05 愚かの花道
やっていいと言われたことをやらず、やるなと言われたことをやる。
スライ・スライが言うには、それがゴブリンなのだという。
なので決闘の結果、彼が勝ったらミニコアを置き、僕らが勝ったら聞きたいことをなんでも答えてくれる、そういうことになってしまった。今こうして整理してみても、どういう思考回路でそうなるのかがよくわからない。まあ、文化の違いってやつだろう、きっと……そうか、これ、多様性?
「武器は?」
色葉はただ尋ねる。
「なんでもあり、と行こう」
スライ・スライは家の壁に刺さっていた自分のナイフを拾ってくる。あの爆発でも傷一つないところを見ると、相当な業物なのかも知れない。
「……リサさん」
こそりと呟くと頷き、小さく、ウィンドウを色々とタップするリサさん。彼女は情報を手に入れるため、SPは当面すべて、
しかし、練度はあげるたび、
〈おめでとうございます! ○○○○の練度が××になりました! ますます、やっていきましょう!〉
というシステム音声が入り、それが終わるまでスキルウィンドウは操作を受け付けてくれなくなる。対人戦闘中にスキル構成を変えて相手を混乱させる戦術の対策だろうか? 鬱陶しいことこの上ないからきっと、改善要望リクエストがあったらぶっちぎりトップだろうな。
「いつでも、いいよ?」
マスタークラスになった
でも、わざわざ決闘を持ちかけるってことは、絶対になにかがある。
「……ほほう、余裕たっぷりだな、女」
「
「無礼なやつめ、見えないフリをするのがマナーだぞ」
「そうなの?」
「お母さん言ってた」
「……人のことを女とか、男とかも呼ぶのはマナー違反ってことは教えてもらわなかったの? いいお母さんですこと」
「あー、人の家族のことを言ったらいけないんだぞ、貴様」
「あーーーもう、なんなのあんた!」
ゥオンッッ。
色葉が
土埃が舞い、まるで荒野の決闘じみた雰囲気。
「では一丸色葉……我、スライ・スライ・ゴグルは汝に決闘を申し込む」
この回りくどいしゃべり方……絶対、なにかある。
「色葉」
思わず僕は、声をかけてしまう。
けど、色葉首を振って、余裕綽々の顔で言う。
「大丈夫。今、竜胆が思っているようには絶対ならないから……スライ・スライ・ゴグル、私、一丸色葉は、喜んで君の決闘を受けるよ。これでいいかな?」
色葉には一体全体、なにが見えてるんだ……?
スライ・スライは手の中でナイフをジャグリングするように弄び、嗤った。
「よし。オレが勝てば、この家にミニコアを置かせてもらう。負けたら、お前たちはオレを好きにできる。オレはそれに従う。それでいいな?」
「それだけでいいの? 美少女が2人もいるんだから、男は奴隷で女は慰み者だぜー、とかはやんない感じ? なんかちょっと、釣り合ってない気がするけど……そっち損すぎない?」
「損得でしか計算をせんとは……つまらん! つまらんなお前ら人間は! やっぱりゴブリンじゃないねお前らなんか! ばーかばーか! うんこちんちん!」
「あんたねー、知能指数をもうちょっと、安定させなさいっっ!」
声と共に一閃。
だがスライ・スライのナイフがいとも簡単に聖バールを逸らす。
けどそれは到底、武術の達人とは言えない感じの動きで……なんていうか、くにゃくにゃしてる子どもみたいな動き。でもそんな動きながらも確実に、彼の頭めがけて致死の速度で振り下ろされたバールに、細いナイフを添えるようにあて、最小限の力で地面にそらし、自分は1回転。
そして、嗤う。
スライ・スライの嗤いを見た色葉も、嗤う。
「……やっぱり猫かぶってたか。おかしいと思った」
「ほほう、見抜いていたか」
「あんたの戦闘スキルは練度5でしょ、やられ方がイージー過ぎると思ったんだ」
「部下どもを指揮せねばならなかったのでな、いっぱいいっぱいだったのだ」
「1人になると強くなるってこと? カッコ……いいじゃんっっ!
がきんっ、がきんっ!
ナイフをたたき折る勢いで色葉が
だが、十文字斬りも簡単にそらされる。
「あらゆる環境、あらゆる武器、あらゆる相手に対応して嗤う、世界最悪最強の戦闘術だ、一丸……簡単に、死んでくれるなよ!」
バッタなみの跳躍力でスライ・スライが飛び上がると、色葉の首に吸い込まれていくナイフ。だが今度は色葉が
「そりゃあ、悪手でしょ、スライ・スライ!」
「くひひひ!! 傲慢な人間め!! スライ・スライは穴一番の木登り名人! 一つ力比べといこうじゃないかね! いっせーのせー、で始めね!」
「穴に、木が、あるかっ!」
「ぐひひひひひひひ! いっせーの、せー!」
ぉんっっ!! ぉんっっ!! ぉんっっ…………!!
色葉が全力で、しがみついたスライ・スライごとバールを振り回す。風圧で土埃が舞い、2人の姿が見えなくなったところで……。
「あーーっっ!!」
「ほほう、その装備……身代わりの服か、おもしろい」
2人の影が離れる。
色葉のスカートに一筋、切れ目……というか、スリットが入っている。おそらくは、手をナイフで切られたダメージを、スカートが肩代わりしたんだろう。スライ・スライがそれを見ただけで気付いた、ってことは案外、よくある形の装備なのかもしれない。にしてもなんていうか、肩代わりの場合はあくまでもデザインに則った形でダメージが入るんだな、あの服……。
「なに、安心しろ。すぐにおまえの体にも俺の刃を届かせてくれる」
「ふ~~~ん、隠し球がありそうな口ぶりじゃん、なにを見せてくれるのかな」
「とっておきのとっておきだ、見たいか?」
「ぜひぜひ」
「……ど~しよっかな~~~! 見せてもいいけどな~~~! ど~~~~しよかっな~~~~! オレ迷っちゃうな~~~~!」
「あんたね~~っっ!」
色葉の戦意は落ちていないようだけど……なにか、本当にマズい気がする。
スライ・スライはバカだ。たしかに。
でもこのバカは、なにかをやらかすバカだ。良きにつけ、悪しきにつけ。
僕の強化、
「ちょ、リサさん、なんかヤバそうだこれ……早く、早く見えない!?」
「は、はい……出ました! え、なにこれ、攻略視点……?」
「い、いいからリサさん、パーティ共有!」
「は、はい! や、やっぱりあいつ持ってました! ユニーク・スキル!」
そう。
スライ・スライは、ただのモンスターじゃない。
彼は名前を持っている。僕たちと、同じに。
それなら。
「もう遅い……
スライ・スライがそう叫んだ瞬間。
僕とリサさんは不思議な力で庭から押し出され、共有されたユニーク・スキルの情報が視界に出てきた
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〈ゴブリン・ユニーク・スキル〉
①決闘が了承されると発声と共に、術者を中心に直径7メートルの球体空間『
②決闘になんらかの法則、契約がある場合、破ると死亡。同時に
③
④素手での決闘の場合、両者の全能力値に+練度2倍。
武器決闘の場合、武器戦闘スキル+練度3倍。
⑤決闘はどちらかが「まいった」と発声するまで続く。上記ルールによらない死亡が発生した場合、生き返る。決闘終了の際、死亡状態が復活する。とても痛い。
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「しゃは、しゃは、しゃははははははは!」
スライ・スライの嗤い声が、高らかに響く。残像さえ残りそうな速度でナイフが舞い、百の突き、千の斬撃となって色葉に襲いかかる。
「え、や、な、なにこれなにこれなにこれ!」
数キロはある鉄の棒が、鞭みたいにしなって見える速さ。稲光みたいなスライ・スライのナイフを華麗にいなす。
「…………両者?」
僕はてっきり、言葉で罠にかけられて、直接戦闘じゃ絶対に勝てない状況に、なんらかのスキルの力で追い込まれるんだと思っていたけれど……。
「両者……って、書いて、ありますね……パワーアップするの」
武器戦闘スキルが3倍になった、
「…………あいつ、マジで、なにがしたいんだ……?」
バールとナイフで織りなす破壊の小嵐になった空間、
「あー……戦闘狂、的な……やつ、でしょうか……?」
リサさんも、きょとーん、の顔。
「ゴブリンがぁ? それに、じゃあ、3倍にはしないんじゃ……? そういうのはなんて言うか、お互い小細工無しでやろうぜって感じのヤツの……」
「……うーん……ユニークスキルの内容は、選べなさそうですし……」
「にしたって、ねえ……」
けど、僕たちは考えすぎていただけで、結局色葉が正しかったんだろう。
「シャハハハハハハ! クハッッ! クヒャヒャヒャヒャ!」
「あは、あは、あはははははははは!」
生きているのが素晴らしすぎる、みたいな感じでひたすら嗤い、文字通り必殺の一撃を、秒の間に数十回繰り返す。
普段の3倍うまく武器を扱えて、それを全力でぶつけられる相手が目の前にいるっていうのはきっと、あんな風に嗤いたくなるぐらい嬉しいことなんだろう。
僕とリサさんは呆然としつつ、2人の決闘を見守った。
小一時間もすると(小一時間もやっていやがった)互いに体力が尽きてきたのか、聖バールとナイフのスピードが徐々に、僕の目にも捉えきれるようになってくる。
下段に構えた聖バールでスライ・スライの股間を狙う色葉。
スライ・スライは軽くジャンプ。
聖バールの上に飛び乗り、色葉の首にナイフを突きつける。
色葉は壮絶に嗤ってナイフを噛み、飲み込むかのように距離を詰める。
武器をとられるのを恐れたのか、スライ・スライはナイフを引く。
色葉はその隙を狙い、バールを無理矢理、てこのように持ち上げる。
小柄なスライ・スライを一気に、地面に叩き付ける。
仰向けになった彼の頭を、色葉の渾身の一撃が狙う。
だがスライ・スライは妙にくにゃくにゃしたフリップで跳ね起きる。
ナイフが彼女の胸を狙う。
が、色葉は
ほんのわずかにスウェーバックして空間を生み出し……。
右手の姫袖を、振るった。
意思をもった羽衣のようにナイフにまとわりつく、姫袖。
スライ・スライの手から、いともあっけなくナイフを絡め取る。
彼女の姫袖は今、手触りや重さは元の材質のままでありながら、強度だけが鋼鉄並みという、わけのわからない状態だ。ナイフは鉄の網をかけられたに等しい。
スライ・スライは、きょとん、とばかりに目を丸くして色葉を見ている。
「見とれて嗤うの、忘れちゃった?」
ぱしんっ。
色葉の右手に収まったスライ・スライのナイフ。
一瞬の猶予も、躊躇もなく、彼の眉間に吸い込まれていく。
そして断末魔の代わりに聞こえてきたのは、どこかすっきりした声。
「まいったぁぁぁぁ! オレの負けだぁぁぁぁぁぁ!」
嗤う色葉が、スライ・スライの眉間の前で、ナイフを寸止めしていた。
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