04 主人公が初めて「死」に直面するやつ

「ヒキョーだぞ! ヒキョーだぞ! 爆弾はヒキョーだぞ!」


 がぁがぁぎぃぎぃ喚く悪鬼若頭ゴブリン・チーフの声だけがBGM。

 僕とリサさんは、半分千切れ飛んだ玄関越しに惨状を目の当たりにして……

 ただただ、呆然とした。


 軽い、爆心地。


 1メートル弱、歪んだ円上に地面がえぐれ、吹き飛ばされた敷石が1階の雨戸に突き刺さって窓ガラスも割り、ちぎれ飛んだ芝生が近くの電線に、ゴブリンだったもののかけらと一緒にぶら下がっている。化学物質の臭いは鼻を刺すようで、たぶん、ノーマスクで長時間呼吸してたら新手の公害病をゲットできそうな感じ。


「……多すぎた、ね……」

「多すぎ、ましたね……」


 僕が呟くと、真っ青な顔をしたリサさんも呟く。

 ひしゃげたドアをなんとか乗り越え玄関を出る。ごろごろ、まるでカラスにあさられた生ゴミの日みたいな有様。違うのは、散らばってるのがコンビニの袋やパッケージじゃなくて、全部、産地直送のゴブリンってとこ。ドロップアイテムの銃を拾ってなんとか銃関係スキルを手に入れよう、なんて思ってたけど、影も形も見当たらない。




 想像以上のゴア。

 (用語解説※1)




 ばらばらに散らばった人型肉体のかけら、というものは、実際に見てみるとなんだか、とても間抜けだった。いや、笑える、というんじゃないけど……


 ……普通なら単品で存在するはずがない手の指とか、肘の一部とか、鼻とか目とかが、ごろり、と転がっているのはあり得なさすぎて、おもちゃかなにかだ、と自動的に思ってしまうんだ。サイコパスぶったことは言わないように思わないように日々、気をつけて生きている僕でも、だ。アンバランスな妙な気分だった。それでも、原爆を開発した科学者たちの一人が実験の後、




 「これでおれたちゃみんなクソヤローだ」

 (用語解説※2)




 って言った気持ちが少し、わかったような気がした。


 ……ショックではあったけど、そんなにショックじゃなかった自分がいることに、少しショックを受けた。


 毎度おなじみなゴブリンとはいえ、10体以上が僕の爆弾で粗めの挽肉になってるっていうのに……僕の中では、自分がとんでもないものを作ってしまった、って感覚の方が大きくて、生命を奪ってしまったことに対するなんたらかんたら、みたいな感情が、ちっともない。相手がゴブリンだから? 僕がサイコパスだから? あまりにも「僕……キレると記憶がなくなっちゃって……」みたいなイキリオタクになりたくなさすぎて、愛と平和を第一に生きているっていうのに? ……まあそれは単に、世の中のことはどうでもいいから死ぬまでゲームしてたいってだけ、だけど。


 でも。


 ……よくよく考えてみると人間、アフリカ大陸からの歴史を考えると、獲物をぶっ殺して喰って罪悪感なんて言葉自体知らなかった時間のほうが100万倍近く長いんだから、案外普通のことなのかもしれない。初めて「死」に直面した主人公が吐く描写とかは、お、そうか、この主人公はサイコパス的なヤツじゃない、僕たちと同じ存在なんだな、って思えて僕も好きだけど……死に触れておかしくなる兵隊さんもたくさんいただろうけど、それと同じぐらい、なんともならなかった兵隊さんもいたはずだ。たぶんだけど、どっちが普通、ってことはないんだろう。


「まいったな、これ……死体……」


 消えないタイプか、と、僕が言おうとしたところで。


 しゅう。


 庭を埋め尽くしていたゴア表現がきれいさっぱり消えた。

 爆発の痕自体は消えていないものの、そういうスイッチをオプションで切ったみたいに、ゴブリンたちの痕跡がなくなった。血も骨も、内臓も肉もなにもかも。


 そして。


 からん、ころん、からころからころ……。


 光り輝く親指大の何かが、庭に降り注いだ。


 僕とリサさんは顔を見あわせて、叫んでしまう。






「魔石!」

「魔石的なやつ!」






 そして、僕たちの称札タグがまたたき、システム音声。


〈おめでとうございます! レベルアップです! 今回の冒険で、レベル12になりました! これでもう、誰もあなたを新人ヌーブとは呼びません! ますます、やっていきましょう!〉




 …………まいったぜ。




 2階で勝利確実な指輪を拾っても、8ピースセット装備最後の1つがトレハン始めて5分で落ちても、すぐ逃げるけど経験値が100倍ぐらいあるモンスターに出会い頭で会心の一撃を当てても、ここまで脳汁は出なかった。こういう感覚を株やギャンブルで味わってしまった人が破滅まで行くんだろうな、と思って、僕はゲームで良かった、と、どこにいるかはわからないゲームの神様に感謝した。京都かシアトルどっちかな。




 ああ……やっていきましょう。




「ヒキョーだぞ! ヒキョーだぞ! オレとショーブしろ!」

「うっさい!」

「むぎゅう! む、むぐ、ぐ……!」


 爆風を浴びて1メートルぐらいずり動かされてしまった軽トラの後ろから、ゴブリンを抱えたままの色葉が出てきて我に返る。スキルの効果で自動的に浄化されるロリィタ服にはシミ1つない。弾丸が貫通したスカートの穴も、塞がり始めている。僕は庭に転がる魔石を拾ってボックスに入れながら、彼に近寄る。


「ええと……日本語、できるんだよね?」


 もし会話ができるモンスター的なやつがいたら、こうしよう、と、事前に3人で話して決めていた手順。






 言葉が通じるなら、コミュニケーションがとれる。コミュニケーションがとれるなら当然、情報が入手できる。今の世界で、たぶん、もっとも高価なものが。

 どんなことでもする価値はある。






「ヒキョーモノ! ヒキョーモノ! ヒキョーモノとは話さない!」


 首根っこをバールで抑えられつつも器用に、ぷいっ、と顔を背けてしまう。


「おやおやー、そんなこと言って、いいんですかぁ~」

「む、むぎゅ、むぎゅう、むだ、むだ、だ」


 色葉は情け容赦なくバールを締め上げる。

 が、若頭は苦しそうにしながらも口を手で押さえる。


「い、いーちゃん、ちょ、ちょっとかわいそうですよ……もう少し、手心を」


 リサさんがわたわたしながら言うと、色葉は首を横に振る。


「こいつ、バカそうで弱そうだけど、かなり強い。ボーナスなかったらたぶん、私たち余裕でやられると思う」

「ぐ、ぐ、そうだ……スライ・スライは、若頭……それは強さの証……」


 ふむ。


「スライさん、僕の家に襲ってきたのはあなただ。だから僕はあなたたちを殺した。けど、あなたは殺さなくて済むかもしれない。僕たちの世界に、あなたたちのような方が来たのは、初めてなんだ。だから色々、教えて欲しい。そうしたら、あなたを逃がすこともできる」


 ゆっくり、彼にもわかるだろう言葉で話す。






「ぺーっ!」






 けれど帰ってきたのは唾。

 びちゃっ、ぬるっ、だらぁっ……と、おでこから鼻の横をたれていく。


「オレはスライじゃない! スライ・スライ! スライの中のスライだ! けけけけけけ! 死ぬのを怖がるゴブリンなんかいるもんか! おれたちゃゴブリン! 死に嗤い死を嗤い死から嗤われる死なずの一族! さあ、殺せ、殺せ! 殺せクケーーーーッ! #$%$&ーー!!」


 奇妙な嗤い声。

 色葉が、やっちゃう? みたいな顔で僕を見てきて……黙って首を振る。猫の口の中なみにクサい唾を手で拭って、もう一度彼を見る。


「色葉、逃がしてやろう」


 あー、やっぱりね、という顔で肩をすくめると、あっさりとバールを離す色葉。若頭、スライ・スライは地面に下りると、は? って顔で僕たちを見てる。


「経験値にならない相手を殺しても意味ないし、帰っていいよ」

「……殺さないのか、プレイヤー?」

「プレイヤー……? ……まあ、とにかく、殺す意味ないもん。君はレベル12。たぶんもう、同じレベルじゃ経験値はもらえない。君が僕たちを殺す理由は?」

「ぐふふ、オレたちモンスターは誰が相手でも経験値が貯まる。だからぁ……」


 ぉんっ!


 風圧で地面の小さな石が転がるほどの速度で、スライ・スライの目の前に突きつけられる色葉のバール。


 なのに。


「よし殺せ! そうだ殺せ! くけ、くけ、くけけけけっ! ゴブリンの本懐ここにあり! 父祖よ! おばあちゃんよ! 巡る嗤いの死の輪廻よ! お腹が空いたら#$%&!」


 また嗤う。言葉の意味がどんどんわからなくなってくる。


「っていうかなんなんだよ君らは、なんでわざわざウチに来たんだ。アレ、あの黒いのを設置しに来たんだろ? それがなんでウチなんだよ」

「な! 貴様、知っているのか……? ひょっとすると貴様、そうか……貴様やはり、こちら側か貴様ぁ……!」

「妙に裏のありそうなこと言うんじゃない、ったく……どうせあの球を設置すると、そこから半径何メートルぐらいが君らの領域になって、モンスターが湧くようになって、建物もそれっぽくなってくるってアレだろ」

「……ふ、ふふふ、そうかやはり貴様、こちら側か貴様、ことわりを知る者か……! えらい……! 頭いい……!」

「頭良い風に喋りたいのか、単なるバカなのか、どっちなんだよ君は……あのな、常識だよこんなのは」

「……そうなのか貴様?」

「色葉?」


 バールを構えつつ、スカートの穴をいじいじとやっていた色葉は答える。


「都庁にはたぶん、アレのでっかいバージョンがあるんでしょ? それで、そこを守るボスがいて、黒い球を壊せば元の街に戻るってスンポー」

「……ど、どうでしょう、ボスがあの黒い球を、無限に作れる、っていうパターンも、あ、ありますよ。それを配下に運ばせて、自分の領土を拡大して……」

「あー、そういうの、国盗り系が始まるのかなーってちょっとわくわくするよね」

「ですね」


 リサさんも加わり、スライ・スライは元々奇妙な顔をさらに奇妙に歪ませた。


「なんなのだ貴様ら? どうして機密事項を知っている? さては……そうか、貴様らゴブリンか!? どこ穴よ? パイセ・パイセ知ってる? オレのいとこ!」

「どこをどう見りゃゴブリンになるんだよ僕たちが!」

「違うのか?」

「違うよ」

「じゃあホブ・ゴブリンか! 大嫌い! ゴブリンの面汚しめがぁ~~~!」

「人間だっての!」

「人間?」

「君らの言葉で言う、プレイヤー? ってのなんだろ、僕らは、プレイヤーは人間じゃないのかよ?」


 モンスターがこんなことを言うと、実はこの現実はMMORPGでしたオチかな、とも思うけど……故人曰く、瓶詰め脳は自分が瓶の中にいるとは気付けない、気にしてもムダだから考えない。だからたぶん、ゴブリン語を日本語に持ってくる際に、そうとしかいえない表現、みたいなのがあるんだろう。fuckとか、いただきますとか、翻訳できないニュアンスの言葉。


 スライ・スライはしげしげと僕らを見る。


「ふうむ……ふむ……貴様、やるな。かなりの知恵の主とみた。オレに匹敵するぞ。すごいね、アメなめる?」

「なめないしなんでもいいよもう、僕らはとっととスキルを振りたいんだ、魔石もいじりたいし、帰った帰った」

「そうはいかん。オレもミニコアを設置する使命をおっているのだ」

「また風情のない名前を……誰がつけたんだそんなの」

「それは教えられん」

「誰から使命をおわされたかも?」

「ゴブリン・シークレットだ」

「なんでもいいよもう……設置してとっとと帰ってくれ」

「いいのか?」

「いいよいいよ」


 手をぴらぴらと振る。


「ふぇ!? あの、竜胆、さん!? お、おうち、なくなっちゃいますよ!?」


 リサさんが目を見開いて叫んだ。色葉は、やっぱりね、みたいなあきれ顔。


「いいよいいよ、物資は回収したしさ。せっかくこんな時なんだ。自分の手でゼロから拠点作った方が、面白いと思わない?」

「それは、そうかも、ですけど……あの……」

「リサ、突っ込むだけムダだよ、こいつ、ほんっとーに、家族に対するトラウマてんこ盛りで、カウンセラーとかに見せたら涎を垂らされそうなぐらいひねくれてる癖して、それをぜーーーったい認めないから」

「だからひねくれてないって言ってるだろ、僕にはトラウマなんてないんだから。大体ここにあのミニコアとか言うのおいたら、君の家だって飲み込まれるんだぜ、それはいいのかよ」

「ふふふ、お洋服はもうぜーんぶボックスにしまっちゃったもんねー、後大切なものなんてPCぐらいだけど、ふふふふふ~、家の外でガチのチーデス(用語解説※3)やれるなら当分はいいし~」

「お父さん悲しむぞ、帰ってきて持ち家がなくなってたら」

「あははは、どーせアメリカから数年は帰ってこないんだから、好きにさせてもらうだけです。っていうかたぶん死んでるでしょ、タイムズスクエアの動画やばかったじゃん。あれ、ゾンビ関連のユニークスキルの人いるよね、さっすが本場」

「ほら、君の方が家庭に問題がある人っぽいよ。父親の死を願う娘的な。深いトラウマを解消しきれず、関係の消滅を望むことでしか現実を生きていけない、みたいな」

「年に1度しか帰ってこないシングルファザーと、どーやったらトラウマになるような問題が持てるのさ? 私にとってみたらあの人、なんでかよくわかんないけど、もういらないのに生活費くれて、身元保証人になってくれる奇特なおじさんでしかないもん。そんな人の家がどうなろうと、知ったこっちゃないしー」

「君の家でもあるだろ」

「拠点をゼロから作った方が面白いんでしょ?」


 うしししし、とばかりに笑う色葉。クラシカルロリィタのお嬢様がやるには合わないことこの上ない表情だけど、どうしてか、彼女がやるとなんでもサマになってしまう。顔面の暴力だ。


「ゃ……ったく……君も君で相当どうかしてるっての」


 本当に、素で、やれやれ、って言いそうになってしまって慌てて口を閉じる……けど、色葉には当然気付かれていたみたいだ。にやにや笑う、が、突っ込みはこない。この野郎。


「君も、って、自分がどうかしてることは認めるのー?」

「うっせ」

「あ、ねえねえ、パーティ名考えようよ」

「却下」

「なんでー」

「君のセンスは、いいか、何度でも言うぞ、いいか、ヤバいんだ、かなり。勘弁してくれよ16歳にもなって、黄昏を歩く者達、みたいなのは……」

「うーん……黄昏はいいけど、歩く者達、がダサいね。黄昏探査団、ってしてルビでトワイライト・ウォーカーズとか」

「オボーー! オボボー! オボボボボーーー!」

「もう! まあ探査団はないなって私も思うけど……難しいなぁ、冒険者の言い換えって、しっくりくるのがあんまないよね……でも、どんな名前だろうと、私たちがSランク的なのになれれば関係ないよ、ねえリサ?」

「ボ、ボク個人的には……その、いーちゃんの、ネーミングセンス、好きです」

「ほーら! ランキング常連先生のお墨付き!」

「わ、わ、そ、そんなたいした、ものじゃないです! た、たまたま……!」


 僕らの会話をまるで、大人の会話をなんとかわかろうとしている子どもみたいな顔で見つめるスライ・スライ。


 そして、言った。






「よし……かくなる上は……決闘だ!」






 ……。




 ……。




 ……。




 なんで?




「なんで?」


「当たり前だ!」




 ……。




 ……。




 ……。




 なんで?










※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

※用語解説

※1 ゴア

gore、血のり、血の塊の意。英語圏のゲーム業界においては、四肢がちぎれて血が吹き出るような残虐シーンをgoreと表現することが多く、昨今ではカタカナ化して日本語の語彙中に入っている場面も見受けられる。ゲームのオプションから「ゴア描写 YES/NO/R15基準」など、プレイヤーの意図で選べる場合も多い。


※2 これでおれたちゃみんなクソヤローだ

“Now we are all sons of bitches.”。アメリカの物理学者、ケネス・トンプキンス・ベインブリッジ(1904~1996)が、1945年、人類最初の核実験にて原子爆弾の爆発を目の当たりにし、計画全体を主導していたオッペンハイマーを見て言った言葉。ベインブリッジはこの実験の責任者であり、万一原爆がうまく爆発しなかった場合、彼自身が原爆の近くに赴き、失敗の原因を探らなければいけなかったという。そのため爆発を見届けたこの瞬間には安堵があった、と後に語っている。


※3 チーデス

FPS用語。チーム・デスマッチの略。最もオーソドックスなルールでは2チームに分かれ、互いに殺し合い、殺した数が多いチームの勝ち。チーム分けのない場合は単にデスマッチと呼ばれ、万人の万人に対する戦争をする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る