美空

 世の中には、科学で解明することのできないことが数多くある。人はそれを、超常現象やオカルト呼ぶのが一般的だ。

 けれど、本当にそのようなものが、この世にあるのだろうか。

「ねえ、美空!聞いてる?」

「え、あ、うん。何だっけ?」

「やっぱり聞いてないし……」

 友達の呆れ顔に苦笑しながら、私は考えることをやめた。

 いつもの高校、いつもの教室、いつもの友達。変わることのない、いつもの光景。この変わり映えしないものが、私の普段生きている世界だ。

「で、何だったっけ?」

「だ、か、ら!美空はどう思う? 吸血鬼殺人の噂!」

「あの、最近話題になってる?」

「そう! 遺体からは全身の血が抜かれてて、首元には噛み傷がふたつーー。警察まで吸血鬼の存在を疑ってるって噂だよ」

「そんな大袈裟な……」

 興奮した様子の友人に苦笑いを浮かべると、

「そうだよねぇ。美空、そういうの興味ないもんねぇ」といって、力なく机に突っ伏してしまった。

「でもさ、今月に入ってからもう五件も起きてるんだよ? そのせいで下校時間は繰り上がるし、部活動まで自粛になっちゃうし。挙句の果てには、親から『当面の間、夜間の外出は禁止するからね』とか言われちゃうし……」

「た、大変だね……」

「女子高生の青春を奪うなー! って、思わず叫びたくなるよ……」

 私は普段、アルバイトをしているので、部活動には参加していないし、放課後に友人と遊びに行くことも少ない。母子家庭だから、母も仕事で帰りが遅くなることが多く、親にそのようなことを言われる機会もあまりない。

 目の前に突っ伏している友人を少し羨しいとも思うけれど、ここまで沈んでいる様を見せられると、流石に少し同情してしまった。

「まぁ美空も、バイト帰りとかは気を付けなよ? 事の真相はともかく、犯人もまだ捕まってないみたいだしさ」



 --吸血鬼殺人、かあ。

 放課後、バイト先の厨房でお皿を洗いながら、私は友人にいわれたことを思い出していた。

 勿論、吸血鬼なんてものはいないと思う。けれどその一方で、変死体事件が相次いでいるのも事実だ。

 ーーそういえば、変死体事件の噂が出始めたのって、確かあの落雷があった辺りだったっけ……?

 三週間前、近所の無人寺に落ちた落雷。その落雷で、お寺にあった御神木が焼けてしまったと、先日同僚が話していた。

 そしてその御神木には、悪い妖怪が封じられているという逸話があることもーー。

 もしかして、その妖怪が復活して、ヒトを襲っているとか?

「……そんなわけないよね」

 不意に浮かんでしまった仮説に、思わず苦笑いが漏れた。

「美空ちゃん、ちょっと良い?」

 それからしばらくして、奥のスタッフルームにいた店長が声をかけてきた。

「どうしたんですか、店長」

「いや、それがね。この後シフトに入ってもらう予定だった田崎君、風邪ひいたとかで来れなくなっちゃってさ、人が足りないんだ。それで、申し訳ないんだけど、この後のシフトにも、続きで入ってもらえないかな?」

「それは構いませんけど……」

「本当!助かるよ!」

 安堵の表情を浮かべる店長に、笑みを返す。

 こんな御時世だから、本当は早めに帰るべきなのだろう。しかしここの店長は、補充要員でシフトに入ると、バイト代を少し弾んでくれるのだ。そんな機会を、逃す手はない。

「それじゃあ、あと二時間延長でお願いね。夜シフトの有山君が、一時間早く来てくれることになってるから」

「はい」

 そういうと、店長は上機嫌で去っていった。

 その背中を見送った私は、「よし!」と気合を入れ直すと、溜まったお皿を洗い出すのだった。

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