11 そして深淵へ
翌日。
工事現場の人みたいな格好のゴブリンが、部屋に泊まっている僕らを訪れた。
「……え、くれる、の?」
ソファに座って彼、モーヤーモの話を聞くと僕は思わず、目を丸くしてしまった。
「ああ、野郎どもと会議して、
「……あの、食料庫とか、倉庫のものも……?」
リサさんがおそるおそる、という感じで言うと、モーヤーモは当たり前だろ、という風に頷いた。
「ゴブリンのポケットにゃあんなものは入らん。好きにやってくれ」
「いや……さすがにここまでは……」
「おいおい、あんたらがいなけりゃ兄貴には会えなかった。こりゃ俺たち一同の総意だ、受け取ってくんな」
うそっ、という風にリサさんが目を輝かせる。僕も息をのんで、色葉なんかよっしゃ、とガッツポーズまで。スライ・スライは興味なそうに鼻くそをほじって、出たやつを、おー、と言いながら眺めていたけど……喰うなよ、絶対喰うなよ……おい飛ばすのはもっとダメだろ……。
ここは、新宿の
僕たちが落ちてきたあの空間から、さらに初台に向けて数分歩いたところにあって、繚夜のギリギリ外側にあるらしい。ちなみに上には国立劇場があるそうだ。
地下に広がるのは、一戸建てに近い空間。
あの優雅なリビングルームと、対面カウンター式オール電化システムキッチンには業務用の冷蔵庫、冷凍庫、各種調理家電。廊下を挟んでキングサイズベッドの主寝室に、客用寝室2つ。温泉じみたバスルームに、水洗トイレ(ウォシュレット)、今あげたすべての部屋に、しっかりエアコン……というか、空調設備、換気装置がついている。驚いたことに電気は、大分離れたところにあるガソリン式の巨大な発電機から来ていた。どう見ても、個人が用意できるサイズじゃない。おまけにガソリンの備蓄まで、国の戦略資源備蓄倉庫かよってぐらい、しっかり専用の密閉缶に入れられ、どっさり。
さらに、リビングの地下には倉庫と食料庫。
食料庫のほうにはアルファ米にクラッカー、缶詰、長期保存食の見本市という感じでなんでもそろっていた。うれしいことにお菓子や清涼飲料水の類もしっかり。まだ水道は生きているから役立たないけど、備蓄用の保存水までどっさり。
倉庫の方はマッチ、ライター、電池、懐中電灯、ナイフ、靴、雨具、登山にも使えそうな服が十人分ほど、カセットコンロ、テント、寝袋、ラジオ、スマートフォン、ラップトップのPC、バッテリー……およそ必要になりそうなものは、なんでもあった、といっても過言じゃない。太い国道沿いの広めなコンビニ並みの部屋に、そんな品々がずらりと並んでいる。
けど、ひときわ目を引いたのは、お金。
日本円、米ドル、中国元、ロシアルーブル、ユーロ、イギリスポンド、数十の国の数十の通貨が、コインで、札束でそろっている。日本円の額は大体一千万円ぐらいってすると、ここには現金で数億円あるってことになる。
おまけに純金まで。
あの大きな金の延べ棒はなかったけど、十万円金貨や、数十グラムずつの粒状で小分けにしたもの、円柱型の延べ棒、様々な形で、きんきらきんが、ずらり。
そして、美術品。
ちょっと触る勇気が出ない由緒正しすぎそうな日本刀、なにか、教科書のどこかで見たことのある気がする油絵、箱に収められた茶器らしいなにか、掛け軸に壺もいくつか……そして美術品じゃなくて、遺跡から出土するやつじゃん、という、勾玉や鏡やとげとげの剣、埴輪みたいなやつなんかもごろごろ。
僕は昨日からずっと、
……いろいろ怖いのでやめといた。
特にお金……
「しかしモーヤーモ、主らの数は大分少ないのではないか? 六本木の種族はかなりの手練れと聞いたが……大丈夫? 平気?」
スライ・スライが尋ねると、モーヤーモは真っ黒な顔を恐縮そうにゆがめて手を振った。なんかすっげー日本人ぽいけど、これはゴブリンが変化しやすい、影響されやすい種族だから、ってことだろう。
「すぐ増えますよ、兄貴」
「正論!」
顔を見合わせ、ぐばばばば! と嗤う二人。僕らはなにがなにやらわからない。他の人種がいるときのエスニックジョークは楽しいだろうけど、身内ネタは身内ネタだけでやってくれ、ったく。
「それに、俺たちは別に戦いに行くんじゃねえんです。穴掘りが楽しそうだから行くってだけでさ。ビルを丸々落とせるなら連中、すげえスキルを持ってんじゃないか、ってことで、一つそいつを見物ってことでね」
なんでも
地下で暮らす内、適応して穴掘りや各種工事スキルを身につけた。そして地下を開拓する仕事の面白さに全員が魅了され、手当たり次第に掘っていた。その中で新宿の地上に攻め入り、悪鬼たちと戦おうとしていたけど……。
そういう面倒くさいのは人間に託して、穴を掘っていたほうが楽しいのでは?
って意見が増え始め、唯一、それなりのレベルがあって繚夜に突入した僕らに白羽の矢が立った。地下で穴を掘りながら僕らを尾行し(地上の様子を潜望鏡的に見られるスキルがあるとのこと)、劇的に救い出したら恩義を感じていいように動いてくれるだろう……ってことらしい。
アバウト過ぎる計画と、ふざけてるにもほどがある動機には閉口するしかないけど……ゴブリンにそういうことを言っても無駄、とは、いい加減僕もわかってる。
わからないのはスライ・スライがゴブリン的には国家的、神話レベルの英雄だ、って話だけど……これはたぶん、理解できる日は来ないような気がする。まあでもどこの国の神話だって、よそから見たらそういうものだろう。
「だからまあ、オレたちゃもうここに戻ってくることはないだろうってんでね……だから、お願いってほどでもねえが……あんちゃんらが地上の連中相手にカマしてくれると、俺たちゃ非常に気分がよくなる」
にんまりと嗤うモーヤーモ。
「一応地図書いとくが……こっから歩いて、連中の本拠地のど真ん中まで行けるルートがある。連中は
「か、歌舞伎町、ですね」
「ああ、それそれ。あの自称王がデケえツラしてるでけえ二股ビルの足下までのルートを見つけられりゃよかったんだがな……連中、地下にまで防衛ラインを伸ばし始めて、ウチも半分ぐらいやられちまった。で、そっちのルートは全部塞がれた。だが
「……
「そういうこと。2つのダンジョンがコアの防備を担ってるってわけさ。あんたらの地図じゃどうなってたかは知らんが、今、繚夜新宿の中央にあるのはその二股ビル……
テーブルの上で手を使いながら、位置関係を説明してくれるモーヤーモ。リサさんがみたところ、スライ・スライより頭はよくないそうだけど、日本語スキルの練度が3もあるらしい。
「決まった、じゃん」
色葉が不敵に笑って言った。
「なんにせよ、最初の冒険はゴブリン退治ってどんなお話でも決ま……あ、いや、ゴ、ゴメンね、あの、上の方のゴブリンのことだから、あの、気を悪くしないで」
と言う色葉に、モーヤーモは吹き出し、スライ・スライも手を叩いて嗤った。
「モーヤーモ、面白い連中だろう」
「ええ、兄貴、こりゃまったく」
「な、なに、その、お世話になったし、失礼があったらいけないって思って」
それを聞くと2人のゴブリンはますます嗤って、色葉は顔を赤くした。
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