉……それでも彼女は、起動はアクティベートって言ったほうが絶対カッコいいのに、なんてぶつぶつ言ってたけど。

 杖を亜空筺ボックスにしまい、代わりに風圧充填済みの改造烈風銃モディファイド・ブラスターを2丁、呼び出しコール。両手にそれぞれ構え、狙いスナイピングをつけ、射撃シューティング。とはいえこの距離じゃ、スキル無しで撃ったって体のどこかに当たる距離だ、外しようがない。


 どむっ、という曇った音が、2連。


 専用に作った大きめの、鉛製ボールベアリングで500円玉大の穴を眉間に開け、2体の機械化八九三メカナイズ・ヤクザが倒れていく。


「オレもやる!」


 僕の後ろにいたスライ・スライは、土エレメントでかなり強化している僕の背中、肩を踏み台に空中に跳び上がり、残った1匹の眉間にナイフを、根元まで突き立てる。

 発射予定だった3発の銃弾はそれぞれ、天井、雀卓、ドリンクバーを穿つ。雀卓が転がり、ドリンクバーは盛大な音を立ててメロンソーダとオレンジとコーラが混ざったアホの飲み物をそこらにまき散らした。


「あーーーーー! オレちゃん専用ドリっ」


 発明家インベンターが叫び、しかし、最後まで言い終えることはなかった。




 胸から大きな刃をはやし、口をぱくぱくさせている。




「はい、おしまい」




 楽しそうに呟くリサさんが、背後から突き立てたショートソードを、ひねる。


 発明家インベンターは状況がよくわかっていない顔のまま痙攣し、そのまま事切れた。リサさんはそれなりにいい武器防具を揃え、透明化中は敵の背後から奇襲、バックスタブを狙うようになっている。僕と色葉は感覚が麻痺してるからいいけど、死体が消えるとはいえ直接相手を殺すのはキツいんじゃ、と、あんなことを話した後でも少し思ったけど……本人曰く、残酷さで言えばトラップタワーの方が上ですよ、とのこと。なんだか文化と価値観って、本当にいろいろだなぁ。


「…………いぇーーーい! 今のはかなり良かったんじゃない!?」


 レベルアップ音声を聞きながら、色葉が回転を止めて嬉しそうに言う。三半規管まで強化されてるらしく、酔うこともないみたいだ。


「時間にして……1分もない、すごいな」


 僕も僕で感心して言ってしまう。今まで散々読んできた、ちょっと強くなって調子に乗ってる中堅冒険者、にならないよう、ならないよう、気をつけているつもりだけど……事前に練習した連携、戦術が、ここまでうまく行くと、少しは天狗になった方がむしろいいかもしれない、なんて思ってしまう。


「……ドリンクバー」


 が、お気に入りのおもちゃが自分のせいで故障してもう動かないと知ってしまった6歳児みたいな口調で、スライ・スライが呟く。リサさんはようやく姿をあらわし、くすくすと笑う。


「大丈夫ですよ、スライ・スライさん、壱番街に帰ったらばっちぃ手亭ダーティ・ハンズでお茶しましょうよ」

「……うむ! そうだな! 冒険帰りは茶とお菓子と決まっている! コーラと来たらやはり、お菓子がいるしな!」


 ばっちぃ手亭ダーティ・ハンズは、最近行きつけの酒場。グルメなゴブリンがやっている、食べ終わったあとにウェットティッシュがほしくなる料理ばかり出す、僕にとっては悪夢みたいな店だけど、3人が気に入ってよく利用している。そこに行けるとなったスライ・スライは一気に機嫌が良くなって、リサさんの回りをぐるぐる回りながら、ゴブリンに古くから伝わるらしい歌をわざわざ日本語で歌う。




「 あー、むしゃむしゃ、ばくばく!

  おー、ずるずる、ごくごく!

  ちらせ、ちらかせ、くいちらかせ!

  テーブル のってる お菓子たち!

  まみれ、まみれて、こなまみれ!

  ぜーんぶ、ぜんぶ、おれのもの!


  さあさ、さあさあ、なにから喰おう!


  人間どもから奪ってやった 甘くてさくさく蜜焼みつやきサブレ!

  エルフどもから盗んでやった とろーりとろりの飴桃あめももきパン!

  ドワーフどもからもらってやった しっとりふわふわ火噴ひふしゅ饅頭まんじゅう

  ドラゴンどもからくすねてやった 神様びっくり氷河砂糖ひょうがざとう


  だけど忘れちゃいけないぜ


  母ちゃん手製の くろバタ薄焼うすやき、

  父ちゃん手製の しろバタ薄焼うすやき、

  げろまずお菓子のなつかしみ……………………!」




 とぼけたメロディに歌詞が収まりきらなくて、ちょっとラップみたいになっている、調子っぱずれな歌声にリサさんはまたくすくす、おかしそうに笑う。僕と色葉はそんな2人を見ながら少し笑った。


「私ら、結構イケるんじゃない?」


 色葉が興奮気味に言ってきて、だよな! と返しそうになり……

 ……なんとか、難しそうな顔を作って言う。




「……ってなるとここら辺で、最初のやらしい関門をぶつける頃じゃないかな」




 古今東西、ゲームってのはそういうものだ。




 ゲームの仕組みが理解できて、あ、今自分はこのゲームをちゃんとプレイしてる、って楽しみ始める時、そこでようやく、ゲームがゲームとしての牙を剥いて、プレイヤーに真の挑戦、クエストを投げかける。赤い悪魔、状態異常、物理反射の敵、1発即死の危険性、etcetc……。(用語解説※2)


「もー、あんたは本当に……でも顔、嬉しそうだよ」


 でも……僕はどうやら、本当に浮かれてるみたいだ。色葉には僕の嘘は、絶対バレるってことを忘れてしまうなんて。一体全体なんの超能力だよ、とも思うけどたぶん、家族がたくさんいると足音で誰が来るかを聞き分けられる、みたいなもんだろう。


「……それぐらい見逃せよ、君は、ほんとに」

「ふふ、やれやれって言ってみたら?」

「やーれやれ」

「あ、ちょっと照れた」

「うるさいな」

「ね、ね、もっかい言ってみてよ」

「……やれやれだぜ!」


 雀荘の中に僕の叫びがこだまして、悪鬼たちの死体が消え、ドロップアイテムの落ちる幸福の音と重なった。










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※用語解説

※1 馬場は回るから馬場

 正確には「ばばだから回るのではない、回るからばばなのだ。」。多くのフォロワーを生んだ、ハック&スラッシュジャンルの代名詞的なPCゲーム、個人攻略サイトが初出か? 馬場はゲーム内のジョブ、バーバリアンの略称。回る、はWhirl Wind(WW)という馬場のスキルの一つ。武器を振り回しながら戦場を駆ける。

 なお発売当初から最強スキルとされていたWWはパッチによる弱体化や仕様変更が重なり、一時期は最弱とされていたこともあった。


※2 赤い悪魔、状態異常、物理反射の敵、一発即死の危険性、etcetc……。

 「ゲームに慣れ始めたプレイヤーの目を覚まさせ、新鮮みを保つ仕掛け」は古今東西、枚挙に暇がない。読者各位それぞれに、思い出深いものがあるだろう。感想欄でお聞かせいただければ幸いである。

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