第8話「サプラ~イズ」

 後方支援課のオフィス内で、大きな声で悲鳴が上がった。

 

 だが、何と!

 顔をしかめて声を出したのは……リュウの方である。

 握手の際に、グンヒルドの入れた力が、リュウの手を「ぎしぎし」ときしませたのだ。


 だが、グンヒルドは謝るどころか、豪快に笑う。


「はっはははははっ、リュウよっ! まだまだ鍛え方が足りないぞっ! ではメーリ課長っ!」


 グンヒルドが「さっ」と退き、最後に紹介されたのは……


「とてとてとて」と、歩いて来て……

 リュウに向かって、小さく華奢な手を、軽く左右にゆっくり、ふ~わふわ振った。

 一見幼女? と思えるような風貌の、小柄な少女である

 

 身長は僅か、120㎝くらいしかない。

 シルバープラチナの髪に真っ赤な瞳。

 肌は不自然なほど、真っ白だ。

 風貌が魔族にも見えるこの少女も、元精霊の女神なのである。

 ルイによれば、彼女は防御と回復の魔法の達人だという。


「うふふ、私は後方支援課、課長のメーリ、A級神よ。宜しくね、パパ」


「パパ?」


 パパ?

 リュウにとっては、懐かしい呼ばれ方であった。

 

 前世に残して来た、愛する娘を思い出し、リュウは少し切なくなる。

 でも、初対面の女神が自分をそう呼ぶなんて、一体どういう事だろう?


 不思議に感じたリュウが、思わず首を傾げると……

 メーリはあどけない子供のように、「にこっ」と笑う。


「うん、リュウはね、私のカッコいいパパにそっくり、逞しいところが凄~く似ているの。だからパパ」


「…………」


 パパと、いきなり呼ばれた理由は分かった。

 メーリの父親に、リュウは似ているらしいから。

 でも普通、初対面の男をパパと呼ぶだろうか?

 この女神も他のふたり同様、キャラが相当立っているようだ。

 

 つらつら考え込むリュウを見て、メーリはまた微笑む。


「ところで、パパ……メーリの後輩は貴方の事、ちゃんとお世話したかしら?」


「え? 後輩? ……って、誰ですか?」


 リュウが分からずに、首を傾げると、メーリの頬が「ぷくっ」と大きく膨らんだ。


「ほらぁ、創世神様の巫女で看護師のシャルロットよぉ」


「へぇ、あの子ですか……」


 リュウは天界の病院に入院していた際、かいがいしく世話をしてくれた、可憐な看護師の少女を思い出す。

 もう会う事はないかもしれないが……凄く良い子だった、と思う。

 目の前の女神メーリの後輩というのは、とても意外ではあったが……

 

 一体、シャルロットは何歳なんだろう?

 と、リュウが考えた時。

 そこへメーリが、


「どう? あの子、良い感じで、やった? 気持ち良かった?」


 やった?

 良い感じで、やったって!?

 気持ち良いって? 

 一体、何を?


 メーリの意味深な問いかけに対し、リュウは何故か盛大に噛んでしまう。


「や、や、や、やった?」


「馬鹿ね、パパったら。お下品な想像をしないでよぉ! シャルロットが、看護師として、ちゃ~んと、お世話をしたかって事」


 どうやら……

 メーリがした、質問の意味は違っていた。

 しかもリュウの飛躍的な想像……すなわち妄想はしっかり見通されている。

 だがここは取り繕う事なく、まずは正直に答えた方が良いと、リュウは感じる。 


「あ、ああ、な、なら、ばっちり癒やされました」


「なら、良いわ、うふふ……今度は私が回復役ヒーラーとして、パパをしっかり癒やしてあげるからね」


「は、はあ……い、いえ! ありがとうございまっす」


 見かけと違って、大人な物言いをするメーリ。

 

 実はリュウ、後々の事もあるので、ルイから事前に女神達の年齢を聞いていた。

 課内で、先輩、後輩のバランスを見て、区別を付ける為である。

 対応に失礼があってはいけないから。


 ちなみに……

 意外にも、課長のメーリが一番年上で800歳。

 スオメタルが700歳。

 一番若いグンヒルドでも、600歳を楽に超えている。

 片や、見かけは完全な『おっさん』でも、僅か41歳のリュウ。

 若造どころか、ひよっこ以前……

 けして『パパ』とか『おっさん』じゃないぞと、ついメーリへ突っ込みたくなる。

 でも反論が、100倍くらいになって、返って来そうだから……やめておく。


「あれ? おっかしいなぁ」


 ルイがいきなり首を傾げる。

 リュウは何事かと、尋ねる。


「ど、どうしたんですか?」


「う~ん、……この課にはもうひとり、君と同期の神が居るんだよ。ええっと、どこ行ったかなぁ?」


「俺の同期が? え、そんな話、ぜんっぜん、聞いてませんけど」


 この課で、同期が居る?

 一緒に働く、後方支援課の同僚?


 リュウはとても驚いてしまった。

 そんな事はひと言も、ルイからは聞いていないのだ。


「当ったり前じゃん! だってリュウ君への、サプラ~イズなんだもの」


 サプライズ?

 ……ますます意味が分からない。


 とその時、メーリが「さっ」と手を挙げる。


「えっと、ルイ部長。あの子なら、ちょっと席外すって」


「あ、そうなの? じゃあ先に、名前だけ紹介だけし……」


 どうやら、その『同期』とやらは一足先に職場入りしたらしい、


 そして……

 ルイの言葉が終わらないうち、


「ちゃ~っす! ちょっちトイレ行ってましたっ、ども~っ」


 いきなり、空間が割れた。

 そして中から出て来たのは、リュウにとっては全く想定外の人物である。


「あ……」


 リュウは絶句し、何とか声を振り絞り、叫ぶ。

 

「ああ、お、お、お前は……ま、魔王っ!!!」


 何と!

 究極技を出し合って、相討ちとなった、

 あの因縁の、『魔王』である。


 吃驚したリュウの、大きな声を聞いた魔王は、全く動じず……

 黙って「ニヤリ」と嫌らしく笑ったのだった。

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