放課後、星空喫茶で謎解きを
瀬橋ゆか@『鎌倉硝子館』2巻発売中
プロローグ。方向を間違えたエネルギー
0-1 綺麗な夜景の共通点
夜景と言えば、その形容詞はある程度決まっている。それは『百万ドルの』だったり、『星屑を散りばめたような』であったりと、夜景を売りにした観光スポットの説明書きには大抵、そうした文言が並んでいるはずだ。
とうに授業が終わり、人もまばらになった教室の中。俺の左隣に座り、そんな話を吹っかけてきた
「まあ、後は共通点がもう一つ。
「共通点?」
何のことだ。俺が首を傾げると、桐山はにっこりとしたまま浅く頷いた。
「その『綺麗な夜景』は、社会人の残業の光だってことさ」
「……」
爽やかないい笑顔で言うことじゃないと思うんだが、それ。
とは思いつつも敢えて何も言わずに桐山から目を逸らし、教室の窓の外に目を向ける。ここからすぐ近くに見える、校庭の辺に沿って並ぶイチョウ並木たちの向こう側から、運動部の威勢のいい掛け声が聞こえてきた。
普段から俺の左隣の席であるこのクラスメイトは、物事への見方がだいぶ斜めに偏っている。『青春とは、方向を間違えたエネルギーそのものを言うんだ』とか何とか、普段から訳の分からんことを言ってくるから困ったもんだ。
何だよ、方向を間違えたエネルギーって。
俺から言わせれば、校庭で高校の部活動に精を出す彼らのような生徒たちこそが『正しい青春』を送っていて、俺らのこの状態こそが『方向を間違えている』としか思えない。
「……十夜」
現実逃避をしていた俺の側で、幾分か低くなった桐山の声がする。ぎくりとして彼の方に目を戻すと、形のいい目がじっとこちらを凝視していた。
ひとたび、黙って適当な場所で適当にぼけっとしているところなんかの写真を撮ってばら撒けば、至る所でファンが付きそうな外見をしている少年、それが桐山だ。普通に着ているだけの制服の学ラン姿までもかっこよく見えてしまうのだから大したものだと思う。
だけど、黙っていられないところがいけない。
「今、思いっきり『どうでもいい』って思ったろ。顔に書いてある」
右手で頬杖を突きながら、桐山は俺を指さした。
「どうでもいいとは思わんが、『なんて悲しいことを言う、捻くれた奴なんだ』とは思った」
俺は軽くホールドアップして見せてからため息をつく。
この東京という都会の地でも、俺たちの頭上に星は輝かず、代わりに俺たちのいるこの地上に夜景が瞬く。奴の言葉を使えば、『残業の光』が高層ビルの数々に瞬いているのだ。それって切なすぎやしないか。
「桐山はつまり、こう言いたいんだな。リア充が肩を寄せ合って眺める地上の星の数々は、その時間にも残業している人たちのオフィスから出来ている、って」
「別にそこまで具体的に言わなくても……悲しくなってくるだろ」
桐山の柔和な目が、どこか哀れむような色を帯びて俺を見る。誰が始めた話だと思ってるんだ、誰が。
「一つ補足すると、ここ東京はそうだとしても他のところは分からないぞ。現にオーストラリアの人なんかは残業をしないから、夜景を保つために点灯をしてるらしいし」
「え、そうなの?」
「聞いた話では」
俺の言葉に、桐山は腕組みをして考え込み始めた。そこまで悩むほどのことでもないと思うのは俺だけだろうか。
数十秒後、奴はわざとらしく咳払いをしながら、俺の机の隅をコンコンと指の関節でノックする。
「ま、一般化することは危険だって教訓が得られたとこで」
「主語をでかくして事を収めようとすんな」
「今日も星、見に来ない? ついでに『星空探偵』の活動のためのネタ探しも、なんてね」
俺の突っ込みをあっさりと無視して、桐山が言葉を続ける。
彼のこの提案は、『天体観測しようぜ』の意味ではない。俺たちの住むこの都会では、夜空に一等星をやっと見つけられるくらいが関の山だ。
「……毎回思うんだが、その小っ恥ずかしいネーミング、何とかならないのか」
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