1-13 あいつは昔から

 のんびりと微笑みながら、「アイスティーお代わり、持ってくるね」と怜さんがカウンターへと踵を返す。グラスが空になったのは俺だけだから、明らかに俺を気遣った言葉だ。

「いえあの、お構いなく。ご馳走様でした。あの、お代は」

 さきほどからほいほいとメニューを出されているのだが、食べるもの飲むもの全部が美味しいしクオリティが高い。高校生にとっては高い値段に違いなかった。


「え? もちろん、貰わないよ?」

「――はい?」

 俺まで思わず、キョトンとした声を出してしまう。今この人、何て言った?


「うちの甥っ子がお世話になってる迷惑料ってことで」

「め、迷惑料」

「ええ、間違いなく迷惑料ね」

 俺が戸惑っていると、隣からすかさずため息交じりに、怜さんへの同意の声が飛ぶ。

「ええ、みんなしてひどくない?」

 困ったように笑いながら右ひじをテーブルの上につき、桐山が苦言を呈する。流石に迷惑と言われる行為までは……おや?


「まあとにかく、今日から君もめでたく星空探偵の一員ってことで。これからどうぞよろしく、碓氷くん」

 肘をついたまま、桐山がそう言い放つ。

 前言撤回。やっぱり迷惑と言っていいかもしれなかった。

 人が答えてもいないのに勝手に決めるなよ、謎団体への加入を。


◇◇◇◇◇

 結局、喫茶店でのメニュー代を払おうとしても怜さんから固辞され、月島からは別れ際に「またね」と言われ。桐山は「また明日もよろしく」なんて涼しい顔で言って答えも聞かずに去っていくしで、もうどうすればいいのかよく分からん状態で、俺は翌日悩みながら登校する羽目になった。

「碓氷、昨日は大丈夫だったか?」


 桐山に星空喫茶へ連行された次の日。朝教室へ足を踏み入れるなり、俺は一人のクラスメイトにそう訊かれた。昨日、桐山から話しかけられた僕に「君の検討を祈る」と言ってきた男子生徒だ。

「ええと」

「由利秋人。秋人でいーよ、どうぞよろしく」

 誰だっけと反射的に記憶を掘り返そうとしかけたそばから、相手が自分から名乗ってくれる。

 どうも改めまして碓氷です、と名乗ると「知ってるって」と朗らかに返された。明るい茶髪に、人懐っこそうな笑顔。すらりと背が高く、割合に格好いい男だ。


「昨日、桐山から話しかけられてたろ? それだけでもう覚えるさ」

「へ?」

「俺、桐山と同じ中学出身。あいつ有名人だったんだよ」

「それはどういう方向でだ……?」

 この前、この由利たちからかけられた「お疲れ」の言葉と意味ありげな視線を思い出して、俺の笑顔は引きつった。


「あの適当そうな雰囲気出しといて、中学三年の全国模試、総合順位十五位。我が中学始まって以来の秀才、つってな。俺らの中学、普通の公立中だぜ? もう先生たちもびっくり」

「それは……俺もびっくりだ」

 ひどい方向への有名話かと思えば、全くそんなことはなかった。なんだ平和な話か、と思うと同時に俺は驚きを禁じ得ない。

 一応この東和高校は進学校の一角という扱いではあるわけで、そういう意味では桐山が進学してきた先として妥当性はあったのだろう。もっとも、全国模試十五位ならもっと上を目指せただろうに。ここ、公立高校だぞ。


「国内トップレベルの学力で学年一位ってだけでもビビるけどさ。桐山はまあ、色々あって」

「色々?」

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。そう勿体ぶられると余計気になってしまう。

「こう……なんつうかな、日ごろから色んなことに片っ端から積極的に首突っ込んでたな。あいつのバイタリティはやばいぞ」

「ああ……成程」

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