1-8 満天の星々と喫茶店

 今俺たちがいるのは二階分くらいを吹き抜けにしたような高い天井の、広い空間だった。床はふかふかとした絨毯が敷き詰められ、あちこちに丸テーブルを囲んだ一人がけソファー4つ組のセットがいくつかある。各テーブルの上には月を形どったまん丸な淡い黄色のランプが置かれていて、それを辿っていけば席のセットはどうやら七つほどあるようだった。


「あるようだった」というのは、全体像がいまいちぱっと掴めないからだ。

 ――それもそのはず、店内には満天の星々が光を灯す夜空が広がっていた。

「気に入った?」

「ああ、これはすごい」

 俺は思わず桐山の言葉に素直に頷いてしまう。喫茶店とプラネタリウムの融合と言っていたけれど、思った以上にちゃんとプラネタリウムしている。いや誰目線だよという話だが、(軽薄そうな雰囲気を醸し出す桐山に言われたというのもあって)もっとちゃちいのを想像していたのだ。この夜空の綺麗さはもう、幼い頃に見たプラネタリウムの夜空に匹敵する。


 風景に溶け込んでいるあまり注目するのが遅れてしまったけれど、部屋の真ん中には夜空を映し出す小型の投影機が、背の高い洒落た台座の上に鎮座している。パッと見ただけでもきちんとした機械を使っているのがよく分かった。


「まさか、高校の近くにこんな場所があるなんてな……」

 高校から自転車で5分ほど、場所は駅近くの地元の商店街の、横路地の一角。年季が入り、シックな雰囲気を醸し出す焦げ茶のレンガの壁と濃い緑色の屋根を持つ洋館の中に、こんな空間が広がっているだなんて誰が予想できただろう。


「あら、やっと来たのね」

 不意打ちで、近い距離に女子の声がした。誰かが銀色のペンライトで足元を照らしながらこちらに向かってくる。

 白っぽいYシャツに、暗い色のストライプネクタイと、制服らしきチェック柄の色の深いスカート。どうやら同世代の女子のようだ。

「遅かったじゃないの、桐山くん」


「ああ、ごめんユキノ。ちょっと手間取って……ってちょ、待って眩しい」

 桐山が俺の隣で狼狽えながら後ずさる。どうやらほんの一瞬、ペンライトの光を食らったらしい。

「あなたに下の名前を呼ばれる筋合いはないわ」

 桐山を一瞬ペンライトで照らした張本人の少女は、ぺしぺしと自分の手のひらにペンライトの柄をはたきつけながらそうのたまった。ちらちらと光に照らされるその造形は薄暗がりの中でも綺麗だと分かるレベルに整っている。肩のやや下まで伸びた真っ直ぐな髪に、涼やかな目元。クールビューティーと言って差し支えない。


「いやあ、だって親戚中みんな君のこと下の名前で呼んでるし……」

「従妹だからって、越えてはいけない礼儀の壁はあるものよ。ましてやあなたみたいないい加減な人間に呼ばれるなんて」

「普通、親戚のこと苗字呼びする? ていうか地味にひどい……」

「あなたの言う、その『普通』って何が基準なのかしら」

 けんもほろろとはまさにこのこと。あの人を食ったような飄々とした爽やか笑顔を重装備している桐山が、気圧されている。

 それくらい、先ほどから間髪入れずにぽんぽんと鋭い答えが返ってくるのだ。静かに涼やかな声で、淡々と。……この子一体、何者だ?


「ええと……さっき従妹って言ってたけど、この人、お前の従妹さんなのか? 桐山」

 とりあえず、状況は把握させていただきたい。恐る恐る横からそう切り出すと、二人分の視線が突き刺さったのが分かった。俺は思わず首をすくめる。

「――そう」

 目の前の少女が俺の方に体を向けながら口を開く。

「湊高校1年、月島雪乃と申します。以後お見知りおきを」

 湊高校って、確か名門難関女子校じゃないか? そう思い出していた俺は、彼女から差し出された右手へ反応するのにワンテンポ遅れてしまった。

「あ、ああ……東和高校1年の、碓氷 十夜と申し……ます?」

 同い年同士ってわけだよな、今更ながら「申します」って違和感凄いな。そう思いつつ、俺は握手をすべく右手を差し出す。差し出された手を無視するというのもばつが悪い。

 ……と、思っていたのだけれど。

「左利きなの?」

 互いに手を差し出した謎の体制のまま、彼女はそう聞いてきた。

「え?」

「腕時計、右手にしてるのね」

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