第三章 記録する者

第16話

 姫野の無茶が通ってテレポートが成功したのにも驚いたが、編集部に残っていた由良が、


「いらっしゃい。そろそろ来る頃だろうと、毎日首を長くして待ってたんだ」


 そう言って笑顔で迎えてくれたのにも三人は驚いた。


 もはや確かめるまでもなかった。なにもかも事情を心得ているらしい由良の言葉と態度を見れば、彼が番組で語ったのは作り話などではなかったのだ。


 古い洋館のなかは、大正ロマンの趣のある外観とはまるで違っていた。もともとあった年代物の調度品やアンティーク家具などはすべて二階に上げてしまい、一階をオフィス用に改装したのだと由良は言った。

 無味乾燥な造りのフロアは、編集部と聞いて誰もがイメージする程度には散らかっていた。整理前の書類や本、今夜はもう帰宅した社員の私物で雑然としたスペースの一角━━パーテーションで仕切られたミーティングルームに、竜馬たちは通された。


 大きなテーブルを挟んで、由良の向かいに並んで座る。


「今度は私が答える番だね。何が知りたい? 言ってみて」


 由良が三人を促したのは、彼に問われるままにそれぞれが自分の体験を語った後だった。


 竜馬も一巳も姫野も、出されたペットボトルのお茶をまだ手に取ってもいなかった。わからないことだらけで不安な気持ちや納得のいかない気持ちで、心が張りつめている。

 今日も黒ずくめの由良の片方だけ覗いた右目には、とらえどころのない笑みが浮かんでいた。どうやら多くのことを理解しているらしい彼を前に、竜馬は自分のなかに真実を知るのを恐れる感情があることに気がついた。

 一巳や姫野もきっと同じだ。

 複雑な思いを最初に口にしたのは、一巳だった。


「どうして俺たちなんですか?」


 由良の答えは明解だった。


「血筋だよ」


 プレイヤーは、かつて戦った者たちの血を引いた人間から選ばれるという。


「ただし、同じ血は流れていても、能力者として覚醒できる者は限られているんだ」


 次々と神隠しに遭った候補者は、姿を消している間に適性を試されたのだ。


「三人は合格ってことだね」


 由良によれば、いずれ子孫の誰かが選ばれるかもしれない因縁を秘かに伝え、受け継いできた家があれば、まったく事情を知らない家もある。前者にあたるのが竜馬の真白家と一巳の藤原家、後者が姫野の家だ。


「だからこそ、一巳君のお祖父さんは君たち二人を引き取り、鍛え上げたんじゃないのかな。いずれはすべて打ち明けるつもりでいたんだよ」


 竜馬は思う。両手に宿っていたあの熱いムズムズとした感覚は、もしかしたら力が目覚める兆しだったのかもしれないと。


 姫野が恐る恐る手を挙げた。


「僕の力って戦闘力ゼロですよね。必要あるんですか?」

「もちろん必要だよ。もともと人一倍感度の良かった聴覚を生かして、敵の気配まで察知できるようになったんだから」

「え……?」

「第六感的な新しいルートが開いたんだ。いずれそのうち何かが起こりそうな場所を、事前にキャッチできるようになるんじゃないかな。有能なるナビ役だ」

「ナビ……」

「テレポート能力を使えば、君は竜馬君たちをその場所に連れて行けるし、そこから逃がすこともできるだろう?」


 由良の説明に神妙な態度で聞き入っている姫野は、役に立てて嬉しいという顔はしていなかった。「そんな力、やっぱりいらないなあ」と、心の呟きが書いてあった。


「その敵っていうのは? 突然襲ってきた山犬の化け物はなんだったんだ?」


 竜馬が一番聞きたかった質問をした。

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