06 一丸色葉の本性

「オレは3年C組の辻巻隆也つじまきたかや、保健のともちゃん先生も一緒だ。怪我してる奴がいたら、友ちゃん先生が治療できる。戦えない奴は、オレが守ってやる! もうみんなもわかってると思うけど、大人があてにできない。立ち上がらなきゃ駄目なんだ!」


 だ、だ、だ……。

 アナウンスの声が響く。

 事態発生から4時間弱でそれは、さすがに言い過ぎでは、と思ったけど……。


 ネットで調べた限りじゃ警察消防関連施設は半分ほど、火事やその他のトラブルで動けないらしい。残った半分も、数十、数百万件の通報に追われもう執行力が残っていないという。頼みの自衛隊は各駐屯地から連続的に巨大な爆発音があって以降、沈黙が続いている有様で、米軍は米軍で “帰り支度” を始めているというから、まあ、頷けない話でもない。


「オレのことが信頼できないなら、来なくてもいい。ただ、玄関には絶対近づくな! 生徒を殺して回ってる一団がそこで網を張ってる! もう見た奴もいるかもしれないけど……とにかく、3年C組まで来るか、今いるところの鍵をしめて、バリケードを作って、絶対に誰も入れちゃだめだ! 絶対、絶対みんなで生き残るぞ! なにかあったらまた連絡するからな!」




 な……な……な……。




 この桐青とうせい学園高等部は、1年の教室と僕らが今いる図書準備室、図書室が最上階の3階にあり、2年が2階、3年と職員室、それから放送室は1階、その他特殊教室は別棟というシステム。


 最後の言葉が響き止まないうちに、色葉が鼻で笑った。


「色葉、知ってる人?」

「知らない、けど……」


 少し苦笑いする色葉。


「竜胆、嫌いでしょ」

「…………そんなことない、立派な人じゃないか」

「うそうそ、かけらも思ってないくせに。体中で、あほくせー、って言ってるよ」


 うん。


「でも……これで学校から出やすくはなったんじゃないか? 玄関を使わなきゃいいんだろ」


 揉めてる人たちがいるなら好都合だ。その間にこっそり抜け出せる。


「ちょっと、正気? 100パー罠だって」

「え、なんで?」

「なんでもなにも……はぁ~……ほんっっっとーに、人相手だとダメなんだね、君は……いつか、とんでもなく騙されちゃうよ……」


 色葉は大げさにため息をつく。僕は自分がなにをわかっていないのか、それすらわかっていなかったのでただ彼女の言葉を待った。


「いい? 生き残ってる人を集めたくて、でも玄関に人殺したちが本当に張ってるなら、なんでわざわざ3年の教室、1階に集めるわけ? 2年の教室、1年の教室を使えばいいじゃん」

「…………あ、そうか」

「そもそも、今学校から人を出さないようにするならさ、1階全体を占拠しなきゃだめだよね、廊下の窓から駐車場出れるし、教室の窓から校庭に出れるし……気合い入れたら2階から、ワンチャン無傷で降りれるし、最悪骨折程度でしょ。2階の別棟連絡通路だってある」(用語解説※1)

「そりゃあ……たしかに」

「ってことは、可能性は……1階全体がそういうグループの縄張りになってるってこと。つまり、これは罠。にしても……ああ、そうか、もういないのかも」

「いないって、誰が?」

「この校舎の中にまだいて、どうしようか迷っているような人たち。私たちがここに隠れてる間に、全部……逃げたか……あるいは」




 にししっ、と悪戯っぽい笑いを浮かべる色葉。




「全員、経験値にされちゃったか」




 思わず、壁の時計を見た。まだ午後6時。あの5限目から、5時間程度しかたっていない。この学校は全校生徒300人ちょっと。


「格下相手だとレベリング不可能のシステムなのに……?」

「私も忘れちゃってたけど、川島くんのことを思い出して、竜胆」

「うん……うん? うん、あ、ああ、あ、そうか。最初の南原を殺したレベルアップはともかく、次の2人を殺したときもレベルアップして、その川島くんをやった先生がレベル4、なんでか先生を倒した扱いになった僕たちも、レベル4……どういう経験値システムだ……?」

「たぶん初心者救済じゃない? 特定レベル以下までは格下でもレベリングできるってトコだろうね。私たちの経験から確実になった数字で考えると、レベル1を3人殺すとレベル4になった。ってことは、10人の集団がいて全員レベル4以上になってるならそいつら、最低計30人やったってこと」

「そう考えると、100人単位が消えててもおかしくない、か……? いや……」

「それにレベルが上がらなくても、リアル経験値を積みたいって考えるアホが出てきたとしてもおかしくはないんじゃん?」




 人殺しの、リアル、経験値。




 なろうを読んでる時、主人公が躊躇なく人殺しをすると、おいおい引くんだけど……となるし、かといって人を殺す殺さないでぐだぐだ悩んでいると、おいおいそういうのはいいから話を進めてくれよ、ってなる。

 そうして今、自分がそんな状況にたたき込まれてみると正直な感想は……


 ……そんなことで悩みたくないなあ、だ。けど、否応なしにその問題は、僕たちにもふりかかってくるんだろう。


「そ、そこまで……?」

「一体全体、今はどういう状況だと思っていたんだい八神くん?」

「いや、なんかみんな疑心暗鬼で、どうにも動けない状況かと」

「竜胆みたいな、頭が回るから考えすぎちゃう生きづらい人だけだよ、そういうのは。普通の人はもっと、いろいろ、考えないの、なんにも」

「……褒められてるのかバカにされてるのか……」

「あはは、どっちも。でも、迷う段階はもう過ぎてるよ。っていうか……」


 色葉は心から楽しそうに、くすくす笑った。


「普通、学校で変なことが起こったらさ、おうち帰るでしょ」


 ……。


 ……。


 ……。


 たしかに。


「だからレベルが上がってるような集団も、そんなに数はいないんじゃないかな、って思うけど」

「……そりゃそうだ」

「ま、でも、こういう騒ぎが起こったら学校に避難するのが正解、って思ってた人も、結構いるんじゃない? 今から来る人たちもきっと、いると思う。なんにせよ、相手は私たちの、同等以上のレベルだって考えておくに越したことはないね」

「正論だなぁ……どうしたらいい?」


 こういうことにかけては、色葉の方が遙かに上だ。


 そもそも彼女は、FPSでone-color(ネット上での色葉の名前)の指揮とプレイがあれば、どんなプロにも勝てる、と囁かれる有名人。とあるオンラインチーム戦FPSなんか、当時まだ10歳だった彼女の開発した戦術を使うと特定キャラを含むチームの先行勝率ほぼ100パーセントだったために、大規模アップデートを繰り返さざるを得ず、最終的に彼女を開発チームにアドバイザーとして招聘するハメになった。ちなみに彼女はその報酬と名声で自分のチーム(クラン?)を立ち上げた。チームのメンバーでプロの配信を監視し、カジュアルに試合をやっていい気になってると乗り込んでボコボコにし、煽りに煽ってプロ数名を巻き込んだガチのチーム戦をやらせる、という、見ている分には最高だけどやられたらたまったものじゃない迷惑行為を繰り返し、当然のことながらこれを彼女のチャンネルで配信し、16歳にして節税本と投資本を読むぐらい稼いでいる。


 人と人とのやりとりにゲーム性を見いだして、攻略する。

 人間関係という戦場での、戦術の天才。

 それが色葉だ。戦国時代に彼女が生まれていたら、歴史SLGがもっとおもしろくなったろうな、と僕は思ってしまう。


「この放送は、私たちみたいに隠れている人たちを、あぶり出すためだよ。間違いない。より経験値を積みたいか……あるいは、異分子を殺すか、従わせるかしてこの学校全体を占領しておきたいんだ」


 僕の頭の中に、ポストアポカリプスの学校でキングとしてあがめられている学生服の男、みたいな馬鹿げた想像図が拡がった。色葉は続ける。


「元々ここ、指定緊急避難所だし、別棟に避難物資の備蓄とかあるみたいだし、力尽くで占領するだけのメリットはある……こういう場所だったら普通、後々あとあと国の人が来てちゃんと管理されるって思いそうなモノだけど……」(用語解説※2)

「……もう、そういう状況じゃないって確信できた」


 僕にもだんだん、飲み込めてきた。

 さっきの放送がどういう意図で、どういう人たちがそれをやっているか。


「あるいは2つ。誰が相手でも自分たちの出自を偽装できる自信がある。この可能性は洗脳系チートの芽もあるからちょっとヤバいね。でももう1つの、自衛隊が戦車に乗ってやってきてもぶっ飛ばせるチートがある、ってよりはマシかもよ」

「……なんにせよ、バリバリの武闘派……乱暴者」

「そもそもさ、この学校でこういうことが起きて、先生たちが生き残ってるわけないじゃん。友ちゃん先生って……あいつ、川島くんが南原にやられて鼻血出して保健室行ったら、追い出したんだよ。友達同士の悪ふざけの面倒は見ません、とか言って。そんな人がこんな状況で学校に残ってると思う?」


 それで全部が腑に落ちた。


「で……そうなると僕は後衛、とか言ってのんびりはしてられないな」

「うん。ゴメンだけど、SP余らせとく余裕はないと思う。あの放送は、焦って誰かが動き出したらそれでヨシ、誰も出てこなかったら人員を割いて、校内、敷地内を捜索するってところでしょ。時間はあんまりない……はず。連中にしてみたら、最初から捜索すればいいんだけど、その手間をちょっと省いておこう、程度のことだろうから」

「そうしてみると……ここに隠れてたのは下策だったのかもなぁ……」

「起こっちゃったことぐだぐだ言わなーい。外に出たらもっとやばいヤツがいるかもだし。こんなのランダム。嘆くより行動」

「まったく…………君と一緒で」

「よかったでしょー」


 えっへん、とばかりに色葉が胸を張り、僕はちょっと笑った。


「だから最低限、竜胆も単独で戦闘できるスキルがいると思う。なんかない?」

「考えてたヤツはあるけど……今できることじゃないからな……」


 僕は改めて自分のステータス、スキルを確認する。

 とりあえず僕がとっていたスキルは、四輪自動車運転ドライビング:01。車の運転はたぶん、この先の生活の鍵になるはず。そう思って教室に落ちてた先生の財布から、車のキーをいただいてある。駐車場の、趣味の悪いワンボックスカーの位置もわかる。1SP使って残りは14。まだなにも変わっていないように思えるけど、車の知識を考えてみたところ、ATオートマ限定ながらありありと想像できたのでこれは大丈夫だろう。縦列駐車や車庫入れの感覚までわかってちょっと気持ち悪かったけど。そして確認してみた、デフォルトスキルとユニークスキルについては以下の通り。




 〈亜空筺ボックス:01〉

手のひらにおいた物体を「ボックス」のかけ声と共に亜空間にしまえる。出すときは思い浮かべながら「ボックス」。集中していると筺の中身が頭に思い描ける。コートやリュック、鞄は入れられたけど、机やロッカーは無理だった。片手に乗せられる、が判定か。取り出すアイテムのイメージが曖昧だと出ないこともある。中の時間は進んでいるっぽい。


 〈交易銀行バンク:01〉

落ちていたホウキを亜空筺ボックスに入れて、それを思い浮かべながら「バンク」のかけ声で、そのホウキが消えたのがわかった。けど、ポイントとやらはなにもなし。価値がありそうだけどテストに使っても惜しくない物品が見つかったら、もうちょっと試してみよう。にしてもやっぱり……魔石? 魔石ある感じ? ……あれ……あれよ……。


 〈管理視点サイト:01〉

壁越しなどの表示は無理くさい。実際の視界内で相手を認識しないと発動しない模様。「サイト・オフ」で見えないようにもできたけど、自分のモノを意図的に隠すのは無理っぽい。


 〈改造モディファイ:01〉

交易銀行バンクのように「モディファイ」のかけ声でアイテムを消費すると、アイテムごとに異なったエレメントを回収できる。同様の手順でアイテムにそのエレメントを付加できる……のだけど、落ちてたライターからとった火のエレメントを1、コピー用紙に付加してみても、ただちょっと暖まっただけ。限界である4まで振ってようやく火がついた程度。要研究。




 これらのどれも、SPを入れていけば成長させられて、もっと便利になっていくんだろうけど、家に行って落ち着いてからにしよう、ということで1のまま。ちなみに色葉はもう、全SPを〈正装ドレス・アップ〉に注ぎ込んでいる。エリクサー的なヤツを拾っても彼女には持たせないようにしよう。


「どういう攻撃手段考えてたの?」

轢殺れきさつ

「……君も君でさ、暴力ゲームの影響で暴力的になってるよね」

「現状すぐに用意できるもので、一番効果的だろ」

「それはそうだけど」


 車というものを累計で考えると、おそらく、どんな発明品よりも多くの人間を殺してきたはずだ。ひょっとすると原爆で失われた命と、自動車の発明から今まで事故で亡くなった人の全世界累計だったら、後者の方が多いかもしれない。

 もちろん車なんて舗装道路がないと役立たないし、ガソリンがなければただの箱。けど、僕たちは東京から出る気はないし、最低でも今から数年は便利に使えるはず。


改造モディファイと合わせれば、それはそれはもう……」


 想像しただけで、それをゲームにしてやらせてくれ、と頼みたくなる。


「なるほどね……ただ、今は役立てるのは無理そうだね……」

「僕らのルートとしては、ダッシュで駐車場を目指す、だよね?」


 目的の車があるのは教員駐車場。

 1階中央、職員室の向かいにある職員用玄関から直接行ける。

 校舎をはさんで、校庭の反対側。

 だから1階廊下の窓から出られないこともない。


「そうだね。別棟経由でいったん学校の外に出て、大回りして道路から直接駐車場に行くルートもあるけど……あんまり選びたくないルート。状況開始から半日もしない内にそんなことはないって思いたいけど……理科準備室に、やばいスキルを持ったやばいヤツがいたら、って考えると、ね」


 そんなご都合主義があるのかよ、と言いたくなるけれど……


 ……結局のところ現実ってのは全部、ご都合主義だ。

 自分のご都合がいいようにはならなくても、それは結局、誰かのご都合がいいようになっている。


 ……それに僕らは、マジで、リアルに想像できる。


 わざわざ目立つように毒薬の調合法、連続殺人鬼の心理、みたいな本を読んでいたから軽めに「イジられて」いた、隣のクラスの小口こぐちくんが、調合系のユニーク・スキルを得ていたら、なんて。彼がこの学校を爆破するならそれでいいけど、そのとき校舎の中にはいたくない。


「この3階の片隅から、1階の中央まで、2人で突破する方法……か」

「敵の戦力はまったくの未知数。だから、こっち側の強い動きを押しつけられる方法がいい。相手を動かせる、強制力のあるムーブ」

「……なんか遠距離で使えそうなものないかな」


 僕は準備室を見回す。けど、準備室は準備室でもいかんせん図書準備室。戦闘に使って威力のありそうなものは特にありそうもない。職員室で使うんだろうオフィスサプライの類もあるけど……ホッチキスの芯とか単一電池とかコピー用紙とかでどうやって戦えっていうんだ……いや…………いや? いや!




 イケる!




 電撃的な思いつきを得て、僕はスキル一覧を眺める。

 そして想定したスキルがあるのを見てほくそ笑む。




「色葉……僕の背後を完全に、任せていいか?」

「避けまくって蹴りまくるから安心して」

「よし……なら」


 僕は立ち上がって言った。




「撃って出よう」









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※用語解説

※1 ワンチャン

カタカナ語の省略語、ワン・チャンス。由来は英語のカタカナ語だが、人口に膾炙した経緯は不詳。古い使用例は昭和期、麻雀の中に見られる。それが格闘ゲームなどの黎明期対戦ゲームコミュニティに伝播し、近年のシューター系オンラインゲームまで波及、現代の若者口語に取り入れられた、という説をここでは採用している。



※2 指定緊急避難所

災害対策基本法に基づき、地方自治体により定められた、災害時における避難所。避難場所と違い瞬間的なものではなく、罹災者が一時的に滞在することを目的とする。

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