09 RESPECT

 〈言行一致アズ・ユー・セッド〉。


 発話した命令文に意思を込めると、7秒間、言葉通りに相手を操れるユニーク・スキル。それが金谷先輩があの集団を統率していた力だという。リサさんからそれを聞き出していた僕たちは、僕たちなりに、対策を練っていた。


「リサ……大丈夫?」


 色葉以外には、まったく、誰もいるように見えない後部座席。色葉が隣に声をかけると、しばらくの間の後……誰かが泣いているような声。色葉は戸惑いながらも透明な彼女の頭を胸の中にかき抱くようにして、透明な肩をぽんぽんと叩いた。


 鉄方くろがねがたヴァシリッサさん。


 なろうでいくつかの連載を持ち、1作品は書籍化も果たし、5巻ほど出ている美少女高校生作家として名高い人。あいにく今年、その会社が出版事業から撤退しちゃったんだけど……なろうでは完結してるし、別の会社から別の書籍化企画も進行中らしい……なお、ふざけたペンネームだと思うこの名前が彼女の本名で、ハーフとかだったりはしない。


 鉄方くろがねがた、は、室町時代から続く名家で、たまたま当代の当主、リサさんのお父さんがなんていうか……

 ……八神やがみなんてラノベみたいな名字なのに、竜胆りんどうなんてラノベみたいな名前をつけることにまったくの躊躇ちゅうちょがなかったウチの両親とよく似た感じの人だっただけ。ロシア、というかソ連に憧れていたらしい。なんで?


 そんなわけで僕は彼女をとても尊敬している。




「道路は……そんなに混乱してない。15分もあればウチにつくよ」




 僕はどういう言葉をかければいいのかわからなくて、色葉に任せることにした。

 学校周辺の裏道でも数百メートル行く度に、まるっきり3Dオープンワールドアメリカの犯罪者シミュレーターみたいな事故が起きてて、のろのろと行くしかなかったけど、立ち往生するようなことはない。(用語解説※1)


 東京とうきょう新宿しんじゅく駅から徒歩でも楽勝の初台はつだい駅、そこから徒歩15分の僕たちの母校、私立桐青とうせい学園。学校から僕の家はそこまで遠くない。表通りを通らず、裏道だけで、自転車なら25分、車なら5分もあれば行けるだろう。心を平常心に入れるため、ドライブとしゃれこ……


「あい、あいつ、ら、あいつら……っっ!」

「うん」

「こ、こく、こくはく、ことわったら、こと、ことわったら……」

「……うん」

「か、かな、かなやが、かなやが、スキルで……!」




 ……混乱したリサさんの話を要約すると、こうなる。




 クラスで起きた、1人の女子による殺戮ショーに怯えた彼女は、自分のユニーク・スキル〈神隠れんぼハイド&ハイド〉により透明化してとりあえずの危険は逃れたモノの、スキルには制限時間があったようで、掃除用具ロッカーの中に隠れるしかなかったという。


 そして、ロッカーの中で殺戮ショーの音をたっぷり聞いた後。

 金谷たちが乱入してきた。


 おそらくは経験値目当てだろうけれど、暴れ回っていた女子を殺すと、残った生徒を1階に誘導し始めた。それで自分もロッカーの外に出て、助けを求めた。


 が、ロッカーからは見えなかった、金谷が従えていた3人のウチ1人に……ヤバいのがいた。リサさんに以前からストーカーまがい……

 ……というか、ストーカーをしていた3年の元不登校児、利根とねさん。結構チートめのユニーク・スキルを持っていた彼は、怯えるリサさんを無理矢理抱きしめた。そして、僕が守るよ、僕たちでこの世界を一緒に生き抜こう、そ、その、これからは正式に、恋人、ってことで……なんて言ったらしい。


 すでに勃起していた彼を、リサさんは突き飛ばした。


 そもそも利根さんは、彼女がなろう作家とわかるとつきまといを始め、100通に及ぶロマンチックなラブレターをネットとリアルの両方で送っていた。いくら断ってもニチャニチャ笑いながら「リッサはホントにツンデレだなあ、でもその方がつるぺたボクっ娘ぽくてポイント高いよ、グッジョブ!」と言うだけ。業を煮やして彼女がツイッターで被害を告白し始めるとかなりバズり、学校への電凸でんとつが来るようになってようやく、先生たちもこいつはヤベえと腰を上げ、もう彼女につきまとわないように、と宣告してようやく、やや、沈静化していたのだ。(用語解説※2)まっとうに司直の手に委ねられなかったのは、まあ、この学校だから、ということでしかない。


 しかし。


 なぜ自分が突き飛ばされたのかがまったくわかっていない利根さんを見ると、金谷がにやにや笑い、言葉でリサさんの動きを縛った。7秒もあれば、その場にいた3人が、リサさんにのしかかるには十分だった。金谷にしてみれば、部下へ褒美のつもりだったかもしれない。なにせ彼女は身長140cmと小柄ながら、インタビューで写真がメディアに載るたび自作のアクセスが跳ね上がる美少女。


 ことが済んで放心状態の彼女が、金谷に、自分たちに逆らえばこうなるからおとなしくしてろ、ユニークスキル次第で待遇良く飼ってやる、と言われると……怒りが沸いてきた。

 スキルを発動させ透明になると、殺戮ショーで重要な小道具となったカッターナイフで、自分にのしかかった3人の首を切った。姿が見えなければ金谷のスキルも効かないようで、彼の首も狙ったけど、うまく逃げられてしまった。

 それでなんだかもう、どうでもよくなってしまった。

 どうやって死のうか、と、透明のまま学校をうろうろしていたら……僕らに出会った、ってわけらしい。




 話の最中、彼女のユニークスキルの名前と効果がわかった辺りでもう、僕の家にはついていた。でも彼女の話を遮るわけにもいかなくて、僕も色葉も車内でひたすら、彼女の話を聞いていた。


 その最中、僕の心に怒りが湧いてこなかったかと言えば嘘になる。僕にとってリサさんはかなり、憧れの人なんだ。

 ただそれでも……こういう状況じゃそういうことも、まあ、起こるよね、みたいに斜に構えている僕がいる。けど、そういうことは口に出さない方がいいんだよ、とは、ちょくちょく色葉から教えてもらっている。

 だから僕は、極限まで注意しながら、冷静な口調で言った。


「変な名前の同士として、リサさん、僕は……その……」






 この世に生きる、変な名前の子どもはみんな僕の仲間だ。






 そういう意識を強くしてくれたことだけについては、僕は自分の名前に感謝している。後は概ね呪っている。






 それでも、なに真顔で語ってんの、って声がどっかでしてつっかえてしまう。耳が赤くなっていくのもわかる。それでもなんとか、言う。話が終わって、泣き止んだ様子ではあるけれど、色葉の胸に顔を、透明状態のままで埋めたリサさんに。


「……リサさんを、尊敬してたんだ。マジで。名前を逆手にとったんだもん。で、今はもっと尊敬してる。だからなるべくなら、僕たちと一緒に来てほしいな、って思う。せっかく、こんな……こんな、ほら、取材放題の状況になったのに、もったいないよ」


 色葉が口だけで(バカ、なるべくなら、はいらないの)って言ってるのがわかった。うるさい、僕は誠実でいたいんだ。

 しばらくすると、ずず、という鼻を啜る音。


「…………うん」

「それで、その…………あー……もう、僕の家ついたから、スキル、解除しても大丈夫だと、思うけど……」

「………………うん」


 それでも、彼女の姿はあらわれなかった。一瞬、透明スキルを生かすために素っ裸なのかも、とも思ったけど、彼女に渡した車の鍵も見えなくなってたから、そんなことはないはずだ。


「リサ、私の家来ない? 浴びれるウチにシャワー浴びて、すっきりしよ、ね? 妹の服残ってるから、着替えも大丈夫!」


 色葉が声をかけると、シートのきしむ音。たぶん、頷いたんだろう。色葉はちょっとだけ、僕の方を見て、私に任せて、みたいな顔をした後、2人して車から出て行った。


 今し方レイプされて、その相手を4分の3殺した女性に対して、かけるべき言葉なんてわかるわけない。それでも、僕の存在がリサさんの負担になったりしませんように、と祈りながら、僕も車を降りた。


 住宅街は死んだように静かで、家はいつも通りそこに立っていた。かちゃりかちゃり、色葉たちが彼女の家の玄関を開ける音が聞こえて、僕も家の扉を開けた。










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用語解説

※1 3Dオープンワールドアメリカの犯罪者シミュレーター

暴力ゲームとして矢面に立たされがちなゲームだが、その内情はむしろ、反暴力ゲームである。プレイヤーがゲーム内で暴力を振るった結果、ゲームは常に、より大きな暴力で答える。それに対抗しようともがく内プレイヤーは、暴力を目的ではなく、手段とする生き方を学んでいく。だがそれは、現実世界においても同じ事なのではないだろうか。ゲーム内要素として通行人に突然殴りかかれる、射殺、轢殺できる、が存在するのは、このゲームが非現実なまでに暴力的なのではなく、現実世界においてもそのようなことは可能であるが、そのような光景を日常で見ないのは様々な力や契約がそこにあるからだ、という制作者からのメッセージである、とする見方もある、という説が存在するのは明白である、という立場の研究者も近年増加傾向にあるという。



※2 電凸でんとつ

電話による突撃、の略。インターネット黎明期において凸、突撃、は、実際の突撃行為(現実世界での)を伴う場合が多かったが、やがては意味が拡張され、現実世界でなくとも用いられるようになった。凸、とだけ略される場合もある。ex.「だらだランクマ配信 視聴者凸待ち」→ゆったりとした感じでオンラインゲームの順位戦を配信します。視聴者の方が挑戦してくれるのを待っています。

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