#6-4「バトルマニアと職務放棄と、時々、兵器」

 人ひとりの身丈ほどある巨大なノコギリが、ワイヤーで絡め取られて宙を舞った。

 紫色の電光を纏った蹴りが横一文字に流れ、重装備に包まれているガードマンを、腹からくの字に折って吹き飛ばす。

 私と相対しながら、彼は300名のガードマンを全て制圧した。

 私の攻撃を凌ぎつつ、他の刺客を10名、20名、50名と瞬く間に削ったのだ。

 ガードマン達は灯籠機関が擁する、強力な篝火イグニスを有した精強な兵士達だ。

 十把一絡げに倒される様な雑魚ではない。

 そんなガードマン達が、たったひとりの少年によって為す術も無く敗北した。


「結局……楽しめそうなのは、アンタだけか」


 少年は私に背を向けたまま言う。

 1年前にアフガンの紛争地帯で、戦火散らす両陣営を単身で壊滅に追い込んだ少年が居たと聞いている。それが決め手となって、紛争は終わったとも。

 半年前に、ラスベガス最強として名高いヴェリタスユーザー『白帝はくてい』が屠られたと耳にした。白帝殺しを為したのは、黒衣の少年だったという。

 眉唾な話だと思っていた。こうして彼と相対するまでは。


「君は何者だ?」

「人の事を尋ねる時は、まず自分から名乗れよ。アンタ俺より年上だろう?」

「……灯籠機関所属、コードネームは暗兎だ」


 私は脇下のホルスターへ手を伸ばしつつ、彼から目を逸らさずに間合いを測る。

 黒衣の彼は、私の名乗りを聞くなり、左手に紫電を纏わせて振り向いた。


「藤堂紫苑だ」


 彼の、藤堂紫苑の左手が私に向かって人差し指を向ける。


「【紫電フルグル】──『高圧放電ダウンフォール』」

「【グラウンド・ゼロ】!」


 【グラウンド・ゼロ】は、私に襲い掛かる篝火イグニスを全て掻き消す。

 紫苑が放った強烈な電光は、私に触れるなり雲散霧消した。

 大抵の篝火イグニス使いは、ここで戸惑い刹那の隙を晒す。篝火イグニスを無効化する篝火イグニスの使い手は、そう多くないからだ。

 その隙を狙うつもりだった。ホルスターから取り出した拳銃で彼を狙い撃つ。

 紫苑はそれすら即応してジグザグに駆け出す。平然とした様子で彼は呟いた。


篝火イグニスの無効化か。珍しいな」


 私が驚き戸惑う間もなく、距離を詰めた紫苑にナイフの横薙ぎ一閃で応じる。

 そして紫苑の姿は眼前から消えていた。

 やはり彼は戦い慣れている。私が灯籠機関のエージェントとして戦ってきた誰よりも、戦闘の才に特化しているかもしれない。

 そんな思考に浸る暇は、その後いっさい存在し得なかった。

 紫苑は頭上の空中に立っていた。

 夜空をバックに立つ彼の足元で何かが煌めく。瞬時に銀色のワイヤーだと判じた。

 彼は力を抜いて真横に倒れる。そこから体幹と慣性を使って縦横無尽に加速した。まるで突風が全方向から私めがけて刺さるように、蹴りと殴打とワイヤーによる斬撃が迫る。横っ面、脇腹、足元、脳天、首の裏、腹部、腰元、顎下など、無数の手数があらゆる角度から襲い掛かる。

 間隙は許されない。一瞬でも動きを緩めれば持っていかれる。

 しかし──結果として私は凌いだ。

 蹴りを殴打をワイヤーの乱舞をナイフ1本と我が身ひとつで凌ぐ。いつもより幾分ハードな仕事だが、それだけだ。

 背後からの手刀を屈んで避ける。首元への蹴りを仰け反って躱す。ワイヤーは特製のナイフですら切れない。だが阻むには充分だ。逸らし、反らし、弾き、打ち払う。

 暴力の嵐が止んだ頃に、口笛が聞こえた。

 背後に気配を感じた。その気配は私の肩に腕を回す。まるで旧知の親友めいて振る舞う少年のこめかみに、私は銃口を向けた。

 拳銃の先を当てられたまま、紫苑は問い掛ける。


「しかも素の戦闘も相当に遣えるらしい。最高だよ。アンタ、何者だ?」

「それは此方の台詞だよ、少年」


 自慢でないと言えば嘘になるが、灯籠機関で私よりもCQCに長けたエージェントは居ない。その上で【グラウンド・ゼロ】によって、篝火イグニス無しのコンバットもしくは銃撃戦を強要する。私が灯籠機関で最強と称される所以だ。

 そんな私と互角に打ち合う、この少年は──……藤堂紫苑という男は、何者だ。

 間違いなく、私が相対してきた誰よりも強い。そう直感した。

 しかし相手がアフガンの紛争を終わらせ、ラスベガスで白帝殺しを果たしたという怪物なら、それも合点が行くだろう。


「暗兎、アンタとなら最高に狂えるかも知れない」

「藤堂紫苑、君は世界の秩序を……灯籠機関を壊すかもしれない」


 この少年を野放しに出来ない。彼の強さは容易く世界の秩序を掻き乱す。やろうと思えば、灯籠機関ですら蹂躙されるだろう。勝敗は分からないが、きっと黒澤弥五郎だいだらぼっちとさえ渡り合う。

 だが私なら殺せる。灯籠機関の中で、きっと私だけが彼を打ち倒せる。

 そこまで思い至って私の指先は力を失った。ナイフが足元に落ち、両腕は垂れる。

 強張っていた肩も下がる。脱力感と共に、戦意が漏れ出ていく。

 臨戦態勢を解除した私に、紫苑は再び問う。


「何のつもりだ?」


 これは灯籠機関の人間として、あるまじき判断だ。そう分かっていても、私という人間は、魂まで傀儡に堕ちきれなかった。

 この少年は今ちょうど白い檻を打ち砕いてみせた。その元凶である黒澤弥五郎だいだらぼっちすら討ち果たすかもしれない。言ってしまえば理不尽という鎖を断ち切る、更なる理不尽そのものだ。

 今にして思えば、私はこの瞬間から賭けたくなっていたのだろう。


「賭けてみたい……君という理不尽が、全てのしがらみを打ち壊す可能性に」


 どこへなりとも行くが良い、と伝えた。

 聞き届けた彼はしばらく無言で居たが、やがて私の肩に回していた腕を離し、仮面を外しながら溜め息をつく。

 すっかり冷めてしまったと言わんばかりのやるせない様子で、胸元のポケットからタバコを取り出す。小さな箱から取り出された黒いタバコの先に、指を鳴らした拍子で散った紫電によって火が灯る。


「何の話か知らないが……ノれない奴を無理やり誘っても、愉しめやしないな」


 まさにその時だ。

 不完全燃焼な心持ちを煙と共に吐き出す彼の背後で、ゆらり立ち上がる小柄な少女が居た。

 私と紫苑は、ほぼ同時に幽鬼が如く佇む少女へと振り返った。


「襲撃者……強大な、脅威……」


 少女は瓦礫の中から獲物を拾い上げる。それは先程までガードマンの1人が持っていた、人の身の丈ほどもある巨大なノコギリだ。

 ノコギリは月下に振り上げられ、プラチナブロンド色に垂れる髪の合間から、赫々と双眸が輝いた。無機質な殺意と、狂気の果てに堕ちた虚無感を伴って。

 同時に赤い濁流が溢れ出て襲い掛かる。


「……殺さないと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る