第2話 マンションのお隣さんに真意を話したい

【ねえ、ショウ。もう寝た?】


 ベッドにうつ伏せになって、そんな短いメッセージをしたためてみた。

 マンションのお隣さんで個室まで隣同士のそんな大好きな男の子へ。


【まだ起きてるけどどうしたんだ?】


 1分もしない内に返事がかえって来た。

 ショウは昔からこういうところはマメで、華々しいカッコよさはないけど彼の美点だといつも思っている。恥ずかしくて正面から言えたことはないけど。


 ただ、返事がすぐ来たのはいいけどどう話を切り出そうか。


 元々は、今年のバレンタインデー、つまり約一か月前にショウこと勝栄しょうえいに告白しようと思い立ったのがきっかけだ。


 ショウとは小学校に入る前からの付き合いで、高校二年生を控えた今になっても仲良くしているけど、最近ちょっと気になっている相手でもある。


◆◆◆◆


 それはバレンタインデーを控えた二月初旬のことだった。いつものようにショウに送る手作りチョコをどうしようかなと考える頃合いだ。


 といっても別に異性として意識してるわけではない。でも、気合を入れてチョコを作るとこっちが照れるくらいに喜んでくれるのがなんだか嬉しくて、ここ毎年は手作りのを渡している。


 ただ、今年は様子が違った。


「郁美は勝栄君のことどう思ってるの?」


 バレンタインデーを控えて、親友のまいこと山口舞やまぐちまいから何の気なしに聞かれた質問。この歳になった男女が二人で親しくしているのは珍しいらしくて周囲に茶化されることは多い。そのたびに、


「別にそんなのじゃないわよ。ショウも迷惑するからやめてってば」


 なんて諭していると友達も何事かを察したらしく何も言わなくなっていた。ただ、舞は小学校の頃から私のことを見ているだけあって、どうにも私たちの仲が気になっていたのも感じていた。


 真剣な目と声色で発せられた質問には、誤魔化しはなしだよという意図が籠っていた。ただ、そういわれても少し困る。


「友達だと思うけど?」

「お隣さんで時間合わせて登下校してるくらいなのに?」

「舞は知ってるでしょ。時々ショウとタイミングが合うだけよ」

「はあ……この箱入り娘は」


 とても胡乱な目つきで舞が見てくる。

 私にぼーっとしたところがあるのは認めるけど、そういう評価は遺憾だ。

 ただ、認めたくはないけど、お母さんもお父さんも私を可愛がってるのはよく感じるし、箱入り娘という評価も間違いではないんだろう。


「何が言いたいの?」

「ショウ君だけどたぶん郁美のこと好きだよ」

「え?いやー、さすがにないでしょ」


 舞は一体何を言っているのやら。笑い話として流そうとしたのだけど、


「郁美。そういうところはいいところでもあるけど……」


 なんだか急にもにょもにょとした表情になる。あれ?マジ話?


「舞は本気で言ってるの?」

「本気だよ。ショウ君があなたを見る目はなんか違うし」

「……うーん」


 舞の観察眼は鋭い。だから、私の目より正確なのかもしれないけど。


「でもさ。舞も絶対って言いきれるの?」

「99%くらいは」


 舞がそこまで言うとは相当だ。


「舞が言うのならそうかもしれないけど、で、何が言いたいの?」

「親友としてのおせっかい。あなたは勝栄君とどうなりたいの?」


 どうなりたい?考えたこともなかった。


「どうなりたいと言っても、友達でいられればうれしいけど」


 ショウは大切な友達だしこれからも仲良くできれば。

 そんなことくらいしか考えたことがなかった。


「私たちだってもうすぐ高校二年生。あと二年経てば大学生だよ」

「いつまでもそのままの距離感じゃいられないって言いたいの?」

「そういうこと。郁美が友達でいたいって思うならそれも選択肢だけどね」


 舞がここまでしつこく言い募ることは滅多にない。

 なら、それだけ真剣な話なんだろう。


「わかった。ちょっと考えてみる」

「急いで考えることでもないけどね。郁美には幸せでいてほしいから」


 そんな舞の言葉が心に残ったのだった。


◇◇◇◇


 今年も例年通りチョコを渡そうと思っていたところに親友からそんなおせっかいを焼かれれば嫌でも意識してしまう。


 たとえば、何の気なしに学ランの襟を直してあげていたこと。

 玄関を出ようとしたその時にガチャリと隣のドアが開いた音がして、なんとなく嬉しく思った気持ち。義理チョコを喜んでくれた時のくすぐったい気持ち。


 そんなことを思い出していくたびに、どんどん心の中がどんどん落ち着かなくなっていく。


(私、かなりショウのこと好きだったのかもしれない)


 そう考えてどんどんドツボにはまっていった私。

 好きって気持ちはこんな自分でコントロールできないものなんだ。

 そうしてショウのことを好きなことを自覚した私。

 バレンタインデーが近づいてくるにつれ、告白してみようと考え始めていた。


 でも。舞はああは言ってくれたけど。

 ショウが本当に私のことを好きでいてくれるんだろうか?

 ショウが私のことを好きなら、積極的なアプローチをしてくるような気がする。


 何の気なしにスキンシップはしちゃってたけど、ショウは無反応だったし。


(舞の言葉を本気にして振られてもシャレにならないわよね)


 もし「郁美のことはそういう目で見られない」とか「実は既に好きな人が」とか言われたらとっても気まずい。友達だからこそなんだかんだと二人で登下校なんてできていたのだ。振られてしまえばそんなことだって難しくなる。


 毎日のようにどうしようか迷った挙句、便箋を買ってきて、チョコと一緒にメッセージカードを同封しようと思った。でも、結局、ちゃんとしたメッセージを書く前に


(やめよう。別に急ぐことなんてないじゃない)


 日和ってポイっと放り投げてしまった。ただ、私は時々不注意なところがあるのが欠点で、部屋の中に放り投げた便箋の行方については特に考えていなかった。


 チョコを渡した夜に、


(あの書きかけの便箋ってどこ行ったんだろう)


 と狭い自室を捜索したのだけど見つからず。


(もしかして間違ってどこかに紛れ込んだ?)


 思い当たったのは今日のバレンタインデーのこと。

 大きめの手提げ袋を用意したのだけど、放り投げた時に入っちゃった?


 もしそうなら、大失態もいいところだ。

 あんな思わせぶりな書き出しの便箋をもしショウが読んだなら。

 きっと私の気持ちにも気づくだろう。


 不幸か幸いかショウから何かを言及されることはなかった。

 チョコに紛れ込んだというのが勘違いかもしれない。

 ショウは便箋を読んだのかもしれないけど気にしなかったのかもしれない。


(でも……このままだとよくないわよね)


 もし、見られていたとしたらこのままなかったことにするのは無理だ。

 一か月近く色々悩んだけど、明日のホワイトデーをきっかけにちゃんと想いを伝えようと決心した結果、さっきのメッセージを送った。


【明日の朝にちょっと相談したいことがあるから一緒に登校できない?】


 もうこれで逃げられない。

 こんなお誘いをするのは10年近い付き合いで初めてのことだ。


【わかった。相談の内容は?】


 ショウも何かを感じ取ったんだろう。返事は端的なものだった。


【明日の朝に話すから】

【了解】


 送信取り消しが残っているけど、何を書こうとしたんだろう。


【じゃあ、おやすみ。ショウ】

【ああ。おやすみ。郁美】


 こうして、ホワイトデーの朝を控えて眠れない夜が始まった。

 

(ああ。明日はどうなるのかな……)


 布団を被りながら何度も何度もそんなことを考える。


 好きだと伝えて応じてくれる?

 それとも、やっぱり私の一方的な想い?

 

 楽観的な方を想像してみようとすると、悲観的な方が思い浮かんで、でも、やっぱりショウも私のことを……なんて期待も浮かんでくる。


 結局、寝つけたのは朝4時頃。3時間くらいしか睡眠がとれなくて眠いのなんの。


「郁美。なんだか疲れてるけど大丈夫?」

「学校で何かあったのか?」


 お母さんにもお父さんにもなんだか心配されてしまった。


「ちょっとTikTok見てたら夜更かししただけよ。心配しないで」


 なんてごまかしたけど、そもそもTikTokを私はあんまり見ない。

 幸い、両親は納得してくれたみたいだけど。


 朝食を終えて身支度をしていると、インターフォンの音が鳴る。


「はいー。生島ですが」

「ショウだけど」


 少し低いなじみのある声を聴いてドキリとしていた。ああ、寝不足のせいか声を聴いただけで凄くドキドキしてしまってる。


「あと5分くらいしたら出られるから、ちょっと待っててくれる?」

「了解。じゃあ、一階で待ってるから」

「うん。後で行くから」


 ショウの声はいつも通りだったけど、私が言おうとしてることに気付いているんだろうか。そうな気もするし、そうじゃない気もする。


 結局、10分くらい経ってから彼が待っているマンションのエントランスに到着すると、何やらショウの様子がいつもと違う。学ランもしっかりと着こなしているし、よく見かけるホコリ一つついていない。


「ショウ、何か変わった?」

「いや。ちょっと身だしなみ気にしてみようと思ってさ」


 なんだか照れくさそうなショウの様子を見て、さらに心臓の鼓動が激しくなる。私が以前言った言葉を意識してくれたわけだけど、それはひょっとして……。


 落ち着け、私。


「じゃあ、行きましょ」


 エントランスを出ようとしたら、ゴン!と大きな音。


「いっつ~~~~」


 なんでこんな日に限って、扉を開き忘れるなんてとんでもないドジを。

 穴があったら入りたい。


「郁美なんかテンパってるな」


 くすくすとショウが笑ってる。ああもう、恥ずかしい。


「忘れてよ。恥ずかしいから」


 これから告白しようというのにみっともないったらありゃしない。


「いや。そういうとこも郁美らしいと思うぞ」

「……遠回しに天然だって言ってる?」

「だってお前、時々すっごいドジかますし」

「それ言ったらショウだってだらしないでしょ」

「今日はちゃんとしただろ」

「そ、それはそうだけど……とにかく今度こそ行きましょ」


 なんだか今日は私がショウに生暖かい目で見られている気がして、落ち着かない。


 学校までマンションから約15分。

 隣り合っていつもの道を歩く私たちだけど、お互いにどうにも落ち着かない。

 

(気まずい……放課後に改めての方がいい?)


 でも……そうしたら放課後まで延々と悩むことになりそうだし。

 あーもう。


「郁美さ。なんか妙に疲れてないか?」


 う。鋭い。


「ちょっと寝不足だった……」

「あのさ。その寝不足の理由って聞いていいか?」


 こっちをじっと見つめて告げられた言葉に「あ、これ逃げられない奴だ」と直感。

 

「えーと……昨夜、話したいことがあるってラインしたでしょ」


 話運び一つとっても緊張する。


「ああ。ひょっとしてそれに関係してることか?」


 あ。これはショウもなんとなく気づいてる奴だ。


「んと……ショウに義理チョコ渡したでしょ。その時になんか入ってなかった?」


 我ながら遠回しな言い方だと思う。


「入ってたけど。あれ、聞いてもいい奴か?」


 ああ、やっぱり。しかも、ショウは何事かを察している。

 いや、9割方告白に類するものだと気づいてるだろう。

 ショウはそこまでニブちんじゃない。


「うーんと……実はバレンタインのちょっと前に舞に言われたんだ」

「あいつもおせっかいやきだしなあ。で、なんて?」

「んと。ショウが私のこと好きなんじゃないの?って」


 もうどんどん核心に迫っている。

 ショウはどう思っているんだろうか。ちらりと様子を伺うと少し頬が赤らんでいる気がしたし、いつもより堅くなっている気がした。


「あー。まあその、ある程度は当たってる……な」


 あ。これはショウも好きでいてくれる?

 でも、そこははっきり言ってほしいのに。

 ある程度とかなんなの?


「ある程度とかじゃなくてはっきり言ってほしいんだけど」


 ひどく落ち着かない。


「わかったよ。好きだよ、好き。逆に郁美はどうなんだ?」


 お互いきょろきょろしたり手を後ろに回したりひどく落ち着きがない。気が付けば足も止まっていた。


「私も……好き。もう。舞が意識させるようなこと言うから」


 なんて言っても私が好きになっちゃったんだけど。


「じゃあさ。付き合わないか?友達より先の関係になりたい」


 友達より先の関係。

 つまり、恋人っていうこと?

 意識すると急に頭が混乱していくのがわかる。

 緊張している顔もなんだか可愛らしく思えてくるし。

 憧れていた甘酸っぱいやり取りとかも出来るんだろうかとか。

 そんな妄想が浮かんできて無言になっていた。


「……あのさ。返事欲しいんだけど」

「あ、ご、ごめんなさい。私でよければその……喜んで」


 ああ。返事しちゃった。

 恋人なんて関係私にはまだ全然わからない。

 でも、嬉しいような恥ずかしいような。

 それでいて何か後戻りできない道を進んでしまったような。


「なんかほっとした。この一か月ずっと悶々としてたし」

「やっぱりあの便箋見て?」

「そりゃな。書きかけだし、ひょっとしたらとか思うだろ」

「ごめん。あの時にちゃんと伝えてれば良かったんだけど」


 もう顔がはっきり見られない。

 恋愛もののお話をみて、よく私が思っていたことがあった。

 なんであそこまでカチコチになるんだろうって。

 でも、実際になってみてわかる。確かにこれは落ち着かない。


「ところでさ。恋人になったら何すればいいと思う?」

「わからない。今は嬉しいのと恥ずかしいのでいっぱいで」


 気が付けば何やら周囲を歩く人の視線を集めていた。


「ちょっと人目がないところに移動するか」

「うん」


 通行人の視線にも気づかないなんて、恋愛って怖い。


「その……一つやってみたいことあるんだけど、いい?」

「あ、ああ。手をつなぐとか?」

「えと……抱きしめられたい」


 何考えてるんだろうと思うけど、理性が全然働いていない。

 

「じゃあ、その……」


 ショウもまた凄く照れ臭そうにしながら、背中に手をまわしてぎゅうっと抱きしめてくれたのだった。


「う、うん。これ照れるわね……」

「俺もなんかすっごい照れる」


 抱きしめあった手を離した後はお互いお見合い状態。


「ところでさ。今気づいたんだけど……もう8時50分」


 あ。当然ながらもう始業時間はとっくに過ぎている。


「もう遅刻は確定ね。諦めてその……二人でゆっくり登校しない?」


 恥ずかしいけど、恋人になったばかりのこの時間を味わっていたい。


「わ、わかった。手とかつなぐか?」

「うん。あ、でも。腕を組むとかの方がやってみたいかも」


 何大胆なこと言ってるんだろう。


「郁美がそうして欲しいのなら」


 というわけでおずおずと腕を組む私たち。


「ところで……ショウはいつから私のことを?」


 せっかくだから聞いておきたいことだった。


「いつの間にか……ていう感じだけど、郁美はバレンタインにいっつもなんかこっぱずかしいメッセージカードつけてくるだろ。あれ、男子的には嬉しかったんだぞ?」

「こっぱずかしい?友達として云々っていうやつ?」

「そう。ああいうの書かれたら、やっぱりその先に行ければとか期待しちゃうしさ」

「私は意識してなかったんだけど……ごめん」


 ただ、友達として大切に思う気持ちを伝えただけだった。

 それがまさか意識するきっかけだったなんて。


「謝らないでいいよ。結果オーライっていうか」

「確かに、本当に結果オーライよね」


 本当に、恥ずかしくてでも嬉しい。


「そういえば。今日の放課後。一緒にどこか遊びに行かない?」

「いいけど……デート?」

「うん。せっかくだから放課後もショウと色々お話ししたい」

「わかった。俺もデートしたかったし」


 でも、デートなんて言ってるけど。


「でも、私たち。結構二人きりで遊んでたわよね」

「あれも俺的には悶々としたんだぞ?」

「そ、それ言われると弱いけど……友達的にはふつうでしょ」

「いーや。絶対に普通じゃない」


 恋人になったばかりの私たち。

 お互いになんだか恥ずかしいこと言い合ってるなと思いながら、今日はきっと授業どころじゃなくなりそう、なんて思ったのだった。


「そういえば。ホワイトデーのお返し」

「あ。そういえばすっかり忘れてたわね」


 思いを伝えることばかり考えて、そういえば毎年お返しを用意してくれてたのを忘れてた。


「あ。これ、私の好きなブランドのクッキー」

「だろ。重いのは引かれるだろうし悩んだんだけどな」

「ありがと。美味しく食べるわね」

「ああ。彼氏からのプレゼントってことでそこはよろしく」


 そう。今は私たちは彼氏彼女。

 ホワイトデーのお返しだって意味が違ってくる。


「そういえば。来年はきちんと本命なチョコ作るからね?」

「今までも気合入ってたけど、来年はどんなの作るんだよ?」

「未定だけど、チョコペンで文字とか」

「……すっげ恥ずかしいけど。楽しみにしてる」

「うん」


 なんだか本当に落ち着かないふわふわとした気分だ。


(私たち、これからどうなっていくんだろう)


 少しの不安と好きな人への想いが通じた高揚感をないまぜにしながら、私たちは高校への道のりを歩いたのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

時期がちょっとずれましたがホワイトデーにちなんだ短編です。

今回はヒロイン視点が結果的に倍くらいになりましたけど、いかがでしたか?


楽しんでいただけたらなら、★レビューや応援コメントいただけると嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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マンションのお隣さんに義理チョコのお返しをする件 久野真一 @kuno1234

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