1-16 シュクル・リエール

「外装も可愛くてお菓子の味も美味しい、って評判らしくてさ」

「ほお」

 俺は店の外装をまじまじと見る。


 つるりとした白い大理石のような外壁に、店内の様子が外からでも窺える大きなガラス扉。ガラス扉には何やら店名らしい金文字が外国語で印字されている。個人的な感想を言えば『可愛い』というより、洒落た店だった。

「『シュクル・リエール』。フランス語か」

「ああこれ、フランス語なのか」

 俺はそう言いながら制服のポケットからスマホを取り出し、店の外観をカメラで撮る。


「? いきなりどうした?」

「どうしたもこうしたも……お前が『探偵』って言ったんだろ。念のため、何が参考になるか分からんから撮っといた」


 あとでごちゃごちゃ言われてまた足を運ぶのも面倒くさいし。俺が目を逸らしながらスマホを元のポケットにしまっていると、しばしの沈黙がその場を漂った。

「……?」


 顔を上げれば、奴は僅かに目を見開いてこちらをぽかんと見つめていて。謎の反応に、俺は思わずたじろいだ。

「なんだよ、そんな驚いた顔して」

「いやー、そういうことね!」

 どうしたのかと思ったのも束の間、朗らかな笑い声と共にバシバシと背中を叩かれる衝撃で俺は前につんのめる。


「『星空探偵』としての自覚が芽生えてきて嬉しい限り、ってね」

「おま、意外と力つよ……」

 目を白黒させる俺を置いてけぼりにして、「行くよー」と言いながら、桐山がガラス扉を手で押して店中に入っていった。


「いらっしゃいませ」

 俺たちが入るなり、売り子らしき店員の女性が微笑みながら声をかけてくれる。反射的に俺は慌ててぺこりと頭を下げ、桐山は軽く会釈をしながらショーケースの前へ歩いて行った。


「おお、美味そう」

 思わず声が口から漏れ出る。昼ご飯は午前中にちゃっかり済ませてきたけれど、デザートとなると話は別だ。ずらりとショーケースに並ぶケーキたちを見ると、ひとりでに唾がわいてくる。

 生クリームたっぷりのシュークリームに、定番のショートケーキ。コーヒーロールケーキや季節限定のフルーツタルトなど、恐らく15種類くらいはあるだろうケーキが並ぶ様子は壮観だった。


「ひょっとして、これじゃないか?」

 俺の隣で桐山が小さく声を上げる。ショーケースの端あたりを凝視している奴の元に近づくと、確かにその目の前には、クッキーの詰め合わせアソートの箱が鎮座していた。


「ああ、間違いない」

 見本として中身が見えるようディスプレイに飾られたアソートの中には、数十種類のクッキーの中に、俺の食べたチョコチップも、芹沢の持っていたマーブルも、両方とも入っている。


 クッキーは一枚一枚個包装されていて、その包装は今朝方俺が見た、銀色の洒落た模様のものだった。

「君たちも、それがお目当て?」


 柔らかな声がショーケースの向こう側から聞こえてきて、俺たちは顔を上げる。先ほどいらっしゃいませのスマイルをくれた女性の店員さんが、人の良さそうな顔をこちらに向けていた。下の方でくくったポニーテールの良く似合う、快活な笑顔の人だった。

「はい。前食べたら美味しかったんで、買おうかなと」


 桐生が快活スマイルを返しながら頷く。よく言うよ、食べてもいないくせに。

「あら、嬉しい。ありがとう、いつも東和高の生徒さんたちにはお世話になってます」

 店員の女性はころころと笑って嬉しそうに頷いた。そうか、制服。うちの高校の生徒がよく来るのも本当だったってわけか。


「あの、『君たちも』って言うのは……僕らの他に、買いに来た生徒がいるんですか?」

 俺は確信した。桐山、こいつは話すのが上手い。声のトーンや表情、話し方、その全部が相手の心にするりと入っていく感じ。外見の強さと人懐こさを持ち併せて、かつそれらをフルに上手く活用してくるのが、ちょっとした会話のやりとりでも伺える。

 桐山に話しかけられた彼女は、ほんのりと顔を赤らめながら首を振って答えた。

「いいえ、生徒さんではないと思うんだけど。昨日そのクッキーを二箱も買っていった人がいて」

 昨日。俺たちはそのワードにちらりと視線を交わす。俺は頷いて、店員の女性に視線を戻した。


「あの、その人ってスーツ着てて、大きな荷物持ってる人でした?」

「えっ、どうして分かるの!?」

 女性は俺の質問に口と目を丸くして、俺たちを見る。

『ビンゴ』

 桐山の口が、音もなくそう動いた。


「そう、そうなのよ。凄くよく覚えてるわ」

「その人、僕らの先輩なんですよ。昨日ここのクッキーを部活の差し入れに下さって」

 唐突なことを滑らかに喋り出した桐山に、俺はぎょっとして顔を向ける。桐山の顔に浮かんでいるのは相変わらず飄々とした微笑み。その片足は、明らかに意図的に俺のスニーカーを踏みつけている。痛いと言うほどではないが、重たい。


 言外の『ちょっと黙ってろ』の意だ。了解、ボス。

「あら、そうなの。なんだぁ、良かった」

 店員の女性の表情が明らかに緩む。桐山は不思議そうに一度首を傾げて見せた。

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