1-22 冷めた紅茶は苦い
「あった」
言葉少なにそう言って、奴は俺と月島の前にずいとスマホの画面を突きつけた。画面にはズラリと小さなウィンドウが浮かんでいて、一つ一つに値段と何やらタイトルが書かれている。
「なんだ、これ」
「ああ、ハンドメイド作品を売り買いするサイトね」
首を捻る俺の隣で、意を得たりとばかりに月島がこっくりと頷く。そして目をすがめ、少し前のめりな姿勢になりつつ低く呟いた。
「……あら、本当」
「だろ? 碓氷くんのゲスい想像も役に立つもんですなぁ」
「だからゲスい言うな」
俺は苦言を呈しながら画面を見つめ、そこでやっと気づいた。
「本当だ、あるな。――あの洋菓子店の包装紙と同じ柄のブックカバーが」
ブックカバーは布製。値段は1,100円で売り出しているもので。
「あれ、でもこれなんか微妙に違くない? 絵柄が反転してる気が」
「イラストがあれば、布に転写プリントできるのよ」
桐山のコメントに、月島が件のブックカバー画像を拡大し、俺たちの手元の包装紙のイラストと見比べながらそう言った。確かに、拡大してみればそのスイーツの絵柄はちょうど鏡に映したかのように反転している。
「しかもこれ、出品されたの今日か。ここ最近でイラストを手に入れた人と一致しているとしたら……」
ふうむ、と桐山が小さく唸る。俺は画面をじっと見ながら、少し考えた。
「ちなみにこのユーザー、次に何か出品する予定は?」
「1週間後に同じ柄のスマホケースも出品しますってプロフィールで予告してる」
桐山の答えを聞いて俺はスマホを取り出し、イラストを元にスマホケースがどのくらいで作れるのかを調べる。
合成皮やプラスチックにイラストを綺麗に印字してスマホケースにする場合、業者に委託すれば、その納品までの期間は約1週間だった。
「……怪しいな。まあ、あくまでも『怪しい』にとどまるだけだが」
俺はため息をつきつつ、椅子の背もたれにもたれる。
「なんでさ。ほぼクロじゃん」
「そう言い切れる根拠はどこにある」
確かに言い出しっぺは俺だけれど、まさか本当にこんなことになるとは思っていなかったのだ。
「いいか。あそこの焼き菓子を買って箱に包装紙をかけてもらった人間が何人いると思ってんだ」
「……まあ、確かにそうね。桐山くんの言う通りだわ、人数が多すぎるもの。出品日だってたまたまかも」
「そう。この話はこれで終わりだ」
月島と俺の言葉に不服そうな色を目にたたえつつ、桐山は少し考えたあと、やっと首を縦に振った。
「……分かったよ」
俺は無言で頷いて、すっかり冷めてしまった紅茶を口に含む。
長い間手つかずになってしまった紅茶は冷たく、舌の上で苦味を残しつつ俺の喉へと滑っていった。
◇◇◇◇◇
『――碓氷くん。ちょっと今、いいかしら」
あの好ましくない推論に至ってから2日後、日曜の夜6時半ごろのこと。月島から携帯に連絡を受け、俺は家の自室で電話に出ていた。
「いいけど、どうした?」
「全部、碓氷くんの推測通りだったのよ」
「……ん?」
文脈を読めずに固まる俺に、月島は電話口で淡々と語った。
あのシュクル・リエールの包装紙が加工された品物が、「とある洋菓子店のイラストとそっくり反転している」と匿名でネットにアップされたこと。そしてその情報が、ネット上に拡散されたこと。
「店にも連絡がきたんですって。勝手にあなたのところの包装紙のイラストを使って金稼ぎしてる人がいます、って。それでね――あのイラスト、先代店長のお孫さんがプロのイラストレーターで、大好きなお祖母さんのために昔個人的に書き下ろしたイラストだったらしいのよ」
「……そうだったのか」
それを勝手に自作発言して、加工して金額を付けて売り出していたユーザー。その人物に関してはイラストを描いた当イラストレーターの耳にも届き、オリジナルの本人は嘆く声明をSNSに出したという。
「それでね。お店に謝りたいって直接訪ねてきた人がいて」
――例の、スーツケースにスーツ姿の大学生の女性と同じ人だったんですって。
「……」
俺は沈黙した。自室に響く、目覚まし時計の針だけが音を刻む。しばらく沈黙が続いたあと、俺は心に引っかかった疑問に気づく。
「何でそんな詳しいんだ」
「叔父さんから。彼、情報通なのよ。喫茶店には色んな人が来るから」
スマホからは淡々とした月島の声が引き続き聞こえてくる。ちょっと待て、怜さん一体何者なんだ。
「――というのが現状報告で、本題はここから」
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