#6-2「ウェミダー!!」

 どこまでも突き抜けていく様な、爽やかな青空。

 燦々と眩しく降り注ぐ日光。

 刺さる陽射しを照り返す真っ白な砂浜。

 そしてエメラルドグリーンの大海原に、寄せては返す波打ち際。


「海だッ!」

「真夏の砂浜だぞ!」

「海水浴日和ですね!」


 潮風と共に爆ぜる飛沫が、テンションアゲアゲで飛び跳ねるオレ達を出迎えた。

 オレはオレンジ色の海パンで、透狐はパレオが付いた黒い水着に麦わら帽子という姿で、蛭は何故かスク水で砂浜へ躍り出る。

 しかも蛭の胸元にひらがなで「ひる」って書いてある。誰が用意したんだよ。


「私だ」

「オマエか! いつの間に!」


 ドヤ顔で言うザイツェフにツッコミを入れた。

 ザイツェフはピッチピチのブーメランパンツを着用している。正直キッツイなあ。

 紫苑は黒い海パンにアロハシャツを羽織っていた。彼は無造作にビーチパラソルを開いて、砂浜に突き立てた。それから彼はビーチチェアをパラソルの日陰に置いて、腕組みしつつ満足気に頷く。

 ザイツェフは慣れた手際で簡素な屋台を砂浜に立てる。それからオレの方に手招きした。何かと思って駆け寄ってみれば、屋台に備えられた鉄板の下を指差している。


「一馬クン、火を点けてくれないか?」


 オレは言われるがまま、拳を握る。

 握った拳を開き、掌で燃える黄色い火炎を……小さく【エルドラド】を鉄板の下に置かれた煉炭へ灯す。ザイツェフは満足気に頷く。


「ありがとう、良い火加減だ」


 それからザイツェフは鉄板の上にゴマ油を撒いた。

 敷かれたゴマ油の上に、色艶を見せ付ける黄色の縮れ麺がブチ撒けられた。

 白い蒸気を景気良く噴き上げる。麺が炒められる音にテンションも上がる。そこへ更にザイツェフが深い褐色のソースを振りまく。鉄製のヘラが麺を弄ぶ度に、麺が小麦色にドレスアップされる。

 濃厚なソースの香りが、鼻腔から脳髄を刺す。有無を言わさず、食欲を煽った。


「夏のビーチと言えば……これだろう!」

「最高だぜザイツェフ!」


 真夏のビーチと言えばヤキソバが欠かせない。

 オレ、透狐、蛭、紫苑と、ついでに何故かパスモも、安っぽい透明なプラスチックの容器に盛り付けられたヤキソバをザイツェフから受け取る。

 割り箸を分ける小気味良い音が4人分、ほぼ同時に浜辺へ響き渡った。


「狂う!」

「さすが師匠……適当なヤキソバですら美味しいです!」

「紫苑、そんなにヤキソバって味が変わるのか?」

「言うな、こういうのはノリとテンションが大事だ」

「はっはっは……こう見えてお焦げの付き具合に拘っているんだぞ?」

オィイィエゥおいしいです……」


 ザイツェフ以外のオレ達が仲良くヤキソバを喰らう。

 祭りの露店だと、お焦げに気を使いすぎてベッチャベチャな焼き蕎麦が多い。それもまた味だと思うし、それはそれで美味いと思う。

 けれど流石はザイツェフだ。貧乏舌なオレにも分かる程、お焦げとベッチャベチャに浸したソース部分の兼ね合いが絶妙だ。


「安っぽい美味さまで絶妙なのが逆に狂うわ、チクショウめ、流石『そば処こやま』だな!」


 ここに岩猿が居れば、もっとウィットを交えた語彙でオレ達を笑わせただろうか。

 そんな考えが脳裏を掠めた。それと同時に、照り付ける陽光も浜辺の爽やかさも嘘だった様に寒々しく染まる。ヤキソバで舌鼓を打つ他の連中へ、それを言うワケにもいかないが。

 4人とも焼き蕎麦をさっぱりと平らげた後、オレは露店の前で、ザイツェフと2人きりになったタイミングで尋ねる。


「結局のところ、ザイツェフ……お前は何者なんだ?」


 ザイツェフは鉄板の汚れを、黒いヘラでこそぎ落としていた。

 オレの問いと共に手を止める。剣呑な視線をオレに差し向けた。


「いくら岩猿が贔屓にしていた情報屋でも、お前は黒澤會に詳し過ぎるだろ」


 なぜ喰蛇が現れた時に、都合良く紫苑と蛭が居なかったのか。

 それは黒澤會の幹部が、別の場所に居るらしいとザイツェフが話したからだ。

 だから我先にと食い付いた紫苑と、彼に従う蛭は、実際に喰蛇が現れた現場へ辿り着くのに遅れた。

 結論から言うと、オレは疑っている。

 ザイツェフは他の情報屋よりも黒澤會に詳しいし、ザイツェフがリークした情報によって、結果的に岩猿が死んだ。


「つまり私が……黒澤會と内通しているのではないか、と疑っているのだね」


 オレが二の句を継ぐより早く、ザイツェフが代弁した。

 先回りされて黙り込むオレに、彼は鼻で笑って見せる。それから再び鉄板へ視線を戻して、手元のヘラを動かし始めた。鉄板にこびり付いた焦げ跡が、ガリガリと削り落とされていく。


「私は所属の、コードネーム『暗兎あんと』だ」


 さらりと放たれた単語に困惑する。

 今の警察は篝火が絡む犯罪に対応しきれていない。なのに日本が依然として「世界で最も安全な国」として秩序を維持できているのは、なぜか。

 世界を股にかけた組織である『灯籠機関とうろうきかん』が、篝火使いによる犯罪を取り締まっているからだ。


「はっはっは、安心したまえ。少なくとも今は……キミ達を捕えるつもりは無いよ。あくまで私の任務は、八咲禍魂やさかのまがたま八汰鏡やたのかがみの回収だからね」


 戸惑うオレをなだめるように、ザイツェフが穏やかに笑う。

 八咲禍魂やさかのまがたまという言葉に聞き覚えがある。そうだ確か喰蛇くいばみがそんな事を言っていた。アイツの目的は、蛭に埋め込まれたソレを奪う事だったハズだ。


「色々と聞きたい事はあるけどよ、ザイツェフ、お前も蛭のソレを、八咲禍魂やさかのまがたまとやらを狙っているのか?」

「最初はそのつもりだったがね。あの藤堂紫苑が居ては、迂闊には手を出せないさ。それに……」


 言葉を切ったザイツェフは、波打ち際ではしゃぐ透狐の方へと視線をやった。蛭と水を掛け合いながら笑っている。


「私も歳を食ったかな。君達を見ていると、そんな野暮な真似をする気になれない」

「ザイツェフ、お前……何を知っているんだ?」

「そうだな。キミも知っておくべきだろう」


 白く舞い上がった水飛沫が、宝石の様に煌めく。

 ザイツェフが目を細めたのは、その眩しさにだろうか。

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