理不尽

理不尽

「この問題を作ったのは誰だあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ！！」

　突如、ティラノサウルスのような絶叫と共に、ハートマン軍曹のような女性が職員室の扉を蹴破ってきた。

　ちょうどテストの採点が終わってのんびりした雰囲気だった職員室は、突然の闖入者に騒然となった。

「ちょっと、どこのクラスのお母さんよ」

「5年2組だって」

「5年生の算数は辻井先生だ」

「辻井です」

「貴様かぁぁぁぁっ！　このような理不尽なテストを作った腐れ外道はぁぁっ！！」

　母親は辻井先生の前に、娘の算数テスト答案を正拳突きのような勢いで目の前に突き出した。

　テストは全体的に×が多く、赤点も免れない散々な結果だったようだが、母親が憤っているのはたった1つの問題だった。

『以下の問題に答えなさい

　今年、太郎さんと花子さんの夫婦は誕生日を迎え、太郎さんは花子さんの3倍の年齢になりました。それと同時に、JRの「フルムーン夫婦グリーンパス」を使えるようになりました。

　花子さんが生まれたのは西暦何年でしょうか』

　なお、テストの回答欄は空欄だったので、答えられなかったようだ。

「この問題のどこが理不尽とでも？」

「問題そのものがアリエナイでしょっっ！！　どこの世界に66歳のジジイと結婚する22歳の女の子がいるワケ！？　犯罪よ犯罪っっ！！　66歳と22歳の夫婦なんて存在しないから、この問題は成立しないっっ！！　ゆえにっ！！　『答えは存在しない』が正しいっっ！！」

「これは算数の問題なので、現実にこのような夫婦がいるかは関係ありません。それに、計算すればきちんと答えは出ます」

「そういう問題じゃないって何度言えばわかるんだこのブサイク中年教師が！！　私は娘の将来のインテリジェンスに関わる高尚な話をしていらっしゃるの！！　うら若き20代の女性がデブでブサイクでハゲで《検閲削除》な66歳のスケベオヤジと無理やり結婚させられるのは男性による女性への搾取であり、世界的な人権の観点から見ても男女平等を定めた憲法違反であることは疑いようのない事実！！　今すぐこの場で土下座して謝り、問題を正解としなければ今日中にでもこの学校を国連人権裁判所に訴えてやるぞ！！」

「いえいえ、例え世間一般で合計88歳の夫婦が違法になるという事実があるとしましても、算数の世界の中にその法律が適用されるとは言えませんし、結婚するしないはこの二人の自由ですから。これは算数的な多様性なのです」

「黙れ黙れ！！　SDGs精神の欠片もない変態糞教師め！！　貴様のような罵詈雑言を聞いて娘が授業を受けてたと思うと反吐が出るわ！！」

　怒り狂う母親と、対抗してジークンドーの構えを見せる辻井先生……

　今にもカンフー映画が始まりそうな雰囲気に、ほかの先生たちは迷惑そうな表情をしていると、騒ぎを聞きつけて校長先生がやってきた。

「なんだね、この騒ぎは？」

「校長！　生徒の母親と辻井先生が喧嘩してます！」

「なに、それは一大事だ！　二人とも、喧嘩はやめて仲良くしたまえ！」

　『小学校の総理大臣』の異名を持つ校長先生が、威風堂々と二人の間に割って入る。

「校長、じつはこちらのお母さまが、年齢の合計が88歳になる夫婦は違法であるという理不尽なことを」

「なるほど、よくわからないが確かに理不尽だ」

「お前が校長か！　随分と偉そうだな！　このロリコン教師はなぁ！　22歳になったうちの娘と結婚する妄想をした犯罪者なんだぞ！！　私の要求に従い、娘の算数のテストを満点にして、この教師をクビにしろ！！　さもなくばこの学校の校長がヅラだとバラしてやる！！」

「なるほど、よくわかった。辻井先生、今日からクビね」

「えー」

　こうして、ヅラとばらされたくない校長の采配により、職員室の戦いは母親の勝利に終わった。

　辻井先生はクビになったが、ほかの先生たちも呆れてしまい、翌日には3名の先生が辞表を提出したという。

　この3人の先生のうち、国語の先生は社会の先生の2倍の年齢で、もう1人の理科の先生と合わせて年齢の合計が88歳になり、かつ3人の先生の年齢がそれそれ同じではないとき、先生たちの年齢の組み合わせは何通りあるでしょう？

＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝

作中問題の回答

https://kakuyomu.jp/works/16816927861648635674/episodes/16816927861650455658