04 作品打ち合わせ 第一回

「……そもそも、どういうタイプの中二病なんだこれ?」


 ルビだらけのウィンドウを眺めながら、思わず僕は呟いてしまった。

 こだわるならステータスとかレベルとかまで漢字をあてればいいのに……

 ……でもそれだと読むのがちょっと面倒くさいか。

 僕はルビより、カタカナが好みだ。ルビを考えるのが楽しいってのはわかるけど、読むとき結構ストレスにもなる。それが味にもなるから、バランスだろうけど。


「えー、私好きだけど。正装ドレス・アップ……って漢字はでもちょっと、ユニークスキルっぽくないかなあ、そこはもうちょっと凝ってくれたほうが……でも……へへ……この画面いいね~……」


 なんて苦言を呈しつつも……

 ……色葉はスキル画面を眺め、うっとりとした口調。こいつはとにかく漢字があればカッコいいって思うタイプ……まったく、中二病に気負いがないと無敵だ。


 人が死んだっていうのに、こんなことを話してるなんて頭がどうかしてると自分でも思う。けど……先に頭がどうにかなったのは、世界の方だ。多少は目をつぶってもらってもいいだろう。


「まあでも、たぶんこれ、練度をあげてけば上位スキルになるんじゃない? そしたらもっと別の漢字がついたりとか。今はあからさまに下位スキルっぽいし」


 僕なりにステータス画面を眺めて考えたことを整理するために、思いついたことはなんでも口に出してみる。今はとりあえず、ブレインストーミングアイディア出しの時間だ。


「だよね。じゃ、とりあえずユニーク全振りね。一番生存率あるでしょ」

「いやそれはさすがに……」

「なんで?」


 まったく純粋な、不思議そうな顔。

 こういう時、色葉はまるで躊躇ちゅうちょがない。


 彼女は昔から、消耗品の最上位回復アイテムでも手に入れたそばからバンバン使える。使わずにとっておいていくつ貯まったかに満足感を覚える僕からしてみると、イカれてるとしか思えない性格だ。けど彼女に言わせれば、重要アイテムを抱えたまま死ぬのはそのアイテムを相手チームに盗まれるより悪い、らしい。RPGやってる時の相手チームってなんだよ。


「いや初っぱなから極振りはリスキー過ぎじゃあないか……? それに、ちょっと待った、これ、練度1から2にあげるには2SPだけど、2から3にあげるには3SPかかる。3から4は4、練度は……10まで……? すると……ゼロから練度10まで行くには、ええと……55SP……? 最低でもレベル12までSP全部つぎ込まなきゃカンストしない仕様……いや、練度が10までってのも先入観だな……とにかく」

「うん。でも正装ドレス・アップが練度5になったら、制服のボーナスで回避が5になるでしょ。まだ使ってないからわかんないけど……剣戦闘ソード・ファイティングの練度3ぐらいの攻撃なら結構避けれるんじゃない? ニーソでソバット使えるようになるみたいだし。私前衛回避型アタッカーやるから」

「ソバットって、1個の技だけじゃしょうがないだろ」

「フランスの格闘技でしょ、ソバットって。靴履いたまま蹴り技で戦う」

「あ、この間映画で見たヤツ?」


 チャットしながら一緒に見ていた映画で、たしか、スーパーパワーを持ったスーパーヒーローに、生身の格闘技だけで立ち向かっていく悪役が出てきてて、いたく感銘を受けた。カッコよかったし。


「そうそう……って不安になってきたけど、技単体のスキルだったらどうしよう、実際にSP振ってないからかなぁ、解説出てこないんだよねこれ」

「……あー……なるほど……よし、後でテストしよう。でもそれなら色葉は極振りで正解かもな。SP余らせておくのは僕にしとくよ」

「余らせる意味ある? 全力で使っちゃった方がいいと思うけど。試さないとわかんないよこのクソシステム、wikiぐらいあれっての」

「……そこだよな、鍵は」


 僕は自分に問いかけるように呟いた。

 ステータス、ヘルプ、各欄の文章をもう一度見つめる。


「どこ?」

「いや、これたぶん、特定の前提条件を満たさないと習得可能にならないスキルとかあると思わない? だって、剣戦闘ソード・ファイティング棒戦闘スティック・ファイティングがあるのに、斧戦闘アックス・ファイティング槍戦闘スピア・ファイティングがないのはおかしいだろ」

「舞台が現代日本ってことであわせてくれたのかもよ……なんか、知らないけど、制作者的な、人? が」


 そこには思い至ってなかった僕は、思わず想像してしまう。

 誰がどうやって、この状況を、地球にレベル・システム制を導入したのか?


「……いや、そこに突っ込むのはまだよしとこう。当面、たしかなことは何もわからない。今は僕たちの生存だけ考えた方がいい。死なないために、さ」


 突っ込み始めたらキリがない。世界の女神様的なヤツか、宇宙人か、古代人か、政府の陰謀か、なんでもあり得るし、なんでもあり得ない。思考の容量を、今、そこに割くべきじゃない。


「ふふ、たーのもしー」

「茶化すなって。でも結構あると思わない? 筋力強化と体力強化ってわざわざ分けてるのに、敏捷強化はないんだぜ。それにルビがストレングスとかスタミナとかじゃなくて、いかにも能力値な英語3文字」

「……あ、たしかに」

「なのに、今ステータスから見られる範囲に能力値の欄はどこにもない。隠しパラメーターってこと? 能力値なんて基礎の基礎が?」

「あー……それはちょっと、不思議だね」

「となると、システム情報に関して嘘はつかれてないけど開示されてない部分があるパターンが濃厚だと思う。対応するためにSPをちょっと余らせておくのは、攻略の基本になるんじゃないかな。なにかしらの前提条件を満たして、後からとれるようになった強力なスキルを、SP余らせとけば即座に取得できるし、SP自体を誰かとやりとりすることもあるかもしれない」

「あーーー……あり得る、っていうか……そう考えていくとこのシステム、デジタルなゲームではあるんだけど、アナログな意図が絡んでいるっていうか……でもSPをやりとりするって?」

「わざわざメニューにSNSがあるってのは、スキルの情報かなにかをやりとりしろ、ってことだと思うよ。だからシステム的に価値をやりとりする……リアルで言う決済をサポートする手段、要するに通貨的なものがどっかにあるはず。SPがそうなる可能性もある……けど、別のスキルで生み出す可能性の方が高いかな?」

交易銀行バンクだろうね、デフォルトなのに役立たず産廃過ぎるし」

「だね。でもショップにもよるなぁ……SPで買えるアイテムがあるかも」

「あー、その可能性もあるか」

「ショップメニューから1SPで拳銃が買えるとしたら、結構いいバランスになるんじゃないかな、戦闘向きのユニークとそうでない人のバランスをとる意味で」


 僕は頭をフル回転。煙が出そうだ。

 腕組みしながらうむむとうなっていると、色葉が感心したように息をついた。


「はー……相変わらず君は悪知恵というか……そういう思考に隙がないね」

「ゲームってのは、システムと自分の戦いだろ」

「そして私との趣味がまっっっったく合わない」

「人と戦いたいなら現実でやればいいじゃないかよ、まったく」

「現実でヘッドショットしたら戦争でしょ、ばーか」


 色葉はちょっと変な顔をしてふざけた後、少し安心した顔で笑った。


「……ふふ、さすがだね、竜胆。やっぱり、君と一緒でよかった。私1人だったら、って考えたら……ちょっとぞっとしちゃった。あはは」


 図書準備室なんて、4畳半ぐらいの場所に教材が詰め込まれてぎゅうぎゅうの場所で、囁くように柔らかな声でそんなことを言われると、16年間ずっと一緒にいた幼なじみ相手でもやっぱり、どぎまぎしてしまう。2人きりの時だけ切り替わる、君、って呼び方には特に。


「……ま、たしかに君だけじゃ凸砂とつすな気取りですぐ死にそうだ」(用語解説※1)


 16年間一緒に過ごしてきてるけど、彼女がこうなった時、僕はどうしたらいいか、いまだにわからない。だから言いたくもないのに、憎まれ口をたたいてしまう。自分がとんでもないガキに思えて、体が一回り小さくなったような気分。


「あはは、そんなバカなことしないよ。ゲームと現実の区別はついてるから、私」

「僕はついてないなぁ。この前冷蔵庫を開ける時、食料が入ってる重要なコンテナ開けるのに押すボタンの表示出ないって不親切だよなって思っちゃった」


 ぷっ、と吹き出した色葉。現実の方がゲームみたいになってる今の状況と合わせて、なんだかおかしくて、僕も吹きだしてしまった。


「私さ、あの声聞いたとき……すっごい嬉しかったんだけど…………」

「…………けど?」

「同時に、怖かったんだ。あ、死ぬんだ、って」

「………………僕らどう考えても、主人公って柄じゃないもんな」


 僕に似合いの死に様といったらきっと、主人公のヤツのデータをすべてそろえて完全に対策して対戦した上で「こ、こんなのデータにないぞ……!」とか言いながら死んでくヤツだろう。色葉にしたって主人公っていうより、主人公のライバルポジションって感じだ。たぶんピンチになると、あんたを倒すのは私だからね、って言いながら助けてくれ……羨ましいキャラだなそれ。


「……………………竜胆も?」

「……うん」

「へへ、おんなじだ」


 きゅ、と、色葉が僕の手を握った。

 細く長く、柔らかい、彼女の指。

 僕の指を一本一本絡め取ってく。

 小学生の時みたいなスキンシップに僕は、思わず咳払いして手を振りほどいてしまう。きっと、なにか、こう、彼女は、不安、だったんだろう。


「…………な、なんだよ、調子狂うなあ……そ……それに、ほら、アレだ、こんなの考えれば簡単にわかることさ。運搬と採掘はあるのに、鍛冶がないんだぜ、んなのあり得ない」

「もー……あり得ない、とまでは考えない方がいいんじゃない?」

「なんで?」

「世の中、竜胆みたいにRTSでも街作りをやる人は少数派なの。だいたいの人は、人と戦いたくてゲームするんだから。鍛冶なんてNPCに任せておくようなことでしょ」(用語解説※2)


 カチン、という音が、僕の頭の中からしたのが、はっきりわかった。


「おいおい、世の中はな、君みたいにヘッドショットを決めてる時こそ生を実感する、なんて人こそ少数派なんだよ。自分だけの世界を好きに作る、眺める、楽しむ、ゆったりのんびり……そういうのこそゲームの醍醐味だろ、鍛冶は絶対にあるはずだよ、近接武器を使うなら」


 カチン、という音が彼女の頭からしたのも、はっきりわかった。


「……はあ? なに言ってんの、竜胆みたいにしこしこダンジョン潜ってモブ狩ってレアアイテムゲットだぜ、なんて喜んでる方が少数派に決まってんじゃん。こっちはeSportsで大会もあるんですー、少数派なわけないじゃーーん」

「はぁぁ? 社会から認められないと満足できないならゲームなんてやってねえで就活してろよ、おっと、角待ちシャッガン死体撃ち屈伸煽りで壁穴のチンパン雇う会社なんてどこにもねえか」(用語解説※3)

「はぁぁぁ? そっちは結局、万分の一引くために同じこと繰り返すだけっていう、やってることパチンカスじゃん。さっさとギャンブル依存のコールセンターに電話して匿名互助会に出なよ」

「あぁぁぁ?」

「あぁぁぁぁ?」


 と、まあ、いつものようにかみ合わない議論を戦わせつつも、僕たちはスキルをとって今後の方針を決めた。


 まず小目的として、学校からの脱出。

 付帯条件としては、防衛目的以外で人を殺さない。

 そして中目的として、僕の家で物資を整える。

 さて、大目的は……。


「…………それ、マジで言ってる?」


 色葉の綺麗な顔が、綺麗に歪む。


「冷静に考えたらそうなるんだって!」




 レベル・スキル制が、突如、現代社会に導入された。

 それはまあいいとして……いやよくないけど、なろう的に考えるなら全然いい。

 で、レベルアップは、自分以上のレベルの相手を倒さないと、できない。

 つまり可能性は2つ。

 ここは今、殺人でしかレベルアップできないR15世界、なんならノクターンかミッドナイトに行けって言われる世界なのか。


 もしくは。


 人ではない、レベルのある存在がいるか。




「竜胆がそういう世界の方が好きってだけじゃない?」

「……否定はしないよ。でも、メニューに書いてあったのはこうだ」


・同等以上レベルの相手を倒すと、レベルアップする可能性があります。


「人殺ししなきゃレベルアップしないハードコアシステムが売りのなろうがあったらさ、そんなの、説明文どころかタイトルに入るだろ。なのにヘルプの他の欄では触れられてない」

「人を殺さないとレベルアップできない世界なら主人公が人殺しでもしょうがないよね! ……ってどう?」

「どうもこうも、君の好きそうな作品だなあ、としか」

「もー、ほんと竜胆、趣味合わない」

「こっちのセリフだよ。人を殺さないとレベルアップできない世界なら僕はモン娘に囲まれ田舎暮らしします、とかだよ僕が好きなのは」

「つっっっっっっまんなそーーーーーっ!」

「まあそういうのは、さておきだ」


 話が、いつも夜やってるチャットみたいになってきたので戻す。


「相手を倒す、の定義はどうなってんだとか、そもそもヘルプの日本語けっこう怪しくないか、とか突っ込みたいところはもっとあるけど……でも、考えられない話じゃないってことは、君にもわかるだろ」


 人間以外の、レベル、スキルのある相手。


「…………ま、プレイヤーvs敵PvEもゲームの一つか」

「君はまったく……暴力ゲームばかりやってるんじゃありませんよホントに……」

「あははは、ショットガンで人の頭を吹き飛ばして死体の上で屈伸するゲームと、剣でモンスターを切り刻んで死体を焼いて喰ったり皮を剥いで鎧にしたりするゲーム、どっちが暴力的なんだろうね?」

「さてねぇ、いつかシリアルキラーに会ったらどっちが好みか聞いてみよう」

「あはは、こんな状況だと早く出会えそ~」

「ま、僕は当面後衛サポート職だ。自衛はするけど、頼りにしてるぜ、相棒」

「任せなー、相棒! じゃあ、これからは……」




 そして、大目的が決まった。




「ダンジョン探して、レベルアップ!」




 色葉が、任せなさい、とばかりに胸を叩いて言った。

 趣味もキャラも合わないし、学校でのカーストは天と地ほど違うけど。

 僕はやっぱり、彼女が隣にいるのが、一番自然な気がする。



 ま、なんにせよ。

 せっかくのレベル・スキル制だ。

 攻略、してやろうじゃないか。




追記:わからないからまだ考えないようにしたこと


・どうしてもうパーティを組んでいるのか

・倒した、とされるのはどの程度の範囲か

・誰がこんなできごとを引き起こしたのか


 これらは心の片隅に置いておいて、態勢が整ったら研究しよう。















※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

※用語解説


※1 凸砂とつすな

FPS用語。突撃するスナイパー、の意。装備重量が走力や体力に影響を及ぼさないゲーム仕様なら、スナイパーライフルのように威力の高い銃は突撃して運用した方が効率的と気付いた人間が練り始めた戦術。高度なスキルを必要とするが、著しく「ゲーム的」な戦術であり、それを阻む仕様を付加したゲームも多い。



※2 RTSでも街作りをやる

ゲーマーあるある。敵を倒すために・・・・・・・、様々な施設を整えていくゲームでも、ここは幹線道路、工業地帯と住宅地帯を結んで……軍事施設は住民の反対にあったのでこっちで……僕の家はどこってことにしようかな……あと少しやったら決めよう……とやっていく病気の一種。治らないし無限にやる。



※3 角待ちシャッガン死体撃ち屈伸煽りで壁穴のチンパン

FPS用語。「あなたは対戦相手にかどで待たれているのに気付かず、無謀にも突撃してショットガンでいいようにやられ、その後死体になったところをさらに撃たれ、相手が自分の死体の頭に睾丸をこすりつけるように屈伸しているのを見て、怒り心頭で壁を殴り、結果、そこに穴を開けてしまったチンパンジーなみの知性しか持っていない人間です」の意。




※後書き

本作はなるべく、現代の高校生(わりと育ち良さげ)が使う語彙で書こう、と決めているので、専門外の人にはわからない単語がちょくちょく出てくると思いますが、そういった言葉については上のように用語解説を入れますので、お時間に余裕のある方はお楽しみください。余裕がない方は別に飛ばしても大丈夫です。

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