05 図書準備室の準備

 そして僕たちは図書準備室に厳重に鍵をかけ、教材の詰まった段ボール箱でバリケードを積み上げた。息を殺しながら、とるべきスキルについてああでもないこうでもないと議論を重ねつつ、スキルのテストをしつつ、時間を潰していた。


 行動を起こすなら、夜にした方がいい。


 たとえば〈BOOOOOM!!ヘッド・ショット〉なんてユニークスキルを持っている奴がいたとしたら。あるいは〈グランド・スラム葬らん!〉なんてふざけたユニークスキルがあったら。効果次第だけど、まあ近寄りたくはない。


 今僕が適当に考えたふざけたのじゃなくても、今まで散々読んできたなろう系のチートスキル、その一つ一つを、この2023年の日本、東京にあてはめてみると…………案外平和に統治される気もするけれど、そのチートスキルを手に入れるのが、あの主人公たちみたいな人とは限らない。




 たとえば。




 起動するだけで周囲数キロ焼け野原になる能力が、赤ん坊に発現していたら。

 痴漢えん罪で自暴自棄になってるリーマンに、即死スキルがあったら。

 陰の政府が地球を裏から動かして人類を滅亡に陥れようとしている、みたいな人に、どんな薬、毒でも調合できるユニークスキルが舞い降りてきたら?

 攻撃系じゃなくても、精神操作系ユニークスキルがあったら……?




 そういうあからさまなチートはなかったとしても。




 色葉は外見上、1,000人……いや、10,000人に1人クラスの美少女だ。


 色々な意味で擬態、普通の人のフリをしてれば、って前提条件があるけど、平穏に街を歩くのも難しい。ナンパは言うに及ばず、モデルになってくれませんか、動画に出てもらえませんか、芸能界に興味はありませんか、インスタ教えてもらえませんか、みたいな謎の誘いに出くわさない日がほとんどない。


 おまけに彼女はそういう誘いを、波風立てないように断る、ってのができない。


 ……というより、しない。




・ナンパの場合

「あのさ、見てわかんないかな、今男(一応、僕のこと)と一緒にいるんだけど」


・カットモデルの誘いの場合

「なんで腕前を知らない美容師さんの誘いに乗らないといけないんですか?」


・動画に出てくれと言われた場合

「配信者? 盾は? ……銀もないの? ざっこwwww出直してきてよwwwwあ、勝手にここの映像使ったら普通に訴えるから」


・芸能界にスカウトされた場合

「この時代にテレビが主戦場のオワコン職業に、なんで興味あるって思うわけ?」




 こんな風に、グレネードを投げられるだけ投げつける、みたいな返事しかしない。彼女が言うには、いや人の外見だけ見て声かけてきてるうんこはあっちじゃん、うんこに礼儀正しく接してたらそれは頭がちょっとアレな人じゃん、とのこと。

 ゲーム以外の日常生活はただ平穏無事に過ごしたい、と願う僕は隣でいつも、色葉は色葉で生きるのがキツそうだなあ、なんてぼんやり考えてた。それでだいぶ、自分の不細工さについては嘆かなくて済んだぐらい。




 それはさておき。




 世界にシステムが導入された今、ここはなろうじゃなくて、ノクターンかミッドナイトかも、って覚悟はしておくべきだろう。いやそもそも現代日本の現実社会ですが、ってツッコミはこの際おいておくとして。

 どうするにせよ、夜に紛れられる時間を待った方がいい。

 東京の夜の闇なんてたかが知れてるけど、日中よりはマシなはず。

 この局面の正解は、とりあえず他人との接触を断つこと、だ。




 …………。


 でも結局のところ、僕たちはただ、ビビっているだけなのかもしれない。




 いつかやって来ないかな、と思っていた、レベル・スキル制。

 けど、それがやってきた興奮は教室で起きた殺人劇に鎮火されてしまっていて、ただただ死にたくない、って怯えているだけなのかもしれない……

 ……でも僕と色葉の会話は、いつものオタ話のトーンと、まったく変わってなかったから、単に、実際にスキルをいじりながらやるオタ話が楽しすぎただけって可能性が一番強いな。




 肝心なのは、どんな行動にもリスクがあるってこと。

 そしてリスクをゼロにしたいなら、なにもしないでいるしかない、ってこと。




 ……つまり、バカになって後先考えずやっちゃった方が、うまく行く場合もあるってこと。




「あーあー、テス、テス、学校のみんな、聞こえてるか!? まだ校舎にいるやつは、なんとか1階、3年C組の教室まで集まってくれ! 大変な状況になっちゃったけど、みんなで力を合わせれば、絶対に生き残れるはずだ!」


 夕暮れ近い時間、スキルのテストも済ませた僕らは、情報収集のためにかぶりついていたスマートフォンとタブレットから顔を上げた。

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