第5話 邂逅

 


「ふぇっ、ここは!?」


 誰もいない、天窓から月の光だけが届く教会の中。

 黒子は入り口の前でハッと目を覚ました。


「た、確か…… 部長が話しかけてきたところで記憶が途切れて……頭いた」


 軽微な頭痛に襲われ、黒子は頭を押さえる。


「ていうかここって」


 黒子はぐるっとあたりを見渡す。そこは、紛れもなく教会の内部。

 ただ、前方にある礼拝堂に掲げられているのは、十字架ではなく蛇のような謎のモニュメントだ。


「あ、あの教会の中?」


 黒子は摩訶不思議な出来事で酒咲のことを考えることもできなかった。





[よく来たな、女]


 突如、背後に並々ならぬ気配を感じ、黒子はゾクっと背筋を凍らせて振り返る。


「っ!?」


[いや、我が主君、アスタロト様]


 そこにいたのは、明らかに人間ではない謎の生物。神話に出てくるドラゴンを思わせる頭部に、絵に描いたような悪魔をデフォルメ化させた胴体、大きさは黒子の頭くらい。手には小さな三叉を持っている。

 異形チックなその姿は、まさしくこの世のものとは思えない生物だった。


[3000年の時を経て、お迎えにあがりました]


 ペコリと竜悪魔がお辞儀する。一方、黒子はというと。


「分かりました!これはドッキリ企画ですね!」


 パニックが最高潮にまで達した黒子は、目をグルグルと回転させ、目の前の非現実を現実に結びつけようと努力した。


「何ですか部長!動画撮るなら早く言ってくださいよ!確かにホラー企画ならバズること間違いなし!廃部帳消しも目前ですね!」


 うんうんと頷く黒子は、正気ではなかった。

 

「あなた、もしや幽霊のオカ研三人目ですか?名前は存じ上げませんが、部長に付き合わされて大変ですねー。どうやってこの人形を操作してるんですか?ドローン的な何か?」


 ニコニコと狂気の笑みを浮かべ触れようとするが、黒子の指は悪魔の身体をスッと通り抜けた。


[申し訳ございませんアスタロト様。我が身、今世への顕現はまだ不完全なもので、うまく実体化できていないのです]


 悪魔のその言葉で、黒子はニコニコしながら濁流のような汗を流した。


「これは夢です!ただの悪夢です!」


 なんとか現実に納得するために、黒子は最終手段に出る。


「うんうん。夢なら頬をつねっても痛くな……痛あぁぁぁーい!!!」


 テンプレかのように頬をつねその痛みに悶絶する姿は、傍から見れば不審者そのものである。実証をしない方が身のためだった。


「くっ、ここは腐っても現実のようですね!!!」


 実証が不可能となり悔し気に捨て台詞を吐く黒子。黒子のメンタルはもう限界だった。


[アスタロト様、さっきから何を仰っているのですか?]


「何って?あたしはあなたがUMAである事を確信したのとこの先の生命の危機で絶賛絶望中ですよ」


[それに、今更ですが以前までの威厳ある口調はどこに……]


 と、突然ブルブルと頭を抱え震え始めた悪魔。


[まさか、生まれ変わった際に記憶をなくされた!?いやいやいや私の詠唱は一言一句違わずに唱えたはず……]


「一人で何混乱してるんですかー?」


 蚊帳の外状態の黒子はジト目で問うも、悪魔は聞く耳を持たない。


[おかしい、私は転生の儀の際に、代償オプションがエグい来世でも記憶ありますよプランを悔しながらに選択したはずなのに!!!]


「異世界転生モノの小説ですか?」


[となると、この者はアスタロト様であってアスタロト様ではない……]


「さっきから何を言ってるかわからないのですが、あなたはひょいっとしてひょいっとしなくても呪いをもたらす悪魔ですよね?」


[やはり、長年あなた様を側で支えた私を、あなた様のわがままを一心で応えた私を覚えておられない!]


「知らんねーですよ!呪いは早々に祓っちゃいましょう!!!」


 と、黒子は偶然傍に落ちていた箒を手に取り、勢いよく悪魔に振り落とした。


「てえい!!」


 が、箒は悪魔をスカッとすり抜け、床と衝突した鈍い音が教会に響く。



「そ、そうでしたぁ……」


 黒子は生粋のバカである。


[仕方あるまい]


 口調が変貌し、目つきもギョッと重々しくなった悪魔。何かを話そうと一瞥したその視線の先では、


「命だけはご勘弁を!!外の部長は串刺しでも炎の海にブチ込むでもどうとでも構いませんので!!!」


 お手本かのような綺麗な土下座を決め込んだ黒子がいた。


[おいバカ女]


「はひっ!」


 悪魔の呼ばれ、黒子はバッと跳ね起きる。


[お前に一つ、我から伝えねばならんことがある]


「余命宣告ですか!?でしたら外にいる部長から命を頂戴して頂ければ……」


[ええい黙れ!!!]


 話を遮られ、黒子は目を点にする。


[心して聞け。貴様は魔界を統べし偉大なる大悪魔、アスタロト様の生まれ変わりである]


「はい?」


[理解できずとも良い、我は虚言など吐いておらぬ。これはれっきとした事実だ]


「理解する気は毛頭ないですよ。何言ってるかわからないんで」


[我が名はミミック。偉大なるアスタロト様に仕えし悪魔だ]


「話聞かないですねこの方」

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