鈴香の憂い

 るいが生活するアパートの隣室。

 そこに彼の義姉、秋葉鈴香は暮らしている。



「家族か……」

 るいが協会から依頼を受けた翌朝、鈴香は物思いにふけりながら、ぼんやりと朝食を作っていた。

 今日は土曜日であり、世間的には休日だ。そのため、普段高校に通っている鈴香も、今日は必然的に休みとなる。

 そういう日は、時間を見て隣室で暮らするいを起こしに行き、こうして作った朝食を二人で一緒に食べる、というのが最近の恒例行事になりつつあった。

 そのため、今日もまたいつものように、朝食を二人分準備していたのだが、その手つきはどこか覚束ない。

 その理由は、昨日の夕方へと遡る――



 父俊彦に頼まれていた荷物を届けに、鈴香は実家である秋葉神社へ立ち寄っていた。

 すると帰り際、玄関で支度をしていた彼女に、俊彦が「頼みがある」と声をかけてきたのだ。

「すまないが、これをるい君に届けてくれないかい?」

「これを……?」

 そうして手渡された木箱を、何気なく受け取った鈴香。

 しかし箱の表面に記されていた文様をみた瞬間、鈴香は思わず声を上げた。

「これって――!」

「先日、るい君から作成を頼まれていたんだ。無人寺の一件で、思うところがあったようでね」

「だからって、そんな……」

「鈴香」

 すると俊彦は、俯く彼女の頭にそっと手を添えた。

「気持ちはわかる。父さんだって、同じ気持ちなんだ。……でもこれは、今のるい君にとってある種の命綱のようなもの、お守り同然なんだ。辛いとは思うが、分かってあげよう――」

 


 ――それくらい、私だってわかっているわよ……

 そう思ってはいるものの、やはり心境としては複雑なものがある。

 鈴香に、陰陽術の才はない。加えて俊彦の意向により、彼女は神社の娘ながら祈祷師の修行を受けることなく育った。

 要するに、ただの一般人なのだ。

 そんな自分に術師関係の相談をしたところで、当然何かが変わるわけではない。

 そんなことは、鈴香もわかっている。

 それでも――

「一言くらいは、相談して欲しかったな……」

 るいは、無意識に人と距離を置こうとするきらいがある。そしてそれは、鈴香達家族に対しても例外ではない。

 実際、他者との関係性に比べれば、その傾向が少なめであることから、家族として心を許しているのは確かだった。

 しかし実のところ、関係性としてはまだどこかぎこちないのが現状だ。

 けれど、その理由が何であるのか。二人は知っている。

 るいは、家族というものを知らない。故に、鈴香や俊彦に対してどう接したら良いのか、本人もわからずにいるのだ。

 家族になりたい。その気持ちはあるのに、距離感が掴めず、接し方が分からない。

 だからこそ、迷惑や心配を掛けまいと行動し、その結果全てをひとりで抱え込んで、自身で押し殺してしまう。

 そして周囲に心配をかけ、自責し、また抱え込んでしまう。今のるいは、正にそれを繰り返している。

 本音をいえば、年相応に甘えて欲しいし、頼っても欲しい。力にはなれないかもしれないが、相談だってして欲しい。

 だからといって、るいに対しどこまで踏み込んで良いのか、一人っ子である鈴香自身も分からずにいるのである。

 何かきっかけさえあれば、活路が見えてくると思うのだが――

 すると、不意に玄関の呼び鈴が鳴り、鈴香は思考を止めた。

 ――こんな朝早くから、一体誰かしら?

 鈴香は首を傾げながらも、朝食づくりを中断し、玄関へと向かう。

 そしてゆっくり扉を開けると、その先に居たのは意外な人物だった。

「おはようございます、鈴香さん」

「るい君……? どうしたの、こんな朝早くに」

「その、ちょっと色々あって……」

 遠慮気味に言葉を濁するいに、鈴香は一瞬疑問符を浮かべるが、彼の纏っていた服装をみて、状況を察する。

「ひょっとして、これからお仕事かしら……?」

「……うん。昨日、急に仕事の依頼が入っちゃって、今から出かけるところなんです」

「そうだったの。……ということは、例の件ね?」

「その。俊彦さんから、鈴香さんに預けたって聞いたから……」

 そういって、ばつが悪そうに視線を逸らするいに、鈴香は一瞬不満気な表情を浮かべる。

 無論、るいがなぜ気まずそうにしているかは、わかっている。

 鈴香があのお札に、あまり良い感情を持っていない事は、彼も知っているからだ。

 ――だからって、そこまで遠慮気味になる必要はないじゃない!

 確かにお札のことは、色々思うところがある。できることなら、使って欲しくないというのが本音だ。

 だが一方で、それがるいにとって命綱にも等しいものであることは、彼女も知っている。

 だからこそ、お札が必要なものであるということは理解しており、るいがここまで気まずくなる必要もないのである。

 ――なのに、るい君ときたら……!!

 煮え切らない感情が、沸々と湧き上がる。

 気がつくと、鈴香の中で何かが動いていた。

「……わたしも行くわ」

「……え?」

「わたしも一緒に行くわ! るい君ひとりだと、なんだか心配だもの!」

 突然の同行発言に、一瞬固まるるい。

 そして――

「ええええええええっ?!」

 驚愕の雄叫びが、朝のひと時に木霊するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る