第15話

 やはり身体が戦いの興奮と衝撃を覚えているのだろう。一巳は反論しなかった。


「裏歴史ってなんですか?」


 竜馬の説明を聞いた姫野も驚きはしたものの、呆れることも馬鹿にすることもなかった。すぐに真面目に考え込む顔つきに変わった。


「唯一手がかりと呼べそうなものってことですよね……」


 姫野はそう呟くと、枕を抱えたまま、ふいに竜馬と一巳の方へと身を乗り出した。


「だったらすぐ会いに行きましょう!」


 目線で「誰に?」と尋ねた二人に、「決まってるでしょう。そのオカルト雑誌の編集長さんですよ」と返ってきた。


「だって、裏歴史についての情報が聞けそうな相手って、今のところその人だけでしょう?」

「会おう」

 竜馬が答えるより先に、一巳が頷いた。


(一巳?)


 オカルトを信じていなくても、体験したことは現実として素直に受け入れる余裕も強さもある。そんな一巳が心なしかひどく思い詰めた表情をしているように見え、竜馬はふと不安になった。

 黙り込んだ竜馬に一巳が言う。


「もしまた、さっきみたいな化け物に襲われたらどうするんだ? こんな疑問だらけの状態で戦うのか? 死ぬかもしれないのに?」

「……わかった。会いに行こうぜ。編集長の人、確か由良さんって言ったっけ?」


 竜馬は画面越しにこちらに向かって指を突き付けた、由良を思い出していた。痩せぎすで長身の、全身黒づくめコーデの、長い前髪から片目だけ覗かせた……。

 こうなってみると、どこか正体のしれない怪しげな雰囲気を漂わせた男ではある。


 竜馬は気持ちに弾みをつけたくて、勢いよく立ち上がった。尻の土や雑草の切れ端を払い落とす。


「今すぐにと言いたいとこだけど、そうもいかないよな。まずはあの雑誌がどこから出てるか調べないと。明日にでも三人で編集部に押しかけようぜ」

「出版社ならわかるぞ。『株式会社やおよろず』って、一度聞いたら忘れられない名前の会社だ」と一巳。

「『アトランティス』という雑誌は、江戸時代以前から、名前を変え形を変えて現在まで続いてるんだそうだ」

「へぇ。意外。すげぇ歴史があるんだな。来年には消えててもおかしくないサブカル本だと思ってた」

「それでたまにテレビやネットで取り上げられるんだが、よく話題になるのは社屋として使ってる建物の方だ」

「なんか変わってんの?」

「神社でもないのに門が鳥居もどきの形をしてるんだ」

「あっ! それなら僕も知ってます!」

 姫野の睫毛の長い大きな目が、パッと丸くなった。

「街歩きの番組で何度か見ました。どことなく邪悪な感じがする門なんですよね」


 門の上に、人の目を引く異様なものが付いているという。大人が抱えるのがやっとの太さの角が二本、にょきりと生えている。見る者に禍々しい印象を与える黒い角だ。


 社屋もビジネスビルとはまるで違う、窓にはステンドグラス、屋根には暖炉の煙突があるような、蔦が壁を這うにまかせたレトロな洋館だ。やはり相当に築年数が古いらしい。


「僕も知ってる場所なら、たぶんすぐに行けますよ」

「無理だろう。山を下りるのだって時間がかかるんだぞ。場所もこことは都内の端と端で離れているし」

「この時間じゃ、バスも電車もほとんど止まってる」

「関係ないですよね」

「なんで?」


 姫野が自信たっぷりに竜馬と一巳にした提案は、とんでもないものだった。彼は「三人でテレポーテーションしましょう」と言い出したのだ。


「編集部って夜中まで仕事してるんでしょう? もし、編集長さんがいなかったら帰ってくればいいんだし」

「そういう問題じゃない」と一巳はため息をつく。

「だってこのままじゃ、気になってとても眠れませんよ。藤原会長も真白先輩もでしょう?」

「俺たちも一緒に瞬間移動できる保証はないってことだよ」

 竜馬が一巳にかわって説明した。


「きっと大丈夫です」


 姫野は腕のなかの枕を、得意そうに二人の前に差し出した。


「この枕も僕と一緒に飛んでこられたんです。僕が先輩たちをぎゅっと抱きしめて能力発動したら、成功するはずです」

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