12 このゲーム
ステータスを開いて、どんな
世の中で、これ以上に贅沢な時間があるだろうか?
自分とシステムが、渾然一体に溶け合って……
……静謐と豊穣の妄想空間に自分を解き放ち……
…………おお……
………………半導体の、曼荼羅が……
……………………僕を……涅槃へと……
いざな「ねーねー、ジョブの名前さー、
……。
……。
……。
知るか。
「……知らないよ…………」
僕は自分のスキル欄を見ながらため息をつき、答えた。
「え~……ねえねえ、リサはなんにした?」
「え、あ、その……わ、笑わないで、くだ、さいね……?」
「なんで? ……あ、ウケ狙いで決めた感じ?」
「ちっ、違いますっ! ……ボクは、漢数字の三に、
「………………なにそれ超かっこいい! すっご! えマジですご! なになにそのセンス! えーすごい! ね、ね、私の一緒に考えてくれない!?」
「ひぇっ、いぇ、あ、あぅ、そ、それっ、は……あの……っ」
「いいでしょいいでしょ!? も~、やっぱ現役作家のセンスには、かなわないのか~……ねえ、どうやったらカッコいい名前って思いつくの? やっぱり普段からいっぱいそういうことを考えてるの? 使えそうな漢字をピックアップしたりとか?」
「ひゃっ、あ、あぅ、そ、それっ、は……その……」
耳まで赤くしてぶんぶんと首を振るリサさん。
色葉は、欲しいって言えばなんでもゲームを買ってもらえる同級生を見る小学生みたいな顔で、リサさんを見ている。
……。
……。
……。
僕が間違ってるのか……?
もう一度ため息をついて、気を取り直してスキル画面とのにらめっこを再開した。
僕が目を覚ました日の、さらに翌日。
朝も早い頃にモーヤーモたち
システムが複雑すぎて、ほぼ半日たった今でも僕は自分のビルド、ジョブを決められなかった。色葉とリサさんは大まかな方向性は決まってるから、あとは細かいところを決めるだけ、みたいな感じだったけど……ちなみにスライ・スライは職業を取る気はなかったそうだけど(元の異世界にはスキルシステムはあったものの、ジョブシステムはなかったらしい)、僕たちが取ると「オレも!」と言いだし、3秒ぐらいで決めてしまった。じっとしているのは性に合わないらしく、大広間でさっそく訓練に励んでいる。
それもこれも、システムが複雑過ぎるのが悪い。
まるで、中学生が初めて作ったハイファンタジー小説設定みたいなタチの悪さ。
だからこそ僕は、のめり込んでしまってスキルを決められないでいたんだけど。
レベル10で解放されるジョブシステム。
まずこれには、
たとえば金属制作系が
そして
ちなみにアイコンの形を見ると、
そして選んだ
……ただしこれは、作成されるまでどんなスキルになるかわからない。この
……複雑すぎる、って意味がわかっただろうか。
今の僕のスキルウィンドウを見る限りでも、戦闘に関連したツリーだけで、格闘技系、喧嘩系、体操系、スポーツ系、片手武器戦闘系、両手武器戦闘系、棒状武器戦闘系、遠距離武器戦闘系……全部数えていたからキリがない。前提条件のせいでまだ見えてないやつがあると考えると……個別のスキルは、ひょっとしたら1,000は超えるんじゃないか? その組み合わせ、
……選択肢が4個しかない人と、100個以上ある人を比べると、後者は強いストレスを感じるそうだ。配信サイトで見たい映画が何十本もあっても、結局なにも見ないままお馴染みアニメの3期2週目を見てる身としては、まあ、頷ける話だ。
……。
……。
……。
やっぱり、このシステムを作ったヤツは、完璧にやらかしてる。
中学生みたいにやらかしてる。
自分が完璧に納得できるものを作るんだ、って熱意に突き動かされて。
だって最後に、自分が作った、選んだスキルに相応しいジョブの名前を、自分でつけるんだぜ?
しかもそれにもシステムが絡んでいる。
この職業名はたとえば〈Lv.15
ひしひしと、作ったヤツの意図を感じる。
鬱陶しい、独りよがりな、青臭くてしょうがない意図。
けどそれは……僕の心を刺激する。
中学生が初めて書いたファンタジー小説をせせら笑うぐらいなら、死んだ方がマシだ。物事を斜め上から見て最初に冷笑したヤツの勝ち、他人をイキリ認定してあざ笑ったら勝ち、みたいな態度にはマジで反吐がでる。
狂気に真っ正面から体当たりして自分も狂わなきゃ、楽しくなれるわけがない。
ゲームやネット小説なんて一文の得にもならない気違い沙汰に血道をあげる僕たちはそもそも、世の中で一番狂ってるんだから。そんな狂人が人の狂いっぷりを見て笑うなんて、うんこを漏らしてる最中の人が、酔っ払って吐いちゃってる人を見て品がないって言うようなものだ。
…………ポエムはさておき。
一方、
どんなスキルを選べばいいのかわからない人は
「よし決定!」
と、また小一時間僕が悩んでいると、色葉のすがすがしい声が聞こえた。
「……え、もう!?」
「ふっふー、見よ、このジョブ欄!」
と言うと色葉は自慢げに、自分のジョブウィンドウを見せつけてきた。かなり致命的な情報だけど、リサさんのスキルがあるとパーティ内共有が簡単にできる。
※※※※※※
〈
〈
・パッシブ。コーデに応じ練度×100%を攻撃力、
もしくは守備力に振り分け、それぞれを強化。
〈
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「どう? どう?」
「どうもこうも……とんでもない脳筋ビルドじゃないか……」
「パーティ組んでるんだから、それぞれ特化した方がいいでしょ。それに私は
まあそう考えるとたしかに、納得できるビルドではある。
……。
……。
……。
……ジョブ名はさておき……さておこう……さておこうってば、と思ったけどどうしても、あなたがついていながらなぜ、って目でリサさんを見てしまう……が、彼女はただ穏やかに笑うだけ。一体全体、作家の人は中二病、もしくは中二病に思われること、これは中二病だと自分で思ってしまうことについて、なにを考えているんだ? なんにも思わないようになるのかな?
「リサさんは? どれぐらい決まった?」
「……わ、私は、こんな、感じです……」
「そっちも決まってるの……!?」
「ふふ、ええ。ちょっと、考えていたことが、ありましたから」
※※※※※※鉄方ヴァシリッサ ステータス※※※※※※※※※※※※※※※※※
〈
〈
・任意地点にファスト・トラベル・ポイント(FTP)を設定。
スキル使用でFTPへ瞬間移動。個人、パーティ、任意選択。
練度に応じてFTP設定箇所が増加し、クールタイム減少。
〈
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
……ファストトラベル引いた!
目を丸くしてリサさんを見ると、えへへ、と照れながら笑い、舌を出して言った。
「ちょっと狙ってみたら……ほんとにとれちゃいました」
デフォルトスキルの3つを極めることに関しては、少しリスキー過ぎないかと思ったけど……これには十二分に、その価値がある。あくまでも僕たちパーティにとっての話だけど、火の発見とか印刷機の発明とかに匹敵するかもしれない。
そもそもデフォルトスキルは他のスキルと比べて、
人間が一生を費やせば、剣スキル練度10の人と同じ技量を持つことは、たぶんできるだろう。でも、おなじみのあのアイテムボックスを持つのは、科学があと100年ぐらい進化しないとできないんじゃないか? そして今の状況で
そしてなにより、ファスト・トラベル。
チートが過ぎる。ほとんどユニークスキルなみだ。
「竜胆ー、あんたもいい加減決めなさいよー」
早速
「訓練なら広間に行けよぉ……僕は
そうなのだ。
キャラを作り直すのは楽しい作業だったけど、いかんせん、この現実世界はそうもいかない。それに今まで触れてきた情報には、スキルリセットの文字はどこにもなかった。不可能だって思っておいた方がいい……
……ったく、僕にはこのゲームをデザインしたヤツの
“これは硬派なゲームだからやり直しはきかないんだ”
ってドヤ顔が目に浮かぶようだ。制作者のことはわかりようがないから考えない、って決めたけど……会ったら夜通し説教したい。ユーザビリティ、アクセシビリティ、その他諸々について、こんこんと。ゲームがどれだけ面白くても、
「…………全部って、あんた、100個以上あるじゃん!?」
色葉はあきれ顔。オフィシャルサイトは行かず、動画サイトでトレーラーを見て、レビューが良さそうなら購入を決め、チュートリアルはほぼキャンセル、わからないことは攻略wikiを見る、って彼女にしてみたらまったく理解できない話だろう。体験版をマックスまでやりこむ僕にしてみたら彼女の方がまったく理解できないけど。
「FPSで、どんなマップかわかんないでやってたら勝てる?」
「そりゃそうだけど……」
「色葉さん、八神くんは、もうちょっと時間がかかりそうですから……大広間の方に行って、スライ・スライさんと一緒に訓練しませんか? 私もちょっと、とってみて試したいスキルがありますから」
「……だね。竜胆、今日中には決めてよ! はやくダンジョン行かないと、先越されちゃうかもだよ!」
「うるさいな、わかってるよ」
「ふふ、八神くん、ゆっくりでいいですよ、別に、今すぐにも出発しなきゃいけないわけじゃありませんから」
「えー私は早くダンジョン行きたい! ダンジョン!」
「はいはい、大広間行きましょうね」
結局。
僕がビルドを決めるのには、それからもっとかかった。
彼女たちが夕食に戻ってきてもまだ考え中で、あきれ果てられたけど、止められなかった。僕はそういう人間だし、自分の命、みんなの命がかかっている中でおろそかな選択をするのは、絶対にできない。
みんなが先に寝てしまった中、リビングのPCを立ち上げて
つらいし、きついし、眠いし、意味ないし、とっととやめにしたい、と思うけど。
僕の人生でこれ以上に楽しい時間はなかった、って、胸を張って言える。
だって、自分のビルドを自分で決められるんだぜ!?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※用語解説
※1
元はサンスクリット語。仏教やヒンドゥー教で瞑想時に目指す、集中の境地のこと。仏教用語として人口に膾炙し、やがて、一つのことに没頭し他は目に入らない様子をあらわす日常語彙としても使われるようになった(寿司ばかり食べる場合、今日は寿司三昧だ、など)、日本語によく見られる変遷をした単語の一つ。
※2サムズアップ・ダウンの商標
過去、米国Facebook社(現Meta社)が、アメリカ国内でサムズアップマークを商標申請したが、USPTO(United States Patent and Trademark Office's 合衆国特許商標管理局)により却下されている。
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