1-17 星空喫茶に集まる探偵団

「すみません、僕らの先輩が何かしてしまいましたか。ちょっと変わった方なので」

 一度も会ったことのない人に対して、ひどい言い様だ。桐山の言葉にお姉さんは慌ててひらひらと手を左右に振り、否定の意を示した。


「いいえ、全然そういったことじゃなくて。こう、私の作業中熱心にこっちを見てらっしゃって、ちょっと緊張しちゃって。あの、何か仰ってたかしら? 何か粗相してたらどうしようって思っていたんだけど……」


 後半の方はどこか窺うように、ひそひそと彼女は俺たちに尋ねてきた。桐山はすぐに首を振り、「いいえ、そんなことは全く」と否定。彼女はほっと胸をなでおろしていた。


 俺はそんなやりとりをぼんやりと見ながら、彼女の背後にある壁掛け時計を見た。カウンターの後ろにある、おそらく品物の箱詰めやラッピング、レジ打ちをするであろう広い台の上では、シンプルな白い壁にシックな茶色の時計がかけられている。現在時刻は十二時五十分。次の授業の予鈴が鳴るのは十三時五分だから、もうそろそろ着陸態勢に入った方が良さそうだ。


「すみません、このクッキーのアソートを一箱、お願いします」

 俺は出来るだけ手早くズボンポケットから財布を取り出してオーダーする。

「お買い上げ、ありがとうございます。バラ売りもできるけど大丈夫かしら?」


「いえ、バラ売りではなく、このアソートでお願いします」

「かしこまりました」と、女性はにっこりと微笑んでクッキーの箱を一箱取り出した。

「賞味期限とクッキーの説明はこの箱の裏側に書いてありますので」

「分かりました」

 店員の女性は背後にある台に向き直り、慣れた手つきで箱に包装紙をかけ、紙袋に入れていく。そして素早い手つきで会計も済ませ、数分後には彼女のお辞儀に見送られて、俺たちは外の歩道に立っていた。


「そのクッキー、気に入ったの?」

「あー……確かに美味かったからな。お前の叔父さんに、昨日のお礼にどうかなと」

 手元を指さされ、俺は手に持った買いたてのクッキーの箱と紙袋を見下ろした。実際、今朝食べたクッキーは今まで食べてきたクッキーの中でもトップレベルに美味かった。クッキーアソートもお洒落に箱に詰められたものだったし、贈答用にどうかと思ったのだ。


「そっか。んじゃ早速、今日も行こう。そうしよう」

「行こうって……」

 まあ、あそこだよな。昨日お邪魔したあの異空間のような喫茶店と星空を思い浮かべている俺に向かい、隣に立つクラスメイトはニヤリと笑って見せた。

「星空喫茶に決まってるじゃんか。『星空探偵』の活動」

「……思ってたんだが、そのネーミングセンスはどうなんだ? 星空探偵って」

「放課後に『星空喫茶に集まる探偵団』だから、星空探偵。いーでしょ?」

「……」

 何が「いーでしょ?」なんだ、そのままじゃねえか。


 どう答えるべきか俺が考えあぐねていると、住宅街に立ち並ぶ家々の向こう側から、学校のチャイムがくぐもって聞こえてきて。

「やば、予鈴」

 俺たちは顔を見合わせ、どちらからともなく同時に駆け出す。

「じゃ、続きはまた放課後に。検証もしないといけないし」

 桐山の声が横から聞こえる。どうやら放課後、昨日と同じ場所に行くことはもう決定事項らしい。

「……分かった」

 別に予定があるわけじゃなし、ごねるにも体力が要りそうだしめんどくさい。怜さんへの昨日のお礼を言うためにも行くべきだと自分に言い訳しつつ、俺はため息をつきつつ頷いた。


◇◇◇◇◇

 まさか昨日の今日で、もう再訪することになるとは。どんな反応をされるだろうかと恐る恐る訪ねて行ったものの、その不安は杞憂だった。

「やー、よく来てくれたねえ」

 満面の笑みで俺たちを迎え入れてくれた怜さんは、俺たちを先日のソファー席に座るように促してくれた。


 喫茶店の中は、今日は明るい。窓にかかる群青色のカーテンが開けられて光が差し込み、カーテンとお揃いの群青色のふかふか絨毯の床に光の水たまりを作っている。部屋の壁と天井は白く清潔で、プラネタリウム仕様でなくても洒落た喫茶店の雰囲気を残していた。


「昨日は君の始めての来店だったからね、あえて最初からプラネタリウムにしてたのさ」

「そうなんですか」

 きょろきょろとしていた俺の目線に気づいたのか、怜さんがにこやかに解説してくれる。

 プラネタリウム仕様の時間と、そうではない時間があるということだろうか。それとも今日は金曜日だが、なにか関連しているのだろうか。

 というか、営業時間帯とかどうなってるんだ? 他に客がいないのだが。

まあ、それはともかくとして。


「昨日は、ありがとうございました」

 まずは礼が先だった。ソファーに座る前にと、俺は怜さんに向かって一礼し、持っていた『お土産』を手渡す。

「おお、綺麗な箱だね。開けてもいいかい?」

「勿論です」

 俺が頷くと、怜さんはそっと包装紙を剥がし始めた。ガラスでも扱っているのかというほど静かな手つきで、流れるように。

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