09 私だって戦えます! 的なヤツ
目を覚ますと、泣き疲れた顔の色葉が僕の腕に頭を乗せてぐーぐー寝ていた。頭の重みで腕が痺れに痺れきっている上に、かなりのよだれが布団を染みて、腕にまで冷たい感触を伝えてきている。おい、僕は看病されているんじゃないのかよ。
「あ、よかった、起きましたね……」
僕がそっと腕を抜いて体を起こすと、リサさんの声。ベッドの横のテーブルで、なにか書き物をしていた。
「……宿屋?」
「はい、壱番街の入り口から、歩いて15分ぐらいのところです。スライ・スライさんが、看板がカッコいいからここにしよう、って」
「…………あいつは?」
「それがダンジョンに行くのはまた明日、って言ったら、お買い物してくる-! って……どっか行っちゃいました」
「とことん自由だな……」
一息ついて、ステータスを開く。
レベルは23。ダンジョンに入る前は15だから、かなりいいペースでレベリングは進んでる、って言ってもいいだろうけど……。
地球にコンティニューはない。
……いや、レベルとスキル制が導入されたり、いろんな異世界が攻めてきたりしてるけど……ない、よね……?
……とにかく、今のままの戦い方じゃ、危険すぎる。
「竜胆くん」
リサさんが椅子をベッドの方に寄せて来て、なにか、意を決したように言った。色葉はちっとも起きる気配がない。
「……攻撃スキルが、僕も、いるね」
彼女がなにを言いたいかはわかったような気がしたので、先に言ってみた。
オフェンス役の色葉にスライ・スライと、ディフェンス役の僕にリサさん、そんな感じのパーティにしようと思っていたけど、どうやらダンジョンの中、実際の戦闘ってのはそこまで甘くはないみたいだ。どんなジョブにスキル構成でも、最低限、自分の身を自分で守れるスキルがないと、足手まといにしかならない。
「だから……でも、リサさんは索敵方面をとってもらえると、いいんだけど……」
僕はスキル一覧を眺めつつ言う。
「どうして? ボクのユニーク、使いようによっては初見殺しの最強スキルにもできます。魔王だって気付かない内に後ろから刺されたら、結構ダメージを入れられると思いますけど」
「……僕ら、魔王、倒すの?」
僕が尋ねると、リサさんは、あ、という顔になる。
そう。
僕らは魔王を倒さなくてもいい。
……いや倒してもいいけど……そもそもいるかどうか知らないし。
……だいたい、僕たちには使命だの運命だのがあるわけじゃない。
女神様的なヤツにお願いもされてない。ただこの、レベル・スキル制が導入され、異世界の異種族たちが攻めてきた地球で、死なずに楽しく暮らせればそれでいい……
……もっともこんな言葉は今の地球じゃ、年収600万ぐらいで都内の1戸建てに4人家族でつつましいながらも幸せに暮らせればいい、ぐらいの、最近冷凍睡眠から起きてきたんですか? って文言かもしれないけど。
「たしかにリサさんのユニークは強力だけど、感知系のスキルに対してどこまで有効か、ってのはわからないしね。姿が見えないつもりで奇襲をしかけて返り討ち、ってのは……いくらなんでも死に方として間抜けすぎるよ」
「ああ……それは、たしかに……」
「だから、リサさんには感知系のスキルを極めて偵察兵、忍者的なスキル構成がいいんじゃないかな、って思う。その過程で、奇襲と書いてアンブッシュみたいな、静音性と奇襲特化の暗殺者スキルみたいなヤツがあったらとる感じ……かな? 武器もいろいろ更新しないとな……発明家分の魔石がいくらになるか、だけど……」
不可視の忍者、暗殺者なんて滾らざるを得ない。でも……
「……行ってみてわかったけど、ここのダンジョンは視界の端に、周辺10メートルのミニマップ表示があって、そこに敵の位置がリアルタイムに赤いドットで表示されるぐらいのスキルがないと、いつPKにやられてもおかしくない」
たまたまあの連中が、カツアゲをしてから殺す、って手段だったから、生きていられたようなものだ。でも、僕がそう言うとリサさんは少しぽかん、とした後、ぷっ、と吹き出した。
「な、なんだよ」
「い、いえ……あの……なんていうか……」
少し顔を赤くして言いよどむリサさん。
「君は戦うスキルなんてとらなくていい……いいえ、私だって戦えます! みたいなヤツを、やる流れかもしれない、って思ってたら……全然ゲーム的に最善手処理された、って思ったら、おかしくって」
くすくす笑うリサさんに、僕もつられてしまった。一気に肩の力が抜ける。
「大昔のラノベ主人公みたいなのは、僕の名前だけだよ、ったく」
「あははは、でも最近も全然いるじゃないですか、女の子は戦うな、的主人公」
「そう? むしろ最強ヒロインたちに守られ自分はニート、スローライフ的なヤツが増えた印象だったけど」
「あ、たしかに」
「いや、雑に語ってると晒し上げのまとめを作られちゃうな、やめとこう」
「ふふふ、リアルならいいじゃないですか」
「そりゃあ…………」
「…………」
と、しばらくの沈黙の後、顔を見合わせて吹き出してしまった。
実物のダンジョンから帰ってきて、いかにもナーロッパな宿屋の部屋で、一体全体、僕たちはなにを話してるんだ。
「ま、それでも……僕はちょっと、攻撃できる手段……というか、身を守る手段がないとまずいな」
「ですね、ボクは隠れられますけど……竜胆くんになにかあったら……」
そこで意味ありげに、まだ寝てる色葉を見るリサさん。寝息がすーすーを通り越して、ぴーぷーになっている。人間、ここまで無防備に寝られたらさぞかし気持ちいいだろうなぁ、って寝顔。
「……あー、その……誤解させてたら申し訳ないんだけど……あー……」
どう言ったらいいかわからずまごついてる僕に、リサさんは笑って言った。
「付き合ってない、ですよね、2人は」
「……そう、だけど……なんだよその笑い」
「竜胆くん、もしなろうで竜胆くんと色葉さんみたいな関係のキャラが出てきたら、どう思います?」
「そりゃあ……暴力はないにしても理不尽系のヒロインだから、幼馴染みざまぁされるだろうな、って思う……いや待てよ、FPS狂いを前面に押し出して『オレら』側って思ってもらえば……にしても、メインヒロインにはなれないか、そういうの。ヒットしても覇権はとらないもんな……個人的には結構好きだけど……やっぱりなんか『無理にヒロインをこっち側に寄せてもらってる』って思っちゃうんだよな……」
「……あー……まあ……えーと、じゃ、じゃあ、じゃなくて、なろうじゃなくて、普通のラノベだったら」
「そりゃ、黒髪ロング活発系幼馴染みだから、最終的にはおとなしめ茶系ミドルヘアのサブヒロインに主人公を持ってかれて涙するんだろうな、って思う」
「……え、逆じゃないですか? ミドルヘアの子はむしろ、主人公とヒロインの仲が進展するように応援しながらも実は……みたいなところで、読者さんだけ、彼女の切なさがわかってむしろメインヒロインより人気が出て、で、最終的には幼馴染みを捨ててミドルヘアの子に」
「いや最近のはやりで言うと、むしろそういうテンプレをどうやって、どこまでワンアイディアで弄るかって感じだから、逆に、ってなるんじゃない?」
「あー、でも弄るより逆にストレートで行く、っていうのも多くありません? 普通のラブコメだったらこうなのに、みたいなメタ視点はありつつも、そこをうまく調理して、王道に一ひねりだけ加えるっていう」
「たしかにそうかもな…………」
「ですよ…………」
「………………」
「………………」
また顔を見合わせて吹き出してしまった。
「ま、とにかく、僕も攻撃手段を作るよ。色葉が起きたら会議……スライ・スライは……いいか、まあ」
「あ、結局うまくごまかされた」
「…………なにが?」
「………………ふふふ、なんでもないです。でもね、竜胆くん。いーちゃんは活発系幼馴染みでも、理不尽系でもなくて、ほんとに単純に、完璧超人系のヒロインだと思いますよ、その彼女が裏では実は……っていうパターン」
「そりゃよく……」
知ってるよ、と言おうとしたらなぜか、言葉が喉につかえた。だからちょっと咳き込んで、言えた風を装っていたら、リサさんはなんでか、また、くすくす笑った。まったく、作家先生の考えることはよくわからないぜ。
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