第16話 普通じゃないわたし

 時折、わたしが天真爛漫で大らかなだったら、と思う時がある。そんなわたしだったら友達も自分の机の周りに収まりきらないくらい集まってくるし、放課後もカラオケ行ったり、ファーストフード店で談笑したりできる。

 風紀委員の仕事だって、わりかしみんなに慕われ、わたしの言うことをきっちりと守ってくれたかもしれないのに。


「耀ちゃん、もう学校行く時間よ」


「今日、休む」


 学校をお休みする日のお母さんとのいつものやり取りルーティン。私の部屋の扉越しにいるお母さんと、たった二回のキャッチボールで会話を終わらせる。

 こういう日は解ってほしいとばかりに鍵を閉めているので、お母さんも理由を尋ねてきたりはしない。優しいお母さんだ。


「お母さん、今日早くお仕事終わらせてくるから、待っててね」


 いつも最後にそう言われるけど、一度も返事したことはない。だって、相談するだけ無駄なんだもん。なにもかもわたしが悪いんだから、同級生に嫌われていようがいじめられようが仕方ないじゃん。


 部屋の窓からお母さんが出勤したのを見計らって、わたしはベットから這い出る。

 一階のキッチンにはお母さんが作ってくれた朝食が置いてあると思うので、一先ず部屋から出てキッチンに向かうとする。


「その前に電話しないと」


 リビング脇の固定電話機に。手慣れた仕草で番号を打ち込む。電話先は学校。電話を取った担任教師に、体調不良と嘘を吐く。

 普通はお母さんの役目だと思うけど、申し訳なさにわたしが電話をかけるんだ。


「コホッ……はい、すいません……コホッ……明日には登校できると思います」


 わざとらしい咳を交えて体調不良感を演出する。中学の頃の演劇発表会で大根役者は自覚しているので向うにはバレバレ。ていうか、向うもそれを分かっていてよくズル休みを許してくれるよね。

 わたし、高校入学してから三日に一度はこんな感じなのに。大体その前日は風紀委員か何かで一悶着あった日なんだけど。


 わたしは性格が腐っている。ちょっと癪に障ればすぐ怒る。気に入らないことがあればすぐ怒る。委員の仕事中に風紀を乱すような輩が現れたら怒鳴りつける。それも怒るだけならまだましだ。


「昨日の先輩……もうわたしの悪評広めてる頃だよね」


 昔、同級生に四六時中気が立っているのかと言われたほど、わたしの雰囲気は最悪らしい。昨日の先輩にはヤクザと罵られたっけ。


 わたしは怒ると大抵は歯止めが利かなくなる。些細な理由でプッツンしては暴言を振り撒き、ヤクザかってくらいに相手を威圧する。それで相手は号泣するか逃げるかの二択なんだけど。中学の時に一回だけヤンキー相手に怒鳴りまくって、全治二週間の大怪我を負ったことがある。

 それでも同級生は、わたしを殴ったヤンキーを咎めるかと思いきや、ヤンキーにすら物怖じしないわたしを気味悪がった。結局わたしは、中学の三年間一人の友達にも恵まれず、それどころかクラスで浮きまくったまま卒業した。

 高校ではちょっとだけ怒りを制御できるようになった。それもちょっとだけ。制御したとて煽られ続ければ昨日みたいに何度も何度もプッツンする。わたしメンタル豆腐だから。


 キッチンには、いつものように朝食が用意されていた。今日はハムエッグとわかめの味噌汁。炊飯器に昨日炊いた白米。

 わたしはお母さんの作ったハムエッグが大好物なんだ。だってこういう日に限って毎回出てくるんだもん。お母さんのハムエッグは塩加減が絶妙で美味しいから、自然と好きになってしまう。


 でも、今日はなんでかお腹が空かない。食べたくない時に食べるのもお母さんに悪いし、お腹が空いた時にいただこう。


「もう学校行きたくないな」


 時刻は午後四時過ぎ。同級生は下校するかそれぞれの部活を始める頃。わたしはもちろん部活なんて入っていない。だってこんなわたしじゃ、運動部であれ文化部であれ、後輩が可哀そうだから。

 本当は風紀委員も入りたくなかったんだけどね、何故か委員長に念押しされる形で流れるように入ってしまった。でも、そのせいで昨日みたいな黒歴史を量産しまくっている。


 今日もわたし、何もしなかった。リビングでテレビをつけても、お昼のワイドショー内のコメンテーターの話なんて一文字も耳に入らなかったし、自室のベットに寝転がってゲーム機を手に取っても、ぼぅっと真っ黒な画面を眺めているだけだった。朝食すらも手をつけてない。

 勉強も、本を読むことさえも、そんな簡単なことをする気力すらなかった。ふと、昨日の女子生徒の言葉が蘇ってくる。


『ダサくね?学校来る意味ある?』


 意味、か。意味なんてあるのかな?


 天真爛漫じゃなくてもいい、大らかじゃなくていい。


 せめて普通のわたしだったら、意味を見出せたはずなのに。


 ピンポーン


 そんなことを考えてる時に、インターフォンを鳴った。宅配便かな。

 で、でもこの時間帯だと……学校の手紙を届けに来た同級生ってのもあり得る。いつもはポストに投函するだけなのに、なんで今日はインターフォンを?


 正直に言って出たくない。宅配便だったら申し訳ないけど、ここは居留守を使おう。


 って、謎の訪問者がインターフォンを連打している。いい加減煩いので、ちょっとだけ窓を覗いた。


「──っ!?」


 玄関先でわたしを待っているのは、


「おーい出て来いよー、いねーのかー?」


 わたしの大嫌いなアイツらだった。

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