10 親は存在するだけで暴力である

 ところで、僕は自分の名前が大嫌いだ。

 だから、自分の両親も大嫌いだ。

 まとめて地獄に落ちろ、と、いつも思っている。


「嘘だろ……」


 書き置きを見て呆然とした僕は、思わず呟いてしまった。




〈リンドへ


  すまない。父さんと母さんは、

 本当は、異世界で生まれた勇者と

 聖女だったんだ。魔王を倒した際

 の次元混乱で、この日本に飛ばさ

 れて、そのままここで暮らすよう

 になった。だが、一度倒した魔王

 がまた復活したらしい。ヤツを倒

 せるのは、母さんの神聖魔法と、

 オレの聖剣だけ。オレたちがまた、

 ヤツを封印しにいかなければなら

 ない。すまない。しばらく留守に

 する。ひょっとしたら帰れないか

 もしれない。そのときは、オレの

 親父を頼ってくれ。話は通してあ

 る。親父はオレたちが異世界人だ

 と知りながら、養子にしてくれた

 んだ。


  留守中、これを好きに使って生

 き延びてくれ。無駄遣いしてもい

 い。お前の金だ。色葉ちゃんとは

 仲良くやるんだぞ。


       カイトとミィネより〉




「嘘だろ……」




 書き置きの上に残された、1本の紙束。ぺらぺらめくる。どれも1万円札。100万円。ぴかぴかの新札。




「…………嘘、だろ……」




 もう一度書き置きを見ながら呟いてしまう。

 居間のテーブルの上、なぜか、A4用紙にプリンタ印刷してある。




「なあ、なあ……おい……嘘だろ」




 書き置きの内容がショックで呟いていたわけじゃない。うんこだと思ってた自分の両親たちが、自分の想像よりはるかにうんこだったから、うんこを突き抜けてうんち、というかもうクソ、というかもうゲロクソ、だったので呟いていた。




 これが嘘なのは、この100万円を賭けてもいい。




 なぜかというと……。




 僕の父、八神海人やがみかいとは、母、旧姓栗崎魅音くりさきみおんと規模も歴史も世界一の同人誌即売会で出会った。当時2人は互いに18歳。出会いは3日目の東館だったという。


 大手エロ同人サークル、魏志倭人ぎしわじんリビドーだんでリビド茄子ナスというペンネームで活躍していた父は、時雨楓しぐれかえでという名前でコスプレイヤーだった母と出会うと、即座に一目惚れして付き合い始めた。


 そして、母を女優に同人コスプレAV、動画の制作にも乗り出した。


 当時はまだそんな活動をするオタク側のサークルは少なく、とんでもなく儲かったそうだ。コミケ帰りに売り上げを入れていた、お札の詰まった紙袋が1袋どっかいっちゃったけどまあいっか、ってほどだったらしい。その紙袋は後々引っ越しの荷物に紛れて出てきて、税金のあれこれを調査する人たちが来たときにおみやげとして渡した、なんて自慢げに父は言っていた。彼はそんな感じだから前科が3犯ついている。


 以上のような理由から、僕は母の顔をときどき、エロサイトのバナーに見つけてしまう。母はもう30後半だけど、未だ20歳そこそこにしか見えないのでまだまだ現役だ。そして僕の両親はしっかり、大手のエロ動画流通会社と正式に契約を交わしているので、18歳以上なら誰でも気軽に僕の母と父が、様々な姿で様々なプレイをしている姿を購入して見られる、サンプルなら無料で2分半ぐらい見られる、そんな環境で僕は育った。


 誤解しないで欲しいけど、ポルノ、エロに関係した職業を軽蔑する気はない。

 人の心を最後に救える、本当に尊い数少ない仕事の1つだと、心の底から思う。

 もし僕が人生のすべてがイヤになって、いわゆる無敵の人みたいになってとんでもない犯罪をしようってなったら、それを止められるのは法律でも医療でもなく、きっと、エロだけだろう。今この瞬間だってきっと、無数の悲しい出来事がエロ、ポルノの力で事前に回避されているはずだ。たとえそれが先延ばしに過ぎないとしたってそれは、じゃあ延命治療と同じモノじゃないか、と僕は思う。




 でも、あの2人が異世界生まれで地球に転移してきた、は、絶対あり得ない。




 僕は父が中学時代にエロ漫画雑誌に投稿した内容を知っている。色々な賞状と一緒に、祖父の蔵にしまわれていた。当時、父が持っていたスケッチブックを埋め尽くしていた、彼の理想の女の子たちと、想像上の女性器たちと一緒に。

 僕は母が中学時代、年齢をごまかして即売会にコスプレ参加したらホテルに連れ込まれエロ撮影をされて新聞の社会欄になったことを知っている。即売会におけるルール策定のケーススタディとして今でも引き合いに出されている。




 そんな2人が、勇者と聖女……?




 それで、異世界に行くから、しばらく家を空ける……?




 要するに、いつものことだ。

 コスプレ撮影旅行に行ってくるから、この金で暮らしててちょ☆ という。

 10万円のときは1ヶ月いなかったから今度は、1年ぐらいのつもりだろうか。1年というのは撮影旅行にしては長すぎる気がするから、なにか別の理由があるのかもしれないけどそんなこと……。




「死んだ方がいいやつらは、なかなか死なないなぁ」




 知らない国の大統領の去就よりどうでもいい。




 僕はそんなことを呟いて100万円を亜空筺ボックスにしまった。

 今の状況ならなんでもあり得る、この状況が、2人が異世界に戻ったのをきっかけに起こった、ともできるけど……。




 ……世の中なんでも、知ることに損はない。絶対。




 けど、考えても無駄なことはたしかに、確実に存在する。




 ……一体全体なんだって僕は、フロイト先生に聞かせたら地獄から腕まくりして舞い戻ってきそうな環境に生まれてしまったのか、とかさ。




 でも、わかりようがないことを考えるのは、量子テレポーテーション理論を打ち立てようとしている物理学者の方とか、ウナギの繁殖方法を正確に調べようとしている生物学者の方とかに任せておくべきだ。




 僕はくしゃくしゃと書き置きを丸めてゴミ箱に捨てると、食料庫に向かった。

 途中で……いや、待てよ、ひょっとしたら魔法スキルもあるのか……? と気付いて、そのとき生まれて初めて、両親に感謝した。少しだけ。

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