0-2 もう何も言うまい
「ならないね。だって僕が気に入ってるんだから」
「そうかい」
何度言っても譲らないな、こいつ。ため息をついて姿勢を正そうとした俺は、そのはずみに教室の外にちらちらとこちらを窺う気配があることに気づいた。
「探偵ごっこはともかく、一旦出るぞ」
「お、乗り気になってくれた?」
「違う」
俺はそう言いながら「ん」と教室の外を親指で示す。教室の外には、五人ほどの女子学生がたむろしていた。恐る恐ると言うように俺たちの教室を覗き込んで、互いに頭を振っている女子たち。みな一様に、手には黒いファイルと大きな黒いケースを抱えている。
彼女たちの目的は当てるまでもない、吹奏楽部のパート練習場所探しだろう。ケースの大きさ的におそらくはクラリネットあたり。生徒数の割に部活のみならずサークルやら同好会やらが乱立しているこの東和高校では、圧倒的にそれぞれの集まりが活動する「部屋」が足りない。
手早く学生鞄に教科書を突っ込み、桐山を待たずに俺は歩き出す。教室の中を窺っていた女子たちの側を通りかかると、なぜだか一斉に視線を向けられた。
が、別に知り合いがいるわけでもなく。けれどそのまま通り過ぎるのもなんとなくきまりが悪く、軽く会釈だけして教室を出る。
そのまますぐ角を曲がって昇降口に出て、ずらりと並ぶ焦げ茶色の下駄箱の扉を開け。学生鞄を背負いながらスニーカーを履いている最中に、どすんと後ろから衝撃が来た。
「いやー、流石は十夜だね」
「何が。てか重い、乗るな」
片眉を吊り上げて後ろを振り返ると、屈託のない笑顔で俺の鞄に右ひじをかけた桐山がひらりと左手を振って寄越してきた。
「一瞬通り過ぎただけで女子の話題かっさらっちゃうんだもんな、顔がいい男はずるいよ」
「その言葉、そっくりお前に返してやるよ」
スニーカーを履き終わり、ため息を吐きながら俺は身を起こす。「んー?」と生返事を返しつつ、桐山はのんびりと下駄箱の蓋を開けた。
「ほら、惜しむらくは誠実さが足りないっぽいからさ、僕は。顔が良くても、チャラそうな見た目の奴より、正統派イケメンの方が対外モテるだろ?」
……自分の顔がいい自覚はあるんだな。
そう思いながら、目の前のクラスメイトを俺は眺める。長身ですらりとしている体躯の割に小さな顔。茶色に染められた髪は無造作だけれど様になっていて、その整った顔に良く似合っている。目元が若干猫目で童顔な印象を与えてくる顔に、猫っ毛の茶髪。変人で適当な奴だという噂の裏で、女子のファンがいるらしいというのも頷ける話だった。
「その点、十夜は背も僕と同じで高いし。しかも黒髪正統派イケメンだろ、大抵少女漫画のラストでヒロインとくっつくのはそっち。僕みたいな茶髪は当て馬」
「……お前、俺にどういう反応してほしいんだ?」
勝ち誇ったような顔でこちらを指してくる人差し指を軽くあしらい、仏頂面で尋ねてみる。このクラスメイトの思考回路は時々謎だ。どういうモチベーションで言ってくるのか全然分からない。
「『ま、当然だな』くらいにあしらえるようになると百点」
「そんなこと言わねえよ」
「そうかな。見た目への賛辞に飽き飽きしてる君には、効果抜群の言葉だと思うけど」
「……」
言葉を失った。もう何も答えるまい。
俺はくるりと足先を方向転換させ、開けっ放しになっている昇降口のガラス扉の向こうへ歩いていく。そのまま外に出て左へしばらく歩き、すぐそこにある校舎の角をまた左へ。そのまま自転車が両側に立ち並んだ小道を歩き、また左へ曲がると、校庭と校舎の間の小径に着いた。
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