03-01 冒険者ギルド 新宿繚夜本部

「登録はオンラインで済むものですから、窓口業務は縮小中でして……もう少々お待ちください、ちょっと今、手続きできるものを、呼びに行ってまいりますので……」

「おう」


 ちょこん、と椅子に座ったスライ・スライは行儀よく返事をする。後ろの僕らは居心地がいいのか悪いのかよくわからなくて、きょろきょろあたりを見回す。


 ウェスタン風……用心棒と賞金首と保安官が酒を飲んで、ミルクをくれって言ったら酒場中から笑われそうな建物の外観に反して、中はまったく……いやまったく……学校というか、病院というか、いやこういうのは……?




「……お役所みたいだね」

「それだ」




 非常にがっかりした声の色葉が言って、思わず僕も同意してしまった。

 そう、冒険者ギルドの中はまったく、お役所みたいだった。

 荒くれ冒険者の姿はどこにもなく、教室ぐらいの広さの中、8割椅子と机で占められている。ナーロッパ的な木製のやつじゃなくて、普通のオフィスにある机と椅子……いや冷静に考えれば新宿のどこかにあったものを持ってくるのは当たり前なんだろうけど……でもさあ……あのさあ……。


「……オンラインって、ここ、ネット使えるんですか……?」


 リサさんが一応持ってきていたスマホを取り出すも、画面はやはり、圏内というわけのわからない表示のまま。


「いや、ステータスから全部、冒険者登録はできるようになってんだ。ステータスからやることをここじゃ、オンラインでやる、っていう」

「うそ? ギルドとかクエストとかの項目あったっけ?」

「この街に来たら、自動的にSNSのところに追加されるようになってる」




 …………ほんとだ。

 たしかになろうでよく読んだ冒険者ギルドの仕事ってようするに、ソーシャルの、ネットワークの、サービス……なのかもしれない。




 メニューからSNSを開いてみると、たしかに、ギルドの項目がある。入ってみると、冒険者登録はこちからら、って表示。をタップすると、所属したい冒険者ギルドの所在地が出てくる。まだ九鬼城砦くきじょうさいの表示しかないけれど、メニューの広さを見るに、数十は選べるようになっているみたいだ。他の異世界からやってきた異種族がいる他の街にも、冒険者ギルドがあるんだろうか?


「ど、どういう……あ、ああ、ああああ、これも……スキルか!?」

「ふふふ、その通り。交易銀行バンクスキルの最高位、練度の真ん中あたりで冒険者ギルドの開設ができるらしい。ショップに売るよりも高く素材を買い取れて差額はシステムが出してくれたり、クエストを募集して応募してきた冒険者に成功報酬を渡したりが、自動でできるようになったりする。ま、スキルでできることならスキルでやるに超したこたぁなかろう」


 だとすると……

 ……ギルドの中に冒険者たちがいないのも納得できた。

 机の前に座り、ぼんやりと手をぱたぱた動かしているようにしか見えない受付向こうの人たちは、あれは要するにメニューからSNSを開いて、サポートやその他の仕事に従事している、いわばオペレーターの人の、冒険者ギルド版……いや、半分は悪鬼ゴブリンで、残りの半分はリザードマンだったり鳥人バーディだったりするけど、そういう人たちなんだ。


「……じゃあ、なんでわざわざ来たの? ダンジョン通行証的なものがあるとか?」

「いや、それもステータスからで済む。1度この街の冒険者であると登録すれば、自動的にニンショというものができあがって、関所ではそれを使って門を開ける……って仕組みなんだってさー」


 要するに、その人の固有データであるステータスを認証情報として登録してしまえば、個人確認が必要な場面では、パスワードも指紋も必要なく、確実に認証作業ができる、ってことか……

 ……個人的には……冒険者としての業績が記録されているから無くすと大変なことになるって受付のお姉さんから言われて、今後この設定を巡って嫌なヤツのパイセン冒険者との絡みがあるんだろうな、って思ってしまうけど実際はあんまりない冒険者カードとか、指輪的なヤツとか、ちょっと欲しかったけど。


「でも、なら、ますますここに来る必要、なくない?」

「ちと、ここにいるアホウに用があってな。情報収集だ」


 とスライ・スライが言うより早く、だだだだだっ、と駆け足の音。


「……旦那!」

「ハーグス! 元気!?」


 ぴょん、と机に飛び乗ったのは、一メートルと少しのスライ・スライより、さらに小さい〈Lv.89 小悪鬼タイニー・ゴブリン 冒険者ギルドマスター ハーグ・ハーグ・ボブズ〉。


「どうだ、その後、変わりないか?」

「ええ、ばっちりです! それよりも旦那……よくぞご無事で……!」

「なに、運の良さならオレは、誰にも負けない自信があるものでな」

「ええ、ええ、まったく! ……して……後ろの方々は……?」


 悪鬼ゴブリンにしては、あまりにもくりくりと大きく、ぱっちりとまつげも長く、愛くるしい感じの目を、僕らに遠慮なく向けてくるハーグス。インフルエンサーが飼ってる子犬みたいだ。


「おう、こいつらがオレのパーティだ」

「…………ってことは、旦那、準備はできたんですね!?」

「ああ、ずいぶんと待たせてしまってすまなかった。ごめんごめん」

「いいえ、いいえ……いいえ! あ、今椅子持ってきますんで、後ろの方々も座ってください! あ、お茶とお菓子も持ってきます! あ、お酒の方がいいですか? あ、そうだ、えっちな人たちも呼びますか? お膝の上に座らせながら話すのが今は流行ってますよ!」


 最後から2番目と最後の誘いは丁重にお断りしつつ、僕らは座り、彼の話を聞くことにした。どうしてそんなひそひそ声で話すのかって不思議に思ったけど……




 ……スライ・スライ・ゴグルは、不世出の英雄だ。




 地球に来てからも影響力を持っていた彼が疎ましかった王は、彼に最も重要な任務を与える、といって、半ば死刑とした。と、この最も重要な任務、が、繚夜の外にミニコアを設置する任務。他のユニークが1,000人近い部下を引き連れ、各地にやってきた異世界種族の地に、ワープゲートを設置し、その近所にミニミニ九鬼城砦くきじょうさい(日本全国にある○○銀座みたいな感じ?)みたいな街を作っていく中……。


 ……スライ・スライだけは、数十名しか与えられなかった。


 英雄殿はゲリラ戦がお得意であろうと言われ、彼は黙って引き受けた。

 結果、悪鬼ゴブリンたちはもうスライ・スライが死んだものと思っている。

 しかしこのハーグスだけは、信じなかった。英雄スライ・スライ・ゴグルを密かに信奉していた彼は、決死任務に旅立つ前の彼と密かに話し、彼の企みを聞いた。




 曰く。

 いつか王を打ち倒すべく、仲間を連れ、オレは戻ってくる。

 そのためにハーグス、準備を怠るな。




 だからハーグスは、いつか戻ってくるスライ・スライのため、王を倒すために必要なポジションまで上り詰めることを決意し、冒険者ギルドのマスターにまで上り詰めたのだという。


 王のいる九鬼双子塔くきふたごとうまでたどり着く方法は、2つ。

 冒険者となって九鬼城砦くきじょうさいを踏破し、最終層の5階、伍番街からそのまま塔に侵入するか。

 あるいは九鬼城砦くきじょうさいを踏破した褒美として、悪鬼王近衛隊ゴブリン・ロイヤル・ガードに取り立ててもらい、謁見するか。


 どちらにせよ、九鬼城砦くきじょうさいの出入りを管理する冒険者ギルドが、大きな鍵となる。




「それ、ここで話してて大丈夫ですか……?」


 リサさんがぽりぽり、ゴブリンのお菓子、クッキーをまぶした氷砂糖みたいなやつをかじりながら尋ねた。


「ああ、大丈夫、全員イヤホンつけてますでしょ、あれは最近出た魔導工作メイジ・クラフトの新作魔導具ガジェットで、クエストのサポートを音声でやれるようになってるんです。風エレメントと土エレメントを微妙に配合して、周りの音をシャットアウトしていい音にする、って優れものでしてね、なに話してても大丈夫です、聞こえません」

「はあ……」

「それより旦那、潜り込ませてるヤツからの情報ですが……レベルが312あったって話です」

「……やはり、あの噂は本当だったか」

「今じゃもう、恐ろしすぎて誰も口にもしませんがね」

「312……音無おとなし山の轟竜ごうりゅうヴォースが298だったかな」

「…………神々はレベルが1000ある、なんておとぎ話で聞かされましたがね」

「やあやあ……怖いな……」

「ええ、まったく……」

「…………噂って?」


 二人が深刻そうに口を閉ざしてしまったので、僕は思わず横から尋ねてしまう。


「…………」


 少し無言で僕の顔を見つめたハーグスさんは、スライ・スライを見る。彼がこくりと頷いたのを確認すると、耳に挟んだペンでさらさら、受付の上にあったメモ用紙に、綺麗な日本語を書き付けていく。




 “新宿繚夜の中で得られる経験値の何%かは、王に吸収されてるって噂がありました。誰も正確に確認はしてませんが、おそらく、本当です。今の王は街の管理に忙しすぎて狩りもロクにできてないはずなのに、レベルだけ上がり続けてます”




 つまり……




 ……経験値の、税金。




 王のユニークスキルに、これほどふさわしいものがあるだろうか?

 でも、もしそれが本当なら。




 僕らが読み終わったのを察すると、ハーグスさんはいそいそとメモを手のひらにのせ、スキルだろうか、紫色の炎で火をつけ、燃えかすを握りつぶす。


「…………旦那、正直言うとね、もう、旦那の仕事じゃあ、ないと思ってます、私は。あれを倒せるのはおそらく、別の種族の、別の領域主ボスだけだ。領域主ボス専用スキルは……底が知れなさ」


 ハーグスが重々しく口を開いたところを、スライ・スライが手で制した。


「……ずいぶんまあ、人間らしい口を利くようになったな、ハーグス。オレ悲しい」

「旦那ぁ……」

「勝ち目があるからやる、ないならやらない……そんなのはな、ハーグス、ぺーーーっだ! ぺーーーーー! ぱーーーーー! ばーーーーか! オレはやるからな! おめーがビビっても! やーいビビり!」

「私はビビってるんじゃないですよ! 旦那がビビったんじゃないですか! 今のオレじゃ無理だ、とか言って!」

「言ってませんーーーー! どこで言ったんですかーーーーー! 何穴何横何梯子なんあななんよこなんはしご、どの母ちゃんの下で言ったんですかーーーー!」

「バーカ! バーーーーカ! 言いましたー! 絶対言ってましたーーー! ゴグ穴丸横火水梯子あなまるよこひみずばしご、ライライ母ちゃんの下で言ってましたーーー!」

「嘘つかないでくださいーーーー! 言ってませんーーーーー!」


 と、シリアスなトーンから一転、小学生みたいな言い争いを始めたので、僕らは顔を見合わせ、スライ・スライをぽかりとやって、その場を後にした。

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