12

 私たちの眼前で動きを停めた行列のなかから、ひとつの影が歩み出してきた。「たいしたものだよ、君たちは」

 ユイガミだった。相変わらず飄然としているが、どこか表情が柔らかくも見える。彼は後方の妖怪仲間を振り返り、「賭けは私の勝ちということでいいな? 諸君」

「賭け?」と莉央が問いかける。「賭けってどういうこと?」

「君とは初対面だが、私は君をよく知っている。まあいい、先に質問に答えよう。言葉どおり、私は仲間たちと賭けをしたのだよ。この街の人間の我らへの思いを、甦らせられるかどうか。私はむろん、可能なほうに賭けた。そして、もっともよく私のもとを訪れてくれた姉妹の手を借りることにした」

 ユイガミの目が、私と小町を交互に見据える。

「妹の小町は初めから〈夜行〉への感情を持っていてくれたが、問題は姉の紬だった。彼女にはそれどころではない、別の悩みがあったようだからね。だが私はそれを逆に利用する方法を思い付いた」

 そこでなぜか、小町が深く頷いた。ユイガミは笑み、

「そう、小町にこっそりと頼みごとをしたのだ。これから私の言うとおりに動いてほしい、と。やむなく正体を明かしたよ、彼女の夢のなかでね」

 彼と初めて出会ったとき、小町が不自然に眠り込んでしまったのを思い出した。あれはユイガミの仕業だったのか。

「作戦だったんだよね」と小町。「私たちのプロジェクト」

「ああ、作戦だ。小町はいっさいを理解し、行動してくれた。あとは紬、君に強い動機を与えるだけだった。取引はそのための方便だ。ともかく君が〈夜行〉のために行動してくれればよかったんだ。しかし妖怪の創出とは――驚いたよ。おかげで新しい仲間まで増えてしまった」

 力が抜けた。最初からなにもかも、彼の掌の上だったというわけだ。善性の塊でこそないが、邪悪でもない。莉央が評したとおりだ。

 私は一歩前に踏み出して、

「話はなんとなく分かりました。せめて私にも、あなたの正体を教えてもらえませんか」

「もちろん、いいとも」とユイガミは笑った。「私は〈結びの神〉だ。君たちが〈むすび丸地蔵〉と呼ぶものだよ」

「結びの――神? あの〈むすび丸地蔵〉が?」

 彼は重々しく頷いて、「ああ。私には本来、縁結びの力がある。だがここしばらく、だいぶ弱ってしまってね。最初のきっかけを提供するのが精一杯なんだ。君に関して言えば、一度目は四歳のとき。空地の隅にある段ボールの存在に気付かせたのは私だ。二度目はわりと最近で、駅前ビルにある書店でのことだ、とだけ言えば分かるだろう」

 私は肩越しに莉央を振り返った。彼女はただ黙ったまま、私たちのやり取りに耳を傾けているばかりだった。気付いて――いるだろうか。

「それが、あなたの力なんですか」

「ただきっかけを作った、それだけだ。他のことはなにもしていない」

 結びの神が視線を上げ、澄んだ、それでいてどこまでも濃く深い夜空を見つめる。同時に、私は周囲の異変を察した。散歩道の景色が少しずつ揺らぎ、薄れて、もとの商店街へと返りつつある。

「もうすぐ、今年の我らの時間は終わる。最後にひとつ、君にお礼がしたい。私個人の力は弱まったとはいえ、ここにいる仲間たち全員の力を集結させれば、全盛期と同じくらいのことはできるだろう。君が望むなら、縁を結んでやれる。完全な形でね」

「完全な――」

「そうだ。それが君の、〈むすび丸地蔵〉への本当の願いだっただろう?」

 小町とお参りに行ったとき、確かに私は願った。莉央と両想いになれますように、と。

 コノハが飛び上がって、私の肩に留まった。ましろがこちらを見上げている。私は結びの神に視線を返し、息を吐いた。

「今の私の本当の願いは、来年もまた、〈夜行〉がこの街を訪れてくれることです」

 結びの神は短く、「それでいいのか?」

 私はゆっくりと、しかし強く頷いた。

「はい。そうすれば笛や太鼓の音が聴こえてくるたび、私は心を躍らせることができる。夜になれば机の上に飾ってある〈コタンこ〉たちが動き出して、窓から飛び立っていくでしょう。金魚が空を泳いだり、駅前に大木が生えたり、商店街に灯籠が現れたり、不思議なことがたくさん起こる。ましろや白狼丸も、きっとそこにいるでしょう。みんなでそれを見たいんです。来年も、再来年も、ずっと」

「お節介かもしれないが、君がいま想っている相手との縁を成就させるのは、なかなかに困難だよ。君自身でよく分かっていることだろうが、それなりに苦労するだろう。君も、相手もね」

「構いません。あなたはきっかけを与えてくれた。それで充分です。想いが通じても通じなくても、私は私の人生を精一杯に生きます。だからあなたはただ、見守っていてください。そして来年も、みんな一緒にこの街に遊びに来てください」

 承知した、と結びの神は厳かに微笑んだ。彼は高らかに、

「さて、引き上げよう。ミミズクたちは自分の家へ。金魚たちは店の軒先へ。そして我らは、我らの住処へ」

 その言葉を合図に、〈コタンこ〉たちがいっせいに舞い上がった。中空に瞬いているのは星かと思いきや、そのひとつひとつは金魚である。方向を転換し、商店街を目指して泳いでいく。

 小町がいっさいを察したように、傍らの白狼丸に抱き着いた。毛皮に顔を埋める。「ましろをよろしくね」

「うむ、約束しよう」

 私も彼の大きな体を撫でた。それから屈み込んで、「ましろ」

 駆け寄ってきたましろを、腕のなかに抱き留める。小町と莉央もすぐそばにしゃがみ込んで、代わる代わる頭や背中を撫でた。

「またね」

 妖怪の一団が、ゆっくりと遠ざかっていく。行くぞ、と白狼丸に促され、ましろが駆け出した。その白い、鞠のような背中を、私はいつまでも見送っていた――。

「お姉ちゃん」一団が見えなくなると、小町が唐突にしがみ付いてきた。「さっきのお姉ちゃん、かっこよかった」

「かっこよかった――かなあ」

「うん。やっぱりお姉ちゃんだなって思った」

 なんだかよく分からなかったが、別にいいかという気分だった。やがて小町が私から体を離し、するすると後退する。入れ替わり、莉央が私の正面に立った。

「かっこよかったよ。とっても素敵だった」

 一気に頬が紅潮するのを感じたが、同時に思い出してもいた。莉央とした約束。いつか必要なとき、私は勇気を出さねばならない。それはきっと、今なのだ。

「あのね、莉央」胸元に当てた掌を、祈りを込めてぎゅっと握った。「私は、あなたが――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プロジェクト・ワイルドハント 下村アンダーソン @simonmoulin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ