第9話「因縁」

 かつての宿敵の出現に、思わずリュウは驚き、混乱していた。


 何故!?

 魔王が!?

 こいつは死んだ筈!

 そして何故?

 どうして魔族が、よりによって天界に!?

 全く、わけが分からない!


 もしかして、見間違いか!


 いや、こいつの顔、間違いない!

 忘れようにも、絶対に忘れられない。

 命を賭して、相討ちに持ち込んで、世界を救うために屠った相手なのだから。


 血色の良い、小さな顔。

 美しいさらさらの金髪が、肩まで伸びている。

 

 鼻筋がすっと通り、切れ長碧眼の涼し気な目元。

 形の良い唇。

 パッと見、20代半ば。

 悔しいが、相変わらずカッコよい。

 どんな男でも、つい妬んでしまうくらいに……


 こいつが何故!?

 天界に居る?

 何故!?


 リュウはもう我慢し切れず、大声で叫んでしまう。

 天界のオフィスに、野太い声が響き渡る。


「て、て、てめぇはぁ!!!」


「これ、リュウ! 場をわきまえなさい、静かにっ!」


 キッと睨み、リュウを叱ったのは、スオメタル。

 先程、リュウを小馬鹿にしたアールヴの女神である。

 

 しかし!

 この注意に「待った!」が掛かる。


「あら、スオメタル、何言ってるの? パパは全然悪くないもん。部長がセッティングしたサプライズなんだから」と、メーリ。


「そうだ! ふたりの宿命を考え、この熱い『対決シチュエーション』なら、大声を出しても仕方がないぞ」と、グンヒルド。


 先程リュウが挨拶した際に、好意を見せてくれたふたりの女神が、すかさずかばってくれた。


 2対1……

 予想外の展開と思ったのか、スオメタルは悔しそうに唇を噛む。


「くっ! ふたりとも、何故? こんなおっさんの味方を!」


 無念そうなスオメタルは、更に強くリュウを睨み付けた。

 どうやら……リュウがこの課へ来る前に、複雑な人間?関係が出来上がっているようだ。


 しかし、課を預かる管理神ルイは全く動じていない。

 それどころか、煽る煽る。

 課の秩序とバランスを守る管理職の筈なのに、まるで、アジテーターだ。


「うんうんうん! 元勇者リュウ君対元魔王君の対決で、課内の全員に火がついてすご~く盛り上がってきたねぇ。さあ元魔王君、改めて自己紹介してくれるぅ? リュウ君を、ガンガン挑発しても構わないよぉ」


「分かりました、『大』部長。じゃあ、改めて自己紹介しまっすね。俺は元魔王のベリアル。天界で魂と身体を完全修復して貰いましたっす」


「て、てめぇ!」


「そしてぇ、すご~く不本意ながらぁ、……そこのくそ汚いおっさん勇者より、格下のD級神っす」


「あはは、ベリアル君。今後は一生懸命、頑張ってさ。同期のC級神リュウ君と切磋琢磨してくれる? 君も早くC級に上がれるようにさぁ」


「はぁ? このおっさんが同期? とんでもないっす! それに俺、C級のカスランクなんか眼中にないっす。美しいスオメタル様を目標にして、早くB級神になりたいっす」


 元魔王――ベリアルは、リュウに向かって、「べぇ」と舌を出した。

 まるで子供のような挑発だが……

 リュウは、完全に頭に来たらしい。


「てめ、魔王! 貴様、言葉遣いが完全に変わってやがるじゃね~か!」


「はははっ、俺はお前が言うみたいにアホじゃない、賢いんだ。ここは天界だろう? 長いモノにはなぁ、巻かれろなんだよ、バァ~カ」


 ぶっつん!


 音は、実際にしなかった。

 幻聴だと思われる。

 だが、その場に居た者は全員、リュウが「切れた」音を聞いたのだ。

 

「……ルイ様、こいつ、もう一回、思いっきりぶち殺して良いですか?」


 やけに冷静な口調で、許可を求めるリュウの願い……


 さすがに……

 そろそろ、潮時だと思ったのだろう。

 面白がって笑っていたルイが、手を横に「ひらひら」振った。


「まあまあリュウ君、そこらへんで。君はベリアル君より格上なんだから、許してあげなよ」


 執り成そうとしたルイであったが……

 切れたリュウは、簡単には収まらない。


「いえ! 許せません! こいつは、絶対に!」


 ここでまた衝撃の事実が!

 ルイは「しれっ」と告げたのである。


「だってさ、リュウ君のデビュー戦、すなわち初仕事の相手とは、喧嘩しちゃ、だ~め、駄目だよぉ」


 ルイの言葉を聞き、それまで余裕だったベリアルも目を丸くした。

 リュウとベリアルが組む事を、ルイは双方へ全く伝えていなかったのだ。


「「初仕事!?」」


「そうだよ~ん!」


 またまた「しれっ」と言うルイ。

 こうなるとは、話が違う。

 ベリアルもリュウも、OK出来るわけがない。


「はぁ? こんなおっさんと組んで初仕事なんて、ぜんっぜん、聞いてないっすよぉ、大部長」

「悔しいが、魔王と同じく、だ。……く、くそっ!」


 馬の耳に念仏?

 そんなルイは、


「あれぇ? 言ってなかったかなぁ? うん! それにねぇ、今日からこの課は隊に格上げされるんだぁ! 正式名称がHeavenly special wrestling partyとなるんだよ~ん」


「「「「「えええっ!?」」」」」


 Heavenly special wrestling party?


 今度はルイ以外、その場に居た全員が驚いた。

 そのルイは、悪戯っぽく笑う。


「そう! 通称H・S・W・P! 新メンバーがふたりも増えて、使える予算も大幅ア~ップ。当然、給料も大幅ア~ップ! まあ、その分、仕事も派手にハードになったよ~ん!」


「「「「「「えええええ~っ!!!」」」」」


 オフィスは、更に大きくどよめいた。


「今迄の地味なサポートだけじゃなくってぇ、凶悪なドラゴンに、冷酷無比な悪魔退治とかぁ、大きな天変地異に困る人達もどんどん救いに行くんだよ~ん! さあさあ、たった今から我が課は、何でもありの天界特別遊撃隊、H・S・W・Pとなりますよ~ん」


 天界特別遊撃隊!?

 H・S・W・P?


 何?

 そのだっさい名前?

 ルイ部長……いや隊長か……

 どうせ、SWATとかに影響されたのに違いないが……

 センス最低!


 現実を驚いて受け入れながら、この場に居た全員が思ったに違いない。


 こうして……

 天界、神様連合の後方支援課は……

 元勇者、元魔王という強力?な新メンバーを加え、

 H・S・W・P、つまり『天界特別遊撃隊』として、再出発の日を迎えていたのであった。

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