第3話 どうやらここはテロリストのトラック内らしい


 途中で車に突き飛ばされて死ぬ人、何だかよく分からない植物の怪物に襲われて食べられてしまってる人などを視界の端で捉えながら懸命に走る。質量を感じるほどの粉塵の空気を酸素と取り込みながら、肺が焦げるほどの炎の匂いを振り切って行く。


 ぜえ、はあ。と肩で息しながらもようやく家に辿り着いた。しかし幼い頃から笑顔の絶えなかった実家は半壊してて潰れており今やコンクリの瓦礫と化していた。周囲の逃げ惑う人々の叫び声を掻き分けると、俺の母親が寝転がっている所を見つけた。


「お母さん……っ!」


 しかしうつ伏せになってる母親の背中には鉄の棒がぶっ刺さっており何Lもの血液が玄関だったはずの床を赤黒く染めていた。もう長くは無いと知りながら情けなくもオレは、泣きながら母親に声をかけてきた。母はオレを見ると涙しながら微笑んだ。


……良かった、無事で良かった……っ」


「今助けるからッ!! あつっ!?」


「駄目よっ! ラップ!!」


 何とか母親に刺さっている鉄棒に繋がってるコンクリ部分を退かそうと考えて、オレの手が鉄柱に触れるのとお母さんが叫んだのは全く同じタイミングだった。鋭い痛みに貫かれたように感じると悲鳴を上げて、慌てて鉄柱から手を反射的に離した。


「クソっ、どうすれば良いんだよこれっ! …………なっ、」


 お母さんを生きたまま脱出させる方法を考えてると、少し奥の方から何かしらの植物が動く音が聞こえて来た。それも先程に見たような巨大な化け物のようではなく、人間の形をしたような植物がゆっくり、オレとお母さんに向かって歩いて来ていた。


『おっ、オッオッオッオッオッオッオッ……』


 そんな怖気を誘うような呻き声を発しながら近づいてくる。歩き方も人間にしては明らかに歪なもので、体の至る所から生えている蔓が触手のように動き回っていて『メキメキ』という音を立てている。全身の皮膚が大木のように茶色いのが特徴だ。


 だが人生で初めて見る化け物の生命体に怖くなってオレは泣き崩れることしか出来なかった。早くここを立ち去らなければあの化け物に喰われるぞと脳内が危険信号を鳴らしている。しかしここでお母さんを置いて1人で逃げる選択肢がオレには無い。


「植物の怪物が襲ってくるわ……ラップ! もうお母さんのことは良いから、あなただけでも1人で逃げてちょうだい! 早くっ!!」


 オレはその辺りに落ちてた捨て服を手に纏って何とかお母さんを貫いてる鉄柱を引き剥がそうとする。しかしお母さんが苦しそうな声を上げる上に服も燃えてしまい、諦めざるを得ない。こんなものに貫かれてまだ生きてるお母さんの状態が奇跡だ。


「オレだって逃げてえよ!! 絶対に死なせてやるもんかっ!!」


 植物の化物が刻々と近づきながらオレはその辺に落ちている衣服の全てを手に纏って鉄柱を動かそうとする。服越しに手が焼け初めて白い煙が立つ。熱くて痛いせいでオレはうめきながら涙が止まらなかった。お母さんもボロボロ泣き始めてしまった。


「もうお母さんは鉄柱に貫かれて動けない……仮に抜けられても出血多量ですぐに死ぬわ……もう本当は分かってるでしょ?」


 オレだって馬鹿じゃないからそんなことはもうとっくに分かっていた。それでも現実を受け入れられない自分がいる。恩返しもロクに出来ないどころかずっと反抗期だったオレを無条件で愛してくれたお母さんを見捨てられる勇気なんてオレには無い。


「オレが傷を塞いで血を分けてやるよッ!!」

 

「どうしてお母さんの言うことが聞けないのよ!? お願いだからっ。最後くらいお母さんの言うことを聞いてよ! このままだと2人が死んじゃう。ラップ……っ!」


 涙しながらも吠えると、お母さんから人生で一番大きな叱り声が響いて肩がビクリとした。けれど最後にボロ泣きしながらも悲痛な声で名前を呼んでくれて更に涙を誘われた。植物の化物は今にも8メートル先のすぐそこまで段々と近づいて来てる。


「だったらオレがあの化物を倒して時間稼ぎしてやるよっ!!」


 オレはその化物を睨んで良く観察した。すると触手のように動き回る蔓と木のような皮膚以外にも、体の表面から赤色の果実のようなものが生えてることに気づいた。アレが心臓に違いない。あれを5ヶ所とも全て壊したら無力化出来るんじゃないか?


「こんなときにふざけるのも大概にして頂戴っ!! ラップ、最後に渡したいものがあるからこっちに来なさい!」


「ヒッ……イヤっ、嫌だよお母さんっ!!」


 しかし化物のあまりにもおぞましい姿を見て腰が引けるとお母さんがポケットから何かをオレに渡して来た。それは豪華なペンダントだった。後方から聞こえて来る植物の化物の不気味な呻き声を掻き分けるように、お母さんがオレに遺言を語りかけた。


「これはお母さんからの最後の希望だから今後も離さずに持っていて頂戴。そして今後は人と接するときに優しくしなさい! 本当は良い子なんだから。ラップくんは」


 崩壊した涙腺から再び涙が流れ始めた。もうお母さんは生きることを放棄したんだ。最後にお母さんがギリギリ中腰状態になると両腕を広げて声をかけて来た。泣いたまま笑顔を向けられて、そんな母親を拒絶できる子供なんてこの世に居なかった。


「こっちにおいで、ラップ」


 植物の化物が3メートル先に居ることに構わずオレはお母さんに抱きしめた。すると母親もぎゅっと抱きしめ返して最後の温もりを堪能して彼女の言葉に耳を傾けた。


「ラップ、不甲斐ない母で申し訳無いけれど今日まで生きててくれて有難う。あなたのことを凄く愛してるから、これから先もお母さんの分まで元気に生きてて頂戴」


 返事しようとして──突然お母さんに突き飛ばされた。

 あっという間に若干傾いた地面を転がって距離を置かれてしまう。

 訳が分からずオレはお母さんのことを四つん這いになったまま眺めていた。


「ラップ……最後に暴力を振るってごめんね……傷付けて、ごめんね……」


 お母さんが号泣しながら謝罪する間にも植物の化物がお母さんに近づいて行く。やがて到着すると化物がお母さんの後ろに跪いて身体中の蔓をお母さんの体に巻きつけた。そして肩に手を置く様子を見てもオレは何も出来ずに泣き叫ぶしか無かった。


「やめろ……やめろッ!! 殺さないでくれえええええええええええッ!!」


 化物が人間の形をした口をガバアっと、顔以上の大きさにまでバックリ開いた。

 口の内側は真っ赤で、粘性のある唾液と共に何百本ものとんがった歯が生えてた。

 お母さんのことを頭から丸齧りする気なんだと一瞬で悟れたがどうしようもない。


「ラップ……」


 自分の髪の毛に汚い粘液をかけられてなおお母さんが笑顔を崩すことは無かった。


「お母さん、愛してるから。ラップのことを誰よりも愛してるから……ずっと……」


 それだけ言い残すと植物の化物が本当にお母さんの頭から丸齧りにして、首から上をそのまま『ブチャッ』と食い千切って血という血が辺りに飛んだ。咀嚼して飲み込む様子を見せた化物が一瞬いつも通りの人間の顔に戻るも今度は遺体に齧り付いた。


「はっ、うぁっ……うおああああああああああああああああッ!!!」


 その光景が生涯に残るトラウマとなってオレを泣き叫ぶに至るに十分過ぎるほどの刺激だった。しかし大人気ゲームでかつて見たような食人植物のような生き物、リアルで歩くパッ○ンフラワーがオレの悲鳴に反応したのか今度はオレに向かってきた。


 ひたすら怖かったがオレの感情に構わずやつは進み続けた。不規則な歩み方で上半身をゆらゆらさせながら近付いてくる。けれどお母さんに続いて死ねるならもういっそのこと……。オレは逃げもせず植物の化物が来るの待ち、すぐそこまで来ると──


『ビーーーーーっ!!』


 大型のトラックがクラクションを慣らしながら突っ込んで来たので反射的に進路の外へと飛び出した。植物の化け物もトラックに轢き倒されてしまい床に寝転がったまま動かなくなった。死んだか? オレはトラックが気になってそれを追いかけた。


『見つけた……私の……!』


 何故なら微かにだがオレに語りかける女性の声が聞こえたような気がしたからだ。周囲の爆発音やら悲鳴でうるさいから直接では無かったが、直接脳内に語りかけるような感じだった。トラックはすぐそこにいる倉庫内へと突っ込んで動かなくなった。


「おい……誰か居ないのか?」


 気になってトラックの上を登ってみると大きな空洞があったので中が覗き込めた。けれど中には誰も居なかった。代わりと言えば人間が1人入れるような巨大なカプセルがあったが……まさかカプセルの中の人間がオレに直接話しかけられるわけ無──


「うわっ!? ……痛え……」


 突然一時停止してたトラックが動いてトラックの中身へと放り込まれてしまった。運転が荒いせいで体が器材のあちこちにぶつけられてしまう。一体何事なんだよ……この運転の仕方からは何かに逃げてるようにも感じられたが。すると声が聞こえた。


「テロリストどもよ! 直ちに降伏せよ! 射撃を開始するぞ! 直ちに停車せよ」


 テロリスト!? オレは今テロリストのいるトラックに乗っているのか!? しかし本当に撃って来たので慌てて物陰に隠れる。いつの間にか真上の空洞が閉まったようで安心……出来なくも無いな。そのせいでオレはトラック内に閉じ込められた。


「今の射撃は威嚇だ! 5秒以内に停車しなければタイヤを全てパンクさせる!」


 チッ……携帯も圏外になってしまった。いや現在も外の世界では植物が暴れたりとパニック状態になってるんだ。そうなっても仕方はないだろう。しかし参ったな。このままだとオレもテロリストとやらと見做されるんじゃないか? いや、何とか生徒手帳を持ってるから、これを見せてあげれば無実を証明出来るだろう。


「今すぐ降伏してウィルス兵器を手放せ! 繰り返す! 今すぐ降伏して停車せよ」


 何だと……あのカプセルの中にある人影がウィルス兵器だと……!?

 もしかしてオレは今とんでもない存在の真横に立っているんじゃないだろうか?

 怖く思い始めながらもこのトラックは、どうやら地下街へと逃げて行ったらしい。

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