1-7 ありがたくないスカウト

 俺も桐山につられて首を傾げた。何を言っているんだ、こいつ。

「ん? さっき自分で言ってただろ」

「え?」

「『先輩たちも同じ目に遭ってるんだろうな』って。つまり、毎年新入生が入ったばかりの時は、上級生たちも積極的に自転車を停めないようにしてるんだろう、この辺に。でないと『曰く』の意味ありげな感じが一気に損なわれるし、うまく新入生を騙すことができない」


 それに、『習慣ってのは恐ろしい』と言った上級生もいたそうだし。ここに自転車を停めるのが習慣化されて毎日の行動パターンに組み込まれ、ある秋何も考えずにいつも通り自転車をここへ停めに来て、銀杏の匂いテロにまんまとやられる――なんてことは誰でも御免だ。普段から避けられている場所というのは本当かもしれない。

 ぼうっとしていると、何故かいつもと同じような場所へ同じ行動をしに行ってしまうのはごく自然の流れだ。


 それにしても。『曰く』の原因は全く大したものじゃあなかったが、そこそこ生徒数の多いこの高校で駐輪場所は限られているし、誰かがこの辺に停めないと明らかにスペースが足りなくなる。つまりは秋に向けて駐輪場所の争奪戦が今から予想されるということだ。銀杏のことを忘れないうちに、俺も別の場所に停めるのを習慣化しようか――しばらくそんな思考にふけっていた俺は、桐山が俺の肩を強い力で掴むまで、奴の様子に気づかなかった。


「いやー、いいね君! 君みたいな奴を探してたんだよ」

「は?」

 ぶんぶんと肩をゆすられ、俺の首はごきゅ、と音を立てそうなレベルで前後に揺られた。

「よし、決めた。君を『星空探偵』にスカウトしたい」

「ほし……何だって?」

「それにしても『踏み潰された』銀杏か……ヘラの蟹ってとこかな。いいねえ」

 何を言ってるのか全く分からんな、こいつ。俺が眉をひそめる側で、桐山はつかつかとG組の方向へ歩いていく。


 待て、もうちょっと情報を寄越せ。

 俺がため息を吐きながらその後ろからついて行こうとすると、桐山は道半ばで立ち止まって振り返る。


「詳細はこの後、『星空喫茶』で話すよ」

「星空喫茶……この後?」

 聞きなれない単語と聞き捨てならない言葉に俺は片眉を上げる。

 もうこの後はまっすぐ帰るつもりだったんだが――そう言いかけた俺の目の前で、桐山は何を考えたか一年G組教室の開いた窓枠に手をかけた。内側から、クラスメイトが興味津々な目でこちらを窺っているのが見える。


「待て待て待て」

 桐山が何をしようとしているのかを察した俺は、慌てて奴の詰襟部分を引っ張った。

「だってもう外履きは履いているわけだし、窓から入れば効率的なショートカットだろ。靴脱いで、鞄取ってきてまた出ればいい」

「ただの不審者にしか見えないし、やめろ」

 これ以上好奇の視線にさらされ、注目の的になるのはごめんこうむりたい。俺が切実な思いで引き留めていると、桐山はやっと窓枠から手を離した。


「分かった、これから碓氷くんが詳細聞きに来てくれるならやめるよ」

「分かってくれて何より……って、何だって?」

 ほっと肩を落としかけたのも束の間、俺はぎょっとして目の前のクラスメイトの無駄に整った顔を見つめる。


「ここから自転車で五分くらいなんだ。何なら特別に、スイーツをご馳走するよ。プラネタリウムの夜空の下で」

 無駄にかっこよく倒置法っぽく言わないでほしい。中二病感が増す。

「その前に、もうちょっとここで詳細を話してくれてもいいんじゃないか?」

 俺がそう言うと、桐山は無言でまた窓枠に手を伸ばした。だからやめろって。


「分かった分かった、『星空喫茶』だな! 行くよ」

「そりゃ助かる。ご検討どうも」

 好奇の視線にさらされる恐ろしさに負けた俺が白旗を上げると、桐山はあっさりと再び昇降口に向かって元の道を歩き出した。

 くそ、さっき『注目されるのが苦手』だなんて言わなきゃよかった。弱みを逆手に取られていやがる。

「心配しなくてもいいよ、場所は近いしちゃんとしたとこだから」

「……ああ」

 まあ五分なら近いし、いいか。『詳細』とやらも聞いてみてから判断すればいいことだ。無駄足だったとしても、何かの話のネタにはなるだろうさ。

 俺はそう自分に言い訳しながら、桐山の後を追った。


◇◇◇◇◇

 結論から言うと、無駄足ではなかった。ありがたいことに。

「おお、こりゃすごい……」

 思わず感嘆の声が俺の口から漏れ出る。まさか高校の近くに、こんな場所があろうとは。

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