瑠璃色玉の縁 終


「それで、その子は……?」

「ひとまず、この件については、悪いことだとわかってもらえた。遊びについても、もうやめるって僕と約束してくれたよ」

「そっか、よかったあ」

 暖かな日差しが射す店内で、るいの話を聞いた美空は、事の顛末にほっと胸を撫で下ろしていた。

 あれから数日。るいから少年霊への対処が完了したとの連絡を受けた美空は、瑠璃と共に放課後カフェで報告を受けることになった。

 少年が、認知されない寂しさから悪戯をしていた事や、その末路を少々荒療治な手段を使って理解させた事。

 そして、他人に同じ苦しみを与えてはいけないと諭し、今後遊びをしない旨を、約束してくれた事を。

「瑠璃さんは? あれから、身体の調子はどう?」

「いやあ、それがさ。君が霊に会いに行ったっていう次の日から、もう身体中から元気がみなぎってくるのなんの。あの重々しい疲労が、まるで嘘のようだよ!」

「もしかして、その子が縁を切ってくれたのかな?」

「きっとね。一応確認したけれど、今も瑠璃さんに厄の縁は結ばれていない。だから、これで今すぐ災厄に見舞われる心配は遠退いたと思うよ」

 その言葉に、一瞬表情が引き攣る瑠璃。

「……少年。君、今さらっと恐ろしい事を言わなかったかい?」

「この世界に、絶対はないから。厄の縁も幸の縁も、来る時は来るし、来ない時は来ない。縁は所詮、そういうものだからね」

 瑠璃の反応をよそに、きわめて平然かつ客観的に言葉を告げるるい。

そんな彼に、「……君、ホントに14歳?」と瑠璃は思わず聞き返してしまった。

 当の本人は、その意図がわからなかったのか、疑問符を浮かべながら小首を傾げるだけだったが。

「それにしても、理不尽な死か……」

「美空? どしたの?急に」

「なんだか、その男の子の話を聞いていたら、ちょっとね」

 そういって手にしていたカップをテーブルに置くと、美空は静かに心境を語り出した。

「こうして普通に過ごしていると、つい『明日でいいや』とか、『また今度すればいいや』って考えが頭を過るじゃない? でも『明日が当たり前にある』なんて、そんな保証どこにもないのよね」

「病気に事故、事件に災害。人間、いつ何が起こるのか、誰にもわからんからのお」

 しみじみと呟く瑠璃に、るいが頷く。

「厄の縁も、この世に流れる理のひとつ。世界が結ぶこともあれば、今回のように人の手で運ばれてくることもある。だから、厄の縁で理不尽な死がもたらされる可能性は、誰にでもあるんだよ。けれど、それを運命という一言で割り切れる程、人は聡くなることもできない。……きっとこれも、時代という移ろいの変化が、人にもたらした業なのだろうね」

 そう口にしながら、るいは思う。

 今から遥か昔、この日ノ本に戦が渦巻いていた時代。

 大地は死に溢れ、妖怪が跋扈し、人々は常に渦巻く死と寄り添いながら、それでもただ懸命に日々を生きていた。

 しかし今は現代。戦のない、平和な時代だ。

 大地は恵に溢れ、妖怪は姿を消した。人々が渦巻く死に晒され、恐怖する機会も少なくなっている。

『明日が当たり前にある』。そんな錯覚を信じて、移ろいゆく日々をただ流れ、生きている。

理不尽な死は、いつも生と隣り合わせなのだと。その真実を、忘れたまま。

 もし仮に、その果てが今訪れた時、現代いまの人々は、「悔いなく生きた」と胸を張って言えるのだろうか――


「でもさ、結局どう生きるか、どう選択するかを決めるのは自分でしょ? だったら、その選択の結果がどうあれ、やっぱり最後は自分で納得するしかないんじゃないかな。まあ、後悔せずに生きるなんて、結構難しいことだけどさ」

「今するか、今しないか。結局、その選択が答えの全てってことなのかもね」

「おおう。なかなか良い事をいうではないか、美空君」

「ちょっと、からかわないでよ。もう」

 思わず赤面する美空を見て、瑠璃は揶揄うように笑う。

 ともに笑い、時に呆れる。それでも互いを理解し合い、調和し合う。

 強く固く絡み合う、友情という名の強固な縁。

 ――なんだか、羨ましいな

 そんな二人の姿を羨望せんぼうの眼差しで眺めていると、不意に瑠璃が何かを思い出したのか、「あ、そうだ!」と声を上げた。

「そういや、お礼がまだだったね。本当に、此度はありがとな、少年。今回私たちが無事に救われたのも、君が手助けをしてくれたおかげだよ」

「そんな。僕はただ、御役目を果たしただけだからーーって、あれ? 私“たち”?」

「どした? 私、なんか変な事いったかい?」

「あ、いや。複数形になっていたから、つい」

「ああ、そういうことか」

 主語が複数形となっていたことに、るいは思わず聞き返してしまう。

 しかしそれに納得した瑠璃は、持っていたパフェ用のスプーンを置くと、改めてるいに向き直り、深々と頭を下げた。

「改めて、君には本当に感謝しているよ。そりゃあ君にとっては、当然のことをしただけかもしれないし、肝心の少年霊もまだ成仏できていない。結果だけをみれば、全てが解決したとはいえないけどさ。それでもあの時、君が縁の話題を切り出してくれたから、私は災厄に合わずに済んだし、寂しがっていたあの子も、君に見つけてもらえた。……君は私だけでなく、ずっと孤独だった少年の心も同時に救ったんだよ。だから、本当にありがとうな。少年」

「瑠璃さん……」

「……しかしあれだね。今更少年呼びするのも堅苦しいから、今日から君のことは、親しみを込めて”るいるい”と呼ばせてもらうよ。別に良いよね?」

 そうして、いつものように明るいノリで告げる瑠璃に、るいは心からの笑顔を浮かべる。

「……うん。よろしく、瑠璃さん!」




 その後――


 あれ以来、厄の縁を紡いでいた少年霊は、今もまだあの交差点にいる。

『ねえ、聞いてよお兄ちゃん! 今日ね、泣いている赤ちゃんの目の前で変顔を披露したらね、赤ちゃんが泣き止んで、僕をみて笑ったんだよ!? すごいでしょ!』

「昔から赤ん坊や動物は、霊的なものに敏感といわれているからね。きっとその子も、君が眼の前に存在ることに、気がづいたんじゃないかな」

『えへへ。そうだと良いなー』

 そしてるいもまた、時折交差点に顔を出しては、少年霊の話を聞いてあげていた。

 母に笑って欲しいという未練を持ち、未だ彼岸に旅立てずにいる幼い少年霊。

 たとえ彼らを認識し、言葉を交わすことができたとしても、未練を持ち彷徨う彼らに、自分からしてあげられることは本当に少ない。

 それでも。少しでも彼の旅立ちを手助けできればと、僕 るいはこうして話し相手になりながら、この子の相談に乗っている。

『そういえばこの間、お姉ちゃんたちがお花を持ってきてくれたんだよ』

「お姉ちゃんたち?」

『ほら、僕が厄の縁を結んでいたお姉ちゃん。お兄ちゃんに怒られた日から、時々知らないお姉ちゃんと一緒に、ここへ来てくれるようになったんだ』

 そういって少年の示した方へ視線を向けると、そこには白色に染まった百合が3本、空瓶に生ける形でお供えされていた。

『どうやら嬢ちゃんたちも、ここへ来ていたようだな』

――……みたいだね

 るいが結んだ二つの縁。それは今慰めの縁となって、少年の心を照らしている。

 たとえ姿を見ることは叶わなくとも、いつかこの少年に安らかな眠りが訪れるように。

 そんな瑠璃と美空の願いが、百合の花から伝わった気がした。

『ねえ、お兄ちゃん』

「……何?」

『僕もいつか、天国にいけるかな?』

「……それは、君の心次第だね」

『そっか……」

少々落胆したように、少年霊は俯く。

しかしそんな彼に、るいは励ますように言葉を紡いだ。

「でも、いつか君が心からそれを望んだなら、その時は僕が必ず、天国まで送ってあげるよ」

『ホント!?』

「僕は流転を司るもの。流れの果てに彷徨うものを彼岸の岸へと導くのが、大切な、僕の御役目だからね」

 すると彼の言葉の意図がわからなかったのか、少年霊は不思議そうに首を傾げる。

 そんな少年霊の気配に、るいは優しく笑うのだった。



 理不尽な出来事は、ある日突然訪れる。

 それは結ばれた厄の縁か、あるいは意図の潜んだものか。

 来るはずだったもの、得られるはずだったもの。

 当たり前だと思っていたものが、ある日突然崩れ去る

 それを人は理不尽と嘆くのか、あるいは運命と割り切るのか。

 それとも――


 前向きに今を受け止め、新たな一歩を歩み出そうとするのか――



 ”明日がある”。そんな奇跡を当たり前のことだと信じて、人は繰り下げという言い訳を、現在いまへの答えにしていないだろうか。

 今するか、今しないか。

 未練を残すか、残さないか。

 結局はその選択が、答えの全てへとつながっていくのだから。


 当たり前故に、気づかなかったこと。

 それは当たり前のようで、そうではないということ。

 結ばれた瑠璃色の縁は、僕にそれを教えてくれた気がする――

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