07 バカに関わりたくはない

 僕たちは恐る恐る準備室の扉を開け、廊下の左右を覗いてみる。


 図書室は3階のほぼ中央。南北どちらの階段からも遠い。


 まずはどちらに僕が向かって、どちらに色葉が行くかを……




 ……そう考えていると、ばっちり。




 今まさに階段を上ってくる、肩にモップを構えた長髪の男と目があった。距離が遠すぎるのか、ステータスが出ない。たしか、3年の、ちょっとヤンキー目のグループの1人。




「2人いたぞ!」




 長髪男は階下に向かって叫び、こちらに向かって走ってくる。

 それなら、想定の範囲内。




「背後は任せた」

「がりっ」




 一瞬だけ視線を向けると、彼女の方の階段からも1人、2人、上ってきているのが見える。なんでこんなときに生姜のことを話すんだ、って一瞬思ったけどたぶん「Got it(了解)」のつもりだろう。こいつ、頭はもうチームデスマッチだな……まあ、それならそれでいい。そうなった色葉より頼れるヤツなんて、将棋星人が攻めてきたときの羽生九段ぐらいだろう。(用語解説※1)


「……ボックス……」


 呟いて、右手に湧き出てきたものを、しっかりと握りしめる。


 長髪男まではまだ30メートル程度。


 引きつけて、引きつけて、引きつけて。


 15メートル。長髪男がモップを両手に構える。


 僕はきょとん、とした顔で男をただ見つめてるフリをしながら……。


 10メートル。




 手にした単一乾電池を思い切り、投擲スローイング:03。




「ほぐっ」


 時速110~120キロ、スキルの説明文によれば、中学生エースピッチャー程度の速度で放たれた単一乾電池は、長髪の喉に当たった。妙な声を出して、もんどり打って倒れる男。泡を吹いてもがき苦しんでるように見えるけど……あいにく、同情してる場合じゃない。胴体に当てる予定だったんだけど、妙な具合に回転して弧を描いたもんだから、妙なところに当たってしまった。野球のボールに似た感じの重さとはいえ、やはり単一電池は、投げる用のモノじゃないな。速度の減衰もボールの比じゃないだろう。中距離で投げるしかない。けど、それで十分だ。




「ボックス! もっっぱぁぁぁぁぁぁつ!」




 抑止力、という点ではこれ以上ない。




 銃だとイキって突っ込んでくるバカが絶対にいる。日本なら特に。

 かといって妙なスキルの力で不思議な何かを放てば攻略してやると息巻くヤツも絶対にいる。僕ならする。

 でも時速100キロ超で単一乾電池が飛んできたらよほどぶち切れてなきゃ、うわ関わらんとこ、だろう。それを覆すだけのモチベーションがあるとも思えない。結成してから半日も経ってない急造集団だから、統制だってそこまでとれていないはず。


 2、3年生が技術の制作でやるオルゴール箱、そこに使うはずだったのだろう、200本以上の単一乾電池をボックスに収めた僕は、のたうち回る長髪男の向こうから、続々とやって来る武器を手にした男たちを見つける。

 だから今度はわざと・・・、彼ら近くの壁を狙う。


 どぐっっっ!


 鈍い音を立てて、電池が壁に埋まったのがここからでも見えた。


「な、や、やべえ! 下がれ! 下がれ!」


 すげー、反射させて、なにを投げてるか見せつけるつもりだったんだけど……半分ぐらい壁に刺さっちゃった。うちの学校、ぼろいからなぁ……場当たり的な補修で改築を先延ばしにし続け、場所によってはコンクリートの基礎の上にただ石膏ボードと壁紙が張ってあるだけの場所もある。壁を蹴って三角飛びのマネをしようとするとボッコリ、穴が開くことも珍しくない。

 でも、これで相手が引いてくれるならしめたもの。


「ボックスボックスボックスボックスボックスボックス……!」


 踊り場に下がっていこうとする男たちを追いかけながら、手の中にじゃらじゃらと単一電池を出す。周囲に何個かこぼして、こっちの必死っぷりをアピール。残りはポケットに突っ込む。走りながら、倒れていた男の頭を蹴飛ばして、教室に押し込んでおく。


「僕のユニークスキルを喰らええええええ!」


 追い詰められた感じと、これに当たるとヤバいぜ、みたいなハッタリを絶叫にしのばせつつ、乱射、乱射、乱射。階段で跳弾し、床に散らばり、誰かが足をとられ階段を転げ落ちると、それに巻き込まれる人も多数。絶好のチャンス。ちょっと息を入れて誰かに当たれ、って程度の狙いで全力で投げたら、上手い具合に鼻面にあたってうわすっげえ歯が折れてる。床に転がった歯を見て、周囲の男はわたわたと暴れて逃げようとするけど、遠距離攻撃を持った相手に背中を見せて逃げるのは愚の骨頂、しかも相手(僕)は階段の上に位置している。




「一生ちんこが使えなくなりたきゃとっとと帰りなあああああ!」




 当たってイヤな特殊効果はなにかな、と考えていたら自然に思いついたハッタリを叫び、また10発近くの単一電池を連射。背中や後頭部、足、尻に直撃を受けながらも、這々の体で男たちは2階に向かう。


 喧嘩のコツは関わったら損だって思わせることだぜ、なんて父の言葉を思い出してしまう。どーせ喧嘩なんか1回もしたことないだろうに偉そうに……でも、いいところをついている。


 要するに、喧嘩に負けたくなければうんことおしっこで一風呂浴びてから相手が実家にいる時に突撃しろ、ってことだ。気が狂ってるけど、そんな気が狂ってるやつの相手は誰もしたくないから、真理ではある。


 僕は怒り狂ったフリを続けながら壁に向かって電池を投げ、こっそり背後を確認。色葉はぴったり、僕にくっついてきている。肩越しに3階の廊下の上、教室の中に頭を突っ込んで倒れている男と、窓ガラスを突き破ってぐんにゃりしている男も見えた。死んではない……と、思う。うん。


「……よし」


 互いに頷いて、階段中央から下をのぞき込む。男たちは1階まで逃げているようだ。好機。ダッシュ。階段を駆け下り、踊り場を曲がり、2階へ、


「ハイッ!」


 向かおうとしたところで僕の腕が、引っこ抜かれるんじゃないかと思う強さで引っ張られ、槍みたいな色葉のハイキックが鼻面をかすめた。凄まじい風圧と、ニーソックスに包まれたほっそりした足が視界を埋め尽くしたと思ったら次の瞬間、ごぐんっ、というか、ごぶんっ、というか、湿った打撃音と共に、猛烈な金属音。見ると誰かが、掃除用具のロッカーにめり込んで、手からカッターナイフを落としていた。ロッカーの影に隠れ、通り過ぎる僕らを狙っていたんだろう。危なかった。冷静に考えてたら、こんな待ち伏せわかってたはずなのに……。


「た……助かった」

「まだ」


 首を振る色葉。僕は気を取り直して息を吸い、いかにも追い詰められた絶叫。


「ぃぃぃひょしゅうううぁああおおおおお!」




 …………川島くん、僕らに力をくれ。

 ……君みたいな、勇気を。

 いざ夢見た機会がやってきても、受動的にしか動けない僕らに。

 この連中みたいに、他人を踏みつける覚悟を決められない僕らに。




「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 当てられたのか、色葉も絶叫。

 気合いを入れ直し1階への階段に足をかける。勢いだ、この作戦は、僕たちが狂っているって思われなきゃ成功しない。狂え、狂え、狂え!




「ね、ねえ……! ボ、ボクも連れてって……!」

「リサ……っっ!?」




 けれど、突然した女子の声と、色葉の驚愕の声で僕は、我に返ってしまう。




「い、いーちゃんでしょ、ボ、ボク、ずっと、ずっと隠れてるんだけど、で、でも、もう、学校の外に、出たくて……!」


 泣きながら訴える声がするのに……姿はどこにもない。

 間抜けに当たりを見回してしまうけれど、やっぱり誰もいない。


「ちょ、リサ、あの、どこに……あ、そうか、スキルか……!」

「う、うん、で、でも、あの、玄関を、3年の人たちが、埋めてて……!」

「……ぁぁふゃぁぁぁぎゃぉぉぉぅぅ!」


 判断の時間はない。

 絶叫して階段を駆け下りる。会話は聞こえてはいないだろうけど、僕たちが冷静になったと思われたらたぶん負ける。背中に回した指で、色葉に○のサインを送りながら。彼女の友達、あの “リサ” さんなら、絶対大丈夫だ。


「おい、よせ、よせ! わかった、わかったから!」


 階下からそんな声が聞こえるけれど、僕はまったく無視。


「どけ、どけ、どけ、どけぇぇぇぇぇ!」


 連射、連射、連射。単一乾電池の雨が1階の踊り場に降る。


「いいか、おい、玄関は開ける、開けるからスキルを解除しろ! ちんこ、お前、ちんこ使えなくするとかお前、反則だろ!」




「竜胆」




 色葉の声に、僕は我に返る。どういう仕組みなのか、色葉は、まったくの虚空に向けて、ぽんぽん、と肩を叩くような仕草。ステータスも見えない。けど、どうやらそこにリサさんがいるらしい。


 僕はぴたり、と動きを止める。




「……3年の金谷かなやさん、だよねー!?」




 踊り場を挟んで、色葉が言う。


「…………って、なんだよおい! 一丸かよ!?」

「私たち、外に出たいだけなんだ。通してくれない? 職員玄関から外に出て、車でここを出たら、もう二度と戻ってこない。誰かになにかを聞かれても、先輩たちのことは知らない。それでどう?」

「車ぁ……?」

「でないと……ぷっ……ぷぷっ…………このふざけたユニーク・スキルの人、なにするかわかんないよ。そーとー追い詰められてるみたいだから」

「……そいつ、お前の幼なじみの陰キャだろ、なんでそんなやつと……」

「その陰キャのせいで一生ED、みたいなことになりたくなかったら、下手なこと言わない方がいいよぉ~」


 なんとか頑張れば勃つかも……と淡い期待をしてなんとか頑張るときに、僕の顔と叫び声と単一乾電池の痛みを思い出す先輩たちを想像すると、泣きたいぐらい切なくなって、同時に爆笑しそうになって、唇を噛んでこらえる。たぶん、僕の弾に当たった人がハッタリを真に受けて、たしかめたらホントっぽい! ってなっちゃってそれが伝染したんだろう。前にEDの方のブログを読んだら、勃起の一番の敵は不安、って書いてあったし。


 色葉のどこか楽しそうな声を聞いて舌打ちと、不安そうな声が階下から聞こえる。彼女の顔を見てみると、どこか楽しそう、どころか、最高に楽しそうだった。夏休みに入って戦場に増えた小学生プレイヤーたちを、全力でぶち殺し回っている時と同じ顔だ。状況が違ったらそれは、強気な美少女が頬を赤らめながら、内なる衝動(ひょっとすると恋心かもしれない)を抑えているようにも見えるんだろうけど。


「……1階から出たら、そいつのスキルを解除しろ。それが条件だ」

「あら、案外あっさりですね」

「あのな、こっちも大変なんだよ。なんだか知らねえけど、スキルで透明になるヤツがいる。そいつに利根とねが殺された。すぎやんと湯ノ原ゆのはらもだ」


 その言葉を聞くと、色葉の腕がびくんっ、と震えた。おそらくは、その腕の中にいるであろう人が。


「そいつをなんとか狩りだそうと思って放送もやってたんだよ。わざわざそいつに関係したヤツ使ってな。くそっ、お前ら見てねえか」

「透明な人をどうやって見るんですか。なんでもいいから道を開けてください」

「……オレの監視付きで駐車場までエスコートする。それが道を空ける条件だ」

「いいですけど、こっちになんかあったら…………」

「…………あったら?」

「どうなるか、ちょっと、私にもわかんないんですよ。八神くん自身にもよくわかんないみたいで。スキルはたぶん、離れれば消えるって言ってるんですけど」

「そいつが死んだら一生消えない可能性もある、ってことだろ。くそっ、わかったよ、ったく……じゃあ、ちょっと待ってろ」


 そう言うと階下でこそこそした話し声。内容まではわからないけれど、数人の足音とうめき声がしたことから、教室の中かどこかに兵隊を下げているんだろう。




「……最初から交渉してればよかったんじゃないか……?」




 と、僕は呟いてしまった。色葉の、少々強気すぎるけど僕なんかとは比べものにならないコミュ力があれば、なんとかなっていた気がする。


「ううん、竜胆のハッタリのおかげ。あいつらたぶん、そういうこと、楽しくやってたんでしょ」

「そういうこと……?」

「だから、そういうこと、ほら、竜胆のあのハッタリが効くんだから」

「…………え学校でオナニーするほど連中頭のネジが外れちゃってるの? いくらなんでも……うわ……」


 と驚く僕に、色葉が深くため息をつくと……

 ……ようやく僕にも本当にわかった。

 想定の範囲内に “そういうこと” は入れていたつもりなのに、いざ実在の人間がその範囲内に入ってくると途端、火曜日だと思って家を出て、1限が始まってようやく水曜日だと気付いたような、なんとも不思議な気分になってしまう。




「あ、え、ええ、えぇ……!?

 あ、ネ……頭のネジが外れてるどころか、基盤がイカれてんじゃん……!?」




 同級生を殺すのと、レイプするの。

 心理的な抵抗が大きいのは、どちらだろう?

 いや、どちらであるべきなんだろう?

 僕にはもう、さっぱりわからない。




「ねえ……ひょっとして……」


 色葉が問いかけると、震える声がした。


「ま……前から、好きだった、守ってやる、とか、とか、言って……」

「あ、いい、いい、喋んなくていい。殺したいヤツは殺せた?」

「っ……!」


 首が振られたのは縦だろうか、横だろうか、僕にはわからなかった。




「よーし、いいぞ、ゆっくり降りてこい」




 階下から声。










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※用語解説

※1 将棋星人が攻めてきたときの羽生九段

「将棋星人が地球を侵略しようとやって来た場合、地球代表が深浦では誰も納得しないだろう。羽生でなければならない」というネット・ミーム(用語解説※2)。2chなんでも実況J板発祥。ミーム進化により近年では、羽生九段は将棋星人側であり、やはり地球代表は深浦九段である、という見解も存在する。



※2 ミーム

イギリスの進化生物学者・動物行動学者・作家、リチャード・ドーキンスが著書、利己的な遺伝子(The Selfish Gene 1976)内で提唱した、脳から脳へ伝わる(遺伝する/感染する)文化の単位。非常に翻訳の難しい概念、単語だが「インターネットミーム」の場合、ネタ、あるいはコピペ、で8割正確に翻訳されていると見做してよい。

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