また夏が近づいてきた。梅雨明けと軌を一にするように、ぼくは後ろめたい手淫を抑えられないようになった。そしてそのふしだらな手で、彼女の純潔な手を握ることに、深刻な道徳的な頽廃たいはいを覚えずにはいられなかった。純潔?――そう、間違いなく彼女は純潔であった。


 彼女の肌はすべて、天上にいる神々のものであり、ぼくのものではなかった。ぼくがもし、彼女の肌を執拗に愛撫したいのであれば、彼女の永久を、ぼくも分かたなければならない。しかし、有限な時間が無限の慾求を産むということは、神々でさえ知ることだ。


 ぼくはこの有限と癒着している。あの夏の一日に覚えた愉楽――ぼくの性の目覚め――を、有限の外側へと追いやるために。


 しかし、あの愉楽をから追放するには、いまの恋人は適切ではないような気もしなくはない。彼女との純愛めいた戯れは、砂漠で浮輪を使うように滑稽で、見るに堪えないもののように思えた。いまもまた、彼女の左手から感じる熱に、虚構性のうすれた生々しい性を受けとっていた。


 一体、あの夏の一日は、なぜここまでぼくのを規定してしまったのだろう。――それはおそらく、中学に上がる前に、朱音がぼくの前から姿を消したからに違いない。朱音の不在こそが、ぼくが抱えたトラウマを享楽に変えてしまったのだ。


 あの一日の出来事はすっかり、憧憬の対象として歪められてしまった。こうした倒錯を名づける言葉をぼくは知っている。しかし、その倒錯を自ら進んで受け入れようという気持ちに、どうしてもなれない。


 快く受け入れてしまえば、夏が近づくころに、ノストフォビアへのノスタルジーとでもいうようなものに苦しめられることは、おそらくなくなるのかもしれない。


「もしかして、雨が降ってきたかも」


 彼女、――真利愛にそう言われてみると、たしかに、あたりは暗くなりはじめていた。山の麓にあるこの村の木々が、一斉にざわめきはじめているのにも気づいた。この雪国の降雨というものは、常日頃から大風を伴うものであり、傘を差すことは線香花火を灯すのと、なんらかわりはない。


 瞬く間に、真利愛の制服は水分をふくんでぴったりと彼女の肌にはりつき、扇情的な線をいくつも描いてみせた。しかしその線を手でなぞることは、いまのぼくにはできないことだった。彼女の意志とその背後に流れるを尊重するべく、自らを律していたから。そして彼女は、ぼくのそうした禁欲的な部分にも愛着を抱いているらしかった。


「じゃあ、また明日ね」――真利愛は小さく手を振ると、急いで洋風の家のなかに入っていった。そして、ぼくがもうひと走りしようとしたところで、「優くん、傘!」と、紅色の傘を掲げて見せた。ぼくは「大丈夫だから!」とだけ言って、大きく手を振って再び走りだした。


 ぼくは、真利愛のが、どうしても好きになれなかった。


 家に帰り服を脱いでみると、たしかにそこは屹立きつりつしていた。ぼくはそれを慰めるためにも、すぐにでも部屋に閉じこもらなければならなかった。しかし、台所から母と祖父の会話がうっすらと聞こえてくるなかでの処理を思うと、どこか生理的な嫌悪を抱かざるを得なかった。


 だからしかたなく、シャワーを背中にあてたままの排泄を試みた。耳のなかには、しっかりと、あの日の蝉時雨が乱響していた。

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カイブツさん 紫鳥コウ @Smilitary

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