1-23 面倒なことは御免だ

「これ、本題じゃないのかよ……」

 随分心に重い前座である。

「今話したのは、碓氷くんへの現状報告のためよ。この話、桐山くんにはしてないの。言わないでくれるかしら」

「……そりゃまた何で」

「あの人、自ら進んで火の中嬉々として入って行くからよ。今回だって後味悪い結果だったし、野次馬根性もやめなくちゃ。私も人のことは言えないけれど、完全に毒だわ」


 なかなか月島の毒もすごい、とは思ったものの。「なるほど」と俺は頷いた。

「まあそれはよく分かる。俺も面倒なことはこれ以上御免だし、言わんから安心しろ」

「話が早くて助かるわ」

 どこかで聞いたようなセリフを言い、月島は「ありがとう」と小さく言った。


「じゃ、また」

「……ああ」

 電話はあっさり、月島の口調にふさわしくプツリと切れた。俺はぼんやりとスマホを机の上に置き、例の、前にクラスメイトからもらってまだ残っていたシュクル・リエールのクッキーの小袋を見つめた。


 学生カバンに入れ、自転車に乗せて持って帰ってきたから、表面にヒビが入ってしまっているのが半透明な袋の表面からも見て取れる。


 ――女神ヘラは、憎き英雄ヘラクレスがヒドラ退治のついでに踏み潰した哀れな化けガニを、どんな気持ちで夜空に星座として掲げたのだろうか。

神話を作った人間だって、そんなところまで考えていないとは思うけれど。


 誰かにとって「ついで」だったり「どうでもいい」と思うような、はたまたただの「モノ」にしか見えないものも、他の誰かにとっては「決してどうでもよくない、大事なもの」であったりするのだ。


 それを決して、俺たちは忘れてはいけない。

 俺は、間違っても、誰かを踏み潰した犠牲の上に立つような人間にもなりたくない。


「いただきます」と言いながら、俺は銀の蔦模様が刻まれたクッキーの袋に、大事な封筒を開けるような手つきでハサミを入れた。

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放課後、星空喫茶で謎解きを 瀬橋ゆか@『鎌倉硝子館』2巻発売中 @sehashi616

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