08 戦士と戦姫

 大丈夫。

 あいつは、絶対、大丈夫。

 もし死んでたら……くそ、絶対、ぶっ殺してやる。


「ぶわははは! おい嬢ちゃん!

 マジでやるじゃねえかよオイ!」


 矛盾した思いを抱えながら色葉は、颯の如き、強化された敏捷力AGIで持ってエクスカリバール二刀流を振るい、灰丸と対峙していた。


 身長3メートル超。

 赤肌の鬼が振るう巨大な黒い金棒。巻き起こす旋風はまさしく、鬼の暴力の具現。

 対するはクラシカルロリィタに身を包んだ色葉の、エクスカリバール二刀流。

 暴力の旋風に揺らめくフリルとレースは、しかし、どこまでも優雅。

 一直線に色葉を叩き潰そうとする金棒。もはや超常現象に近いレベルの膂力で振るわれる無骨な鉄塊は、黒い残像を残しながら幾たびも色葉の服をかすめる。




「ッッしゃらぁぁっっ!」




 しかし、かすめるだけ。

 灰丸が裂帛の雄叫びを上げて振るう金棒は、色葉の体には届かない。

 黒い残像はすべて、群青色ネイビー・ブルーの風に散らされた。




 姫袖が舞い、金棒をそらす。


 スカートがはためき、蹴りをいなす。


 かと思えば、瞬間移動したかのごとく飛び上がり、体当たりを躱す。




 竜胆のスキルによって通常の数倍にまで敏捷力AGIを高められた色葉の体は、まるで、風に舞う落ち葉のように捉えどころなく灰丸の攻撃を躱し続けた。その最中にも、2本のエクスカリバールが舞うように灰丸を襲う。首を薙ぎ、手首に強烈な一撃をたたき込み、膝を逆方向に曲げようとし、股間に強打を浴びせる。


 だが。




「足りねェ」




 エクスカリバールの尖った先端を、二の腕に深く突き刺された灰丸は、笑うのみ。突き刺さったエクスカリバールごと色葉にのしかかり、彼女の動きを捉えようとする。

 だがその意図を瞬間で察した色葉は、突き刺さったエクスカリバールからためらわず手を離し、シューズの踵でカカッ、と小気味よい音を立て、華麗なバックステップで瞬時に距離をとる。




「いい判断だ……ふゥむ……なかなかいい強化してんじゃねェか」




 何事もなかったかのように、エクスカリバールを指でつまみ引き抜き、吹き出る血には一切気を配らず、しげしげと眺める灰丸。




 ……試合マッチ中になにを……




 と、色葉は思ったが、攻められない。

 片方とはいえ武器を失ったショックで、間合いを取り過ぎてしまった。

 灰丸にとっては大きく一歩を踏み込み、自分の身の丈ほどもある巨大な金棒を振るえば十分、致死の打撃を与えられる距離。だが1メートル足らずのエクスカリバールを武器とする色葉にとっては、逃げるか、距離を潰すかしなければいけない間合い。

 しかし。

 このまま攻め続けたとしても、まったく問題にしない灰丸が、ありありと想像できてしまう。この巨大な鬼は、体のどこに打ち込んだとしてもわずかに身をよじらせるだけ。すでに数十は全力で打ち込んだが、ぜえぜえと息を荒げているのは色葉だけ。




 効いていない、攻撃が通っていない、のではなかった。




 灰丸の肌は、打ち据えられたところの色が変わっているし、エクスカリバールの先端で切るようにした場所からは、血が流れ続けている。




 けれど本人に、気にした様子がまるでない。




 打撃が加えられている最中ですら、痛みによるショックや、打撃の衝撃で体の動きが鈍くなるようなことが、一切なかった。人間的な動揺が一切ない、機械ボットを相手に戦っているようだ。あるいはこれが彼の種族スキル〈我慢がまん〉とやらの、ふざけた効果なのだろうか?




「だが、これも足りねェ。せめてアイテムの素地がユニーク……いや最低限、それなりのレアならなァ……」




 興味なさそうにエクスカリバールを投げ捨てる灰丸。




「……なにが足りないって言うのさ」




 金棒を腰だめに、まるで抜刀術のような構えを見せる灰丸。それを見て色葉は深呼吸、残ったエクスカリバールを両手持ち、上段に構え言った。




「全部だ。レベルも、スキルも、武装も、戦術も……だが一番は、根性。根性が足りねえ。お前さっきからずっと、勝てないって思ってるだろ?」




 どくん、と、色葉の心臓がはねた。


 顔に出すほど間抜けではない。

 けれど、内臓を鷲掴みにされた気分だった。


 超常のスキルでどれだけ自分の力が倍増されていても、それを気にもとめない化け物がいる。その事実を想定していないわけではなかったけど、実際に目の当たりでそれを体感すると、小雨が洋服に染みてくるように、事実が心の中で冷たい存在感を放ち始めていた。




 この化け物を倒す手段が、今の自分にはない。




「……精神論は嫌いなんだよね。それで勝ったって成長がないもん」




 それでも。




『僕らみたいなのが強がりを手放したら、きっと、ぜんぶ手放しちゃうぜ』




 いつかの竜胆の言葉を思い出して、色葉は不敵に笑った。

 ……あれはまだ中学生。ロリィタを着るのをやめようかって一瞬、思っちゃった時。


 ……そうだよ、竜胆。

 君が教えてくれたんだ。


 私は絶対、勝つ。




「ははっ、じゃあお前は俺様に絶対ぜってェ、勝てねェな」

「なんで? 気合いが入ってるから? ばっかみたい。頭を潰された後でもしゃべれたら、根性があるってことは認めてあげるよ」

「これだからガキは……いいか、相手を殺すってのは単なる技術だが……」




 ぐっ、と灰丸が体を沈み込ませる。




「勝つには根性がいる。全力を出すにもな。だから根性なしは勝てねえ。どこだろうが、いつだろうが、だれだろうが、変わらん真理だ」




 鬼が構えた。


 異形の構えだった。


 膝をつき、顔は地面に向けられ、一見は色葉にかしずいているかのように見える。

 だが。




「……でも、根性を、気合いを、入れれば入れるほど思うのさ。勝ちも負けも、クソほどどうでもいい。次の一瞬、次の次の一瞬で、燃え尽きちまいたい、灰になっちまいたい……このままとけて、戦場いくさばに吹き荒れる風、街を焼き尽くす業火、むくろみてく小雨のぱらつき……そんなもんになっちまいたい、ってな……」


「……案外、詩人なんだ」


「俺様はこれでも僧なんだぜ、インテリなのさ」


「うそつけ、インテリが金棒なんて武器使うか」


「へっ、まあ、どうでもいいやな……今は……」




 みち、みち……ぎち……ぎちちち……。




 革がこすれるような奇妙な音を聞いたと思った色葉は、それが肥大パンプ・アップしていく灰丸の筋肉がたてる音だと気づき、大きく息を吐いた。




 たぶん、次が最大の一撃なんだろう。

 あいつは私を、わからせる・・・・・つもりだ。

 灰丸の言ってることは、ちょっと、正しい。




 連戦してくる一流気取りワナビー相手なら何十回やったって勝てるけど、そいつをわからせる・・・・・のは骨が折れる。極論すれば、どんなプロ相手にだって24時間365日粘着して、自分が勝つまでプレイをやめなければ勝てる。相手をわからせるのと、試合に勝つのは別の種類の作業で、プロは試合に勝つのが仕事だから、相手をわからせるのには慣れてない。


 でも。

 だからってその2つが、同時にできないとは限らない。




 私が勝てば、みんながわかる・・・




 私が追い求めているのは、そういう勝ちだ。




 気合いも技術も根性も戦術も。

 私は全部欲しい。

 だから、欲しがる。

 きっと、手に入れる。

 絶対に、なにもかも。




「アンタこそ、勝ちを捨てた根性ナシだ!」




 そう言った色葉は、一直線、エクスカリバールを投げた。

 空気を切り裂き、先端を灰丸の頭部に向け飛んでいくエクスカリバール。たとえ先ほどの戦車であってもひょっとしたら、貫かれるかもしれない、それほどの一撃だった。

 コーデによって各種能力値にボーナスを受けた投擲はスキルこそないものの、竜胆の投擲とは比べものにならない速度で灰丸に迫る。




「……足りねェ」




 だが。

 最小限の動きで頭をずらし、肩口でエクスカリバールを受け止めた・・・・・灰丸は、そう呟くだけだった。エクスカリバールはその半ばまでが彼の肉体に埋まり、貫通さえしているというのに。




 灰丸は思う。




 ひたすら殺し合いに明け暮れる鬼として生まれ落ち、数百、数千の戦いを生き延びてきた彼にとって、敗色濃厚な相手がなにをしてくるか、悲しいほどはっきり予想がついている。


「やれやれ、武器エモノを投げるなんざ、どっちが勝負を」


 せめてこの楽しかった時間を汚さないように、ひと思いに吹き飛ばしてやろう。そう思って口を開き、だがその台詞を言い終えることはできなかった。




「真面目にやれよこのチキンッッッ!」




 〈ソバット〉一閃。




 投擲と共に距離を詰めた色葉が、大きく沈み込んだ灰丸の頭を蹴り飛ばした。無音発動でコーデを制服に替えた色葉のソバットスキルは的確に、灰丸の顎を捉え脳を揺さぶる。星空スターリー・スカイコーデの各種能力値ボーナスがなかったとしても、その効果は覿面だった。




「リサッッ!」


 ドスっ。


 灰丸がまったく、予想もしていなかった方角から、衝撃。

 彼の右膝の裏側、精密とは言えないが金棒を振るうには十分な運動を司っていた利き足の腱を、突き立てられた一本のナイフが断ち切っていた。なにが起こったのかまったく把握ができず、一瞬、精神に空隙が挟まれる灰丸。


 ユニーク・スキル〈神隠れんぼハイド・アンド・ハイド〉で姿を隠したリサが、灰丸の背後をとり、サブウェポンのナイフを突き立てる隙をうかがっていたのだ。リサのスキルにより2人は緻密なコミュニケーションをとり、この奇襲を成功させた。




 色葉にはその一瞬で、十分だった。




 元来ソバットは、パリのならず者のケンカ術を、護身術として体系化した格闘技。軍隊格闘技のように身体の破壊、状況の制圧に重点を置いたものではない。

 だがどのような技術だろうと格闘技である限り、それは、効率よく相手を害する技術であることに変わりはない。ましてやそれが怒り心頭に発した、レベルとスキルにより超常の強化を受けた市丸色葉であれば。




「勝負はッッ!」

 崩れ落ちそうな灰丸の体を持ち上げるように、爪先蹴りで顎。

 ぶしっっっ、と血飛沫が灰丸の口から飛び、辺りに散る。




「全部ッッ!」

 垣間見えた喉にサイドキック。ローファーが喉仏にめり込む。

 ぐぼっ、という、音なのか声なのか、判別のつかない音が響く。




「使うんだッッ!!」

 再び顎に爪先。そこから4連の蹴り。流星のように正中線を襲う。

 灰丸の膝が折れ、見上げるほどに高かった頭部が、色葉の間合いに。




「だから全力って、言うんでしょうがッッッ!!!!!」

 ハイキックが、左右同時からなのではないか、という速度で、灰丸の頭部に。

 ぐらっ……と、鬼の巨体が左右に揺れる。




「だから勝った後にもッ! 負けた後にもッ! 言い訳なんてできないんだッッ!! 勝手にルール決めて、予防線張ってんじゃない腰抜けチキン野郎ッッ!!!」

 スカートを翻し、背後に回り込んだ色葉がとどめとばかりに膝裏のナイフをローキックで押し込む。黒いサイハイソックスに、鬼の血が跳ね返りローファーも汚す。




「いーちゃん!」


 虚空から声がするとショットガンがあらわれ、色葉に放られる。悪鬼ゴブリンアイテムボックス・・・・・・・・から手に入れていたショットガン。まだ10発は弾も残っている。すかさずコーデを零年代エイジ・ゼロに切り替えると、片手でポンピング、そのまま灰丸の頭に突きつける。






「サヨナァラ、ビヤッッッッッッ」






 チ、を言い終えないうちに、色葉の手からショットガンが消えた。

(用語解説※1)




「……は?」

「じゃ、こっちにも文句言うなよぉ……」




 色葉がまばたきする内に、灰丸まで消えた。




 明らかに、自分の知らない物理法則が働いている。そう感じ取った色葉は急いで、スライ・スライが相手をしていたはずの妖精フェアリーの姿を探すが……いつの間にか、妖精の姿も消えて、ひたすら犬のように追いかけ回していたスライ・スライが首をひねっている。


「っててててて……あぁ……そういや他にも、ウチのリーダーみたいなヤツがいたよな……ったく……」


 灰丸が、声を上げた。

 いつの間にか2人を挟んで、悪鬼戦車ゴブリン・タンクが落ちた穴、その向こう側にいる。


「灰丸……お前な、自分より弱いヤツに手加減をする癖をどうにかしないと、この先すぐ死ぬぞ……ったく、傷口を見せろ」

「しょーがねーだろ、すぐ死なれちゃ、俺様は何を楽しみに生きりゃいいんだよ」

「楽しくおしゃべりしたり、おいしいお酒を飲んだり、いろいろあるでしょ」

「はん、そんなもん妖精さんたちがやっててくれよ。鬼のやることじゃねーや」

「お前、これ、ぶちぶちに腱が切れてるじゃないか、なんで立ててるんだ……?」

「気合いと根性だよ」

「ったく……」


 すると知らない声がして、灰丸の膝の傷を、不思議な光が覆った。いつの間にか妖精もその側にいる。


 ……パーティを招集するスキル……? 姿を隠すスキルと同時に使えるの……? いや、私のシャッガンも消された……?


「……お嬢さん、いや……一丸色葉いちまるいろはさん。私たちはここで引かせてもらうよ。いやはや、恐ろしい新入りが来たものだ。そこでノびてる少年に、蛇怪の借りはいずれ返させてもらうと伝えておいてくれ」


 またもや、声だけが響く。


「リサ」

「はい」


 アサルトライフルを受け取った色葉は即座に構え、トリガーに指をかけるが……


「グハハハ! 痺れるねェおめェは! たまんねェや!」


 灰丸が透明な誰かと、妖精をむんずと掴むと……開いた大穴から階下、壱番街へ飛び降りた。色葉は慌てて穴の淵に駆け寄り、ライフルを向けるが……壱番街の治安部隊、悪鬼王近衛隊ゴブリン・ロイヤル・ガーズたちと目が合い、大きく息を吐いて銃をあげた。


 上はどうあれ、壱番街において諍いは御法度。


 王から直々にスキルを授けられた近衛隊の、経験値にされた冒険者の数は少なくない。近衛隊たちの頭上に輝く3桁のレベルと、ゴブリンにあるまじき精悍な顔つき、2メートルを超える屈強な体がそれを証明している。




「今日は俺様の負けだな! またやろうぜ、今度は全力で!」




 階下から面白そうにそう叫ぶ灰丸に、思わず色葉は叫んだ。






「くたばれ舐めプ野郎!!!!!」

(用語解説※2)






 色葉の叫びを背に受け、灰丸は楽しそうに笑い、ひょこひょこと右足を引きずりながら、壱番街の雑踏に消えていった。










※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

※用語解説

※1 サヨナラ、ビヤッチ

 カッコいい台詞を言いたいがありきたりなものはいやだ、となった際、おきまりの文句を別言語で言う、というのは万国共通。古くはHasta La Vista Baby→アスタラビスタベイビー、などがある。ビヤッチ、biyatchはbitchが変化したスラング。ここでは色葉はなにかで見た英語ベースのゲームトレーラーで言っていた台詞、をマネして言っている。


※2 舐めプ

 自分の実力を出し切らず、相手を下に見た(→ナメた)プレイをすること。そもそもは「捨てゲー(ワンプレイ100円のアーケードゲームで、意図的にその権利を捨てるようなプレイをすること)」からこの言葉に到り、格闘ゲームの隆盛と共にゲーマー界隈で市民権を得た言葉と思われる。やがてはe-sportsシーンなどで使われるようにもなっていくが、現実でのスポーツや、一般生活の中でも使われる場合もあり、SNS検索では様々な用例が採集できる。

 ここからは筆者の見解だが、舐めプの使用範囲が広がっていったのは、単語の意味が拡張されているというよりも、ナメる、という言葉の持つ本来の意味合いが、プレイ、によって和らげられ使いやすくなり、本来の「ナメる」代わりに使われている、という、日本語によく見られる現象と考えるべきではないだろうか。

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