1-9 喫茶店の店長

「ああ……いや、右利きだけど」

「そう」

 浅く頷くと、彼女はそれ以上は聞かずあっさり退いた。別に大して興味もないけれど話のとっかかりとして聞いた、そんな感じ。

 が、とりあえず会話は成立している。思ったよりもつっけんどんな対応をされなくてよかった。俺は胸の中でほっと胸をなでおろしつつ、空振りになった右手を彼女同様に引っ込めた。


「――で、顔合わせ第一弾も終わったところで」

 パンと隣で桐山が両手のひらを打ち合わせる。おいこら待て、まだ俺に何も説明もしてないのに、「想定通り」みたいな顔をしないでくれないか。だんだん目がプラネタリウムの暗さに慣れてきたから、さっきよりも良く見えるようになってきて表情も全部見えちまうんだ。


「ごめんレイ叔父さん、遅くなって」

 桐山が店の奥の方へと歩いていきながら声を掛ける。その先を目で追うと、部屋の奥にカウンター席があるのが見えた。カウンター前に並べられたスツールは四つ。カウンターテーブルには三日月を模したランプが等間隔に置かれていて、その後ろに長身の男性が居るのが見える。


「いいや、時間通りだよ。そっちの男の子はご友人かな?」

 男性はにこやかに微笑んだ。笑うとくしゃっと目じりに皺が寄る、チャーミングな微笑み方だ。鼻筋の通った高く大きめの鼻に、目尻のやや下がった優し気な目。ダンディーな雰囲気を持つ、清潔感のある男性だった。そんな彼が着ているのは白いワイシャツに黒のエプロン。カウンターの後ろに立つ彼は、なにやら手元で作業をしているようだった。


「あ……すみません、お邪魔しています。碓氷十夜と申します」

 カウンターに歩み寄り、俺はすっと背筋を伸ばして頭を下げる。

「おや、凄く綺麗なお辞儀だね。そんなにかしこまらなくてもいいんだよ」

 ははっと快活な笑い声を上げた男性は、手を止めてこちらにぺこりとお辞儀を返してきた。


「初めまして、桐山怜です。そこにいる、涼くんの叔父と言ったら分かりやすいかな」

「え」

 俺は思わず右横に居た桐山を見る。奴はニヤリとして「レイ叔父さん」を右手で指し示した。


「その通り。この喫茶店、『星空喫茶』の店長は僕の叔父さん」

 それを先に言ってくれ。まさか高校入学たった数週間で、クラスメイトの親戚に二人も会うなんて聞いてない。……まあ、聞いたところでどうしようもないけれど。

「ええと……ということは」

「私の叔父さんでもあるということよ。桐山くんのお父さんが長男、その妹が私の母、その弟が怜叔父さん」


 何も言っていないのに、左隣から補足説明が来た。新学期早々、クラスメイトの家族構成に詳しくなってどうするんだ俺。

「……成程。ご説明、ありがとう」

「どういたしまして」

 さらりと言い、彼女は更に一歩、カウンターの方へ足を踏み出した。ランプの明るい光に照らされ、彼女の目鼻立ちの整った顔と長い睫毛が良く見える。

「ところで桐山くん、今日集合をかけられた理由をまだ聞いていないんだけど」

 どうやら桐山の従妹も俺と同様の状況理解程度だったらしい。

「まあまあ、まだ全員揃ってないみたいだから。とりあえずはそこの席にでも座って休んでなよ。新作のメニュー、作ったからさ」

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