1-14 思った通り妙だな

 昨日の今日で、何となく想像に難くない。なんなら『星空探偵』とやらはその頃から存在していたのだろうか。


「で、昨日は何言われてたんだ? 随分長く話してたけど」

 興味津々といった様子で、訪ねてくる由利。

「そこの駐輪場のいわくの謎を解け、って」

 俺が教室の窓の外を指さすと、由利は「ああ、あの『停めない方がいい』ってやつか」と言いながら目を丸くした。


「知ってたのか」

「噂自体は。先輩たちからさんざん聞かされて、何なんだろうなってくらいは思ってた。……で、ひょっとしてその理由、分かったのか? 何だった?」

「ああ、まあ……一応」

 マジでくだらない理由だったけどなと前置きして、詳細を聞きたそうにしている由利にざっとあらましを喋る。俺が話し終わる頃には、由利は口元に手を当てて肩を震わせていた。


「まじで、そんなくだらない理由だったんだ!? 銀杏て……俺てっきり怪奇系の話かと」

 ぶはっと笑いの息を吐きながら、由利が頬を緩める。

「ああ、多分そのはずだ。全然怪奇でも何でもないな」

「はー、ひでーな。てかそんな話してたのか、お前ら」

 くつくつとまだ笑いの余韻を残しながら、由利が自分の席へと歩いていく。俺も自分の席に着き、通学鞄の中からノート類を机に移していると、再びぬっと目の前に由利が戻ってきた。


「教えてくれた礼に、これやるよ」

 そう言うなり、彼は俺の机の上に、透明な四角い小袋に個包装されたお菓子を置いた。ビニールの包装小袋の外周を、洒落た銀色の線で描かれた蔦模様がぐるりと縁取り、レース刺繍のような繊細な文様が描かれた小袋。そのど真ん中にはクッキーが一枚透けて見える。

 チョコチップクッキーだ。


「……? いいのか」

「いいよいいよ、俺が買ったんじゃないけど。昨日の夕方、校門前で貰った塾パンフのおまけに入ってたんだ。まだあるから、一個やる」

「おお……サンキュ」

 朝食は食べたけれど、すぐに腹が減ってしまうのは成長期男子の辛いところだ。食欲に負けてありがたく頂戴すると、由利は「じゃ」と爽やかな笑みを残し、去っていった。いい奴だな。

「おはよーさん」

「……おう」

 ちょうど俺がクッキーを味わっているところに、登校してきたばかりの桐山が来た。俺は軽く頷き、片手をゆるく揚げて挨拶に代える。


「碓氷くん、それ」

 椅子を引いて席に着きつつ、桐山は俺の手元にあるクッキーの残りをじっと見つめた。俺は口の中のものを飲み込んで口を開く。


「昨日の夕方、校門前で塾パンフと一緒に配ってたんだと」

「ふうん、塾パンフか……あれかね、よくあるB5かA4サイズの、上が空いているタイプのフィルム袋の中に、パンフレットが入ってるやつ」

「いや、そこまで詳しくは知らん」

 さっき人から貰っただけだしな。


「桐山くん、ちょっといい?」

 恐る恐ると言った感じで、クラスメイトの女子が桐山に声をかける。どうやら俺たちの近くで、四人ほど集まって話をしていた様子だった。

「うん? どうしたの」

 首を傾げながら桐山は優しく微笑み、話しかけてきた女子の方へと歩み寄る。そして何やら話をし始めた。

 今のうちだ!

 俺は桐山から解放された瞬間に残りのクッキーを貪った。


「やっぱり、僕の思った通り妙だね」

 数分後。クッキーを平らげ、ペットボトルのお茶を喉に流し込んでいるところに、桐山は上機嫌で帰って来た。その後ろでは、女子がちらちらとこちらの様子を窺っているのが見える。いやそんなことよりもだ。


「何が妙なんだよ、よくあるだろこういうの」

 俺はペットボトルを机の上に置きながら、桐山に反論すべく口を開く。

「塾パンフとセットにして、菓子とかシャーペンとかバインダーとか蛍光ペンとか、よく校門前で配られてるだろ」

 そう。恐らく新規顧客層のターゲットにされているのか、最近俺らの高校の校門前には、夕方になると塾業界の人間が大量の配布用パンフレットを持ってよく立っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る