1-21 いちばん欲しい物
彼女にとっては、俺が誤って踏みつぶしてしまったビニール袋は、『綺麗に開けるべき対象』だったのだ。その模様を無下に切り刻まないよう、彼女は丁寧に袋を開けていた。
それに、クラスの女子も最初から言ってたそうじゃないか。
――外装が可愛くて、お菓子の味も美味しい店があるって聞いて。
外装とは、店の『外観』のことではない。文字通り、商品を詰めた『外装』つまり『包装紙』のことだったのだ。
「あーあ、最初っから見えてたのにな」
桐山のつぶやきに、俺は「そうだな」と同調してみせた。
なんなら箱を洋菓子店の店員の女性ががラッピングするところだって見ていたのに。人間、興味がないモノに関してはとことん記憶に残らないものだ。
「そうえばあの『シュクル・リエール』の店員、クッキーを大量買いした客が、店員のほうを熱心に見てたって言ってたな。それ、たぶん包装紙を見てたってことだ」
俺の言葉に、桐山は頷く。
「そだな。それに……だから『バラ売り』だってしてもらえたのに、わざわざ箱で買ったんだ。包装紙で包んでもらうために」
思えば変な話だった。ただでさえ大荷物のバイトに向かう人物が、どうしてクッキーの詰め合わせなどという、かさばるものをわざわざ買っていったのか。
きっと配ったその女性は、最初から『配布物』に混ぜられるものを目当てにクッキーを買いに来たのだ。
さっき怜さんも言っていたけれど、このクッキーは『いいもの』らしく賞味期限が短いらしい。中身は中々食べきれないけれど無駄にもできない。食べ盛りの高校生たちになら、貰ってもらえるかもしれない。予備校の配布物に混ぜたら、早くハケて一石二鳥かもしれない。予備校の配布物にお菓子が入っているのはよくあることだ。
何にせよ、中身をばらまいても、一番欲しいものは手に入るのだから。
「はいよ、これかな? 確かに、随分綺麗な包装紙だ」
怜さんが早速カウンターからこちらへ歩み寄り、桐山にきちんと折り畳んだ大きめの紙を渡す。
「つまり、この包装紙はそこでしか手に入らないってことよね? クッキーを大量買いしたその女の人は、この包み紙がどうしても欲しかった、と……それなら理屈は合ってるわね。ケーキに包み紙はつかないし」
月島が「確かにこれなら」と呟く。
怜さんに差し出された包装紙は、緻密な筆致で描き込まれたスイーツの絵がちりばめられているものだった。スイーツのイラストはそれぞれ3センチくらいのスケール。パステルカラーのマカロンやクッキー、ショートケーキ、タルト、レモンパイ……。様々なお菓子がこまやかに描き出され、よくよく見れば一つ一つがハイクオリティなイラストだ。
「包装紙なんてあんまり見てなかったけど……これ、普通にこのイラストだけで金取れそうなくらい上手いな」
「ほんとにね」
ほう、と感嘆のため息をついて俺らは顔を見合わせる。
なるほど。確かにこの綺麗なイラストの包装紙が欲しかったとして、洋菓子店に厚かましくも『包装紙だけください』なんて言えるわけがない。クッキーを買ったのは、真っ当に包装紙を手に入れるためだったのだ。
「でもさ」
腑に落ちない様子で、桐山が首をひねった。
「包装紙が目当てだとして、何のために?」
何のために。そう、それが問題だが。
「使い道なんていくらでもあるわね」
ふと、月島が思案げに口を開く。俺はそちらに顔を向けて畳み掛けてみた。
「例えば何が思いつく?」
「今も昔も、スイーツとかのこういうイラストって女子に需要があるのよ。文房具のイラストとして人気だったりするんだから。これだけ綺麗なイラストなら本やノートのお洒落カバーにもなるし」
なるほど。俺たちには思いつかない用途だ。
「……ちなみにそれって」
俺は言いかけて、ふと口をつぐむ。これを言うのは人としてどうなのだろうと、思わなくもなくもない。
「何よ、最後まで言いなさいよ」
「そだよ、気になるじゃん」
月島と桐山の追及を受けて、俺はのろのろと口を開く。
「……それだけ人気なら、それ加工した文房具やらブックカバーやらが金になったりするのかなと。綺麗に加工して売り出せば……って、その目やめろよ」
2人からジト目を向けられ、俺は顔をしかめて言葉を終わらせる。
「そんなこと思ってたのね」
「やー、清々しいくらいゲスい想像どうもありがとう」
「だから言うの止めようと思ったんだ」
と噛みつきつつ、俺は内省する。
いや、そもそも心の清い人間はそんな思考回路に至らないだろうから、むしろそれが問題なのか。
「おんや?」
悶々としていた俺の隣で、スマホの画面をスクロールしつつ、桐山が素っ頓狂な声を上げた。
「今度は何だ」
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