第2話 町中に鳴り響くJアラートの国民保護サイレン

 

 ようやく辛い時間が終わってオレは無事だった数少ない荷物を持って場所を移動した。体操服の袋の中に本命の財布を忍ばせておいて正解だったな。お陰様で喉が渇いた今オレは自販機で大好物な飲み物であるバナナ&ミルクジュースを飲めるのだ。


 一気に半分程飲み込むと息を吐いてコクのある味わいをゆっくり堪能した。今の自分はまるで仕事帰りに居酒屋で酒に酔う中年男性のようだな。今まで観察して来た中での偏見でしか無いが。さて。これからどうしようかと思っていると、思い出した。


「そういえばバイトだったなこの後」


 とはいえ自転車を取り上げられては向かえないしもう既に数時間は過ぎてるだろう。一応バイトに電話を入れると問答無用で大幅な減給を言い渡されて危うく携帯を投げてしまうところだった。クビに対してサヨナラで返事をすると頭を切り替えた。


 すると電話が掛かってきたので出ると、仲の良い友達の声が聞こえた。


『よおラップ! もうバイトは終わったか?』


「ああ、まあな。それで悠也ゆうや、いきなりどうしたんだ?」


 電話の向こうにいるのはオレと同じく高校一年生で親友でもある衣笠悠也きぬがさゆうやだ。

 すると電話の向こうから彼の恋人である橘莉奈たちばなりなの可愛らしい声が聞こえた。

 彼女ともいつの間にか仲良くなっていて元気で快活なのが特徴的な女の子だ。


『ラップ! ほらほら、バイトが終わったならさっさと私の家に来て! みんなで楽しくワイワイしようよー! あ、ちなみに〜桔梗ききょうちゃんもいるゾ〜!』


「ちょっと待て莉奈……梨恵りえも来てるのか!? マジで!?」


 梨恵桔梗……彼女は同学年の剣道部のエースとも呼ばれている女子だ。藍色の髪を高い位置でポニーテイルで括ってるのが印象的だ。性格は明るくて天真爛漫なギャルで、過去に1度オレをイジメから庇ってくれたときから存在が気になってた女子だ。


『どう、どう? 凄いでしょ!? 他のメンバーもいるからさっさと来なさいよね』


『そうだぜラップ! 来なければ他の野郎どもに取られちまうのかもな〜?』


「うっせーな! 余計なお世話だ! けど仕方ないから行ってやるよ、待ってろ!」


 梨恵が自分の仲良いギャル友達じゃなく莉奈達と遊んでるのが珍しいが、彼女と距離を縮める絶好のチャンスなので莉奈の家に行かない選択肢は無い。ここからだとジョギングで20分くらいかかりそうだが、梨恵と会うための体力トレーニングだな。


『あはははっ。ねえ悠也、聞いた? 今のん。姫様を向かえに行く騎士様みたい』


『だなー莉奈? ここはオレ達でなんとか2人きりにさせられるよう策を考えるか』


「だから余計なお世話だって言ってんだろ、企みが丸聞こえだぞバカップルめ!」


『ツンデレのラップご馳走様でした〜! それじゃあ、待ってるからね〜』


『ってわけで、さっさと来なよ? じゃあまた後でなラップ!』


「ツンデレじゃねえ! けど、ありがとう。また後でな莉奈、悠也も」


 これで進路は決まった。チャリをパクられたのだから今すぐに警察に相談しに行くのが正しいだろうが、オレにとっては『梨恵>オレの所有物』の優先順位は変わらないからまた後日に回そう。おっしいっちょ走って来ますか──とした所で止まった。


 何故なら約100メートル先にある大きなビルのテレビが、適当な広告の画面から突如に切り替わったのだ。すると画面に映ったのは日本の総理大臣である首相のおじさんだった。どうやらスマホの画面にも映ったからオレは手元を見ることにした。


『ブウウウウ〜〜〜〜ウウウウウンンンン〜〜〜〜ブウウウウ〜〜〜〜ウウウ……』


「な、何事だ!? これは国民保護サイレンの音!?」


 思わず叫んでしまう程に全身の鳥肌が立って頭の中が恐怖で支配されてしまう。Jアラートによるこの国民保護サイレンは主に外国からのテロ攻撃、戦争の始まりやミサイル発射をされた際にのみ鳴らされるもので、シャトルランの音よりも怖い音だ。


 こんな音がオレの携帯からだけでなく、街全体から重低音の音が響いてるからまるで世界の終わりかのようだ。いや怖いというよりも気持ち悪くなってきた。しかし画面の首相が喋り始めたから黙って聞くことにするが、画面の文字に集中して読んだ。


        『\\\\国民保護に関する情報////』

『隕石落下&ウィルス情報。直径約10kmほどの大きさの隕石が幾つも地球に最接近しています。更にその隕石に狂暴的なウィルスが付着してる恐れがあります。これは人類史上最悪最恐の大災害、国家存続の危機及びに人類絶滅を想定されています』

               『対象地域:』

『日本、及び全世界の全国……ヨーロッパの諸国、ロシア、中国、韓国、以下略』

       『日本国内で隕石落下の危険のある想定地域:』

『西日本全体……福井県、滋賀県、三重県、大阪府、奈良県、兵庫県、岡山県、広島県、山口県、徳島県、愛媛県、福岡県、佐賀県、大分県、熊本県、長崎県、宮城県』


 マジか……オレが今住んでる大阪府にも隕石が落下するっていうのかよ!?

 全世界で同時に隕石が落下するなんてことあ本当にあるのかそもそも?

 疑問で頭が痛くなりながらも総理大臣の話に黙って耳を傾ける。


『こちら総理大臣です。画面の通りに小型の隕石が只今、全世界の全国に渡って落下中です。この隕石は大気圏内に入ると分裂し、日本に降り掛かる際に主に西日本に落下する可能性が極めて高いです。それだけでなく、詳しくは不明ですが隕石には狂暴的なウィルスが付着されている可能性が非常に高いです。今すぐに避難して下さい』


 繰り返します、と言って喋る総理大臣と共にオレのような外国人にも情報が伝わるように英訳や中国語などのナレーションも付け加わっていく。いや避難するってどこに!? それよりも隕石に狂暴的なウィルスが付着してるって何事なんだよ!?


『すぐに隕石が落下します。今頃空に見えるので見上げて下さい。隕石が進む軌道を確認した後に逃げて下さい。決して近づいてはいけません。繰り返します。す──』


 言う通りに空を見上げると青い空から何個もの燃える岩が物凄い速度で飛んでいた。まるで世紀末のような絵面で周囲を見渡してみると何人もの人が携帯をかざして呑気に動画を撮っていた。いつの時代も人間は危機感の足りない生き物だな。


 とは言えオレもうかうかしてられない。オレが今いる地点を通り過ぎようとしてる隕石が何個かの塊に分裂した。そのうちの一つがオレの目前まで来ると直感するとすぐに全力疾走した。高村達に暴力を振るわれた披露がまだ蓄積されてるが我慢した。


「衝撃に備えろ! 伏せろおおおおおお!!」


 ようやく落下が想定位置の50メートル横程まで逃げると、すぐ落ちると予感してオレは横断歩道の段差の真横にうつ伏せに寝転がって頭を守った。風圧で吹き飛ばされることもなく周囲に高いビルも無いからガラスが落ちてくる心配性も無いだろう。


『ドガンンンッ!!』


 しゃがんですぐに巨大な地震と共に衝撃が左から右へと過ぎていき、怒号や悲鳴のする辺りを見回してみると、建物から落ちて来たガラスの破片に大怪我をした人たちが続出していた。ある者は泣き崩れていて他に叫びながら全力疾走してる人もいる。


 近くにある無断で駐車されている車の鳴らす音も耳にうるさくて距離を取ると、公園にある大きな木の手前で真っ黒な岩が煙を上げていた。地面も抉れてるが、岩からも青色のような点々が付着してるようにも──ってまさかアレがウィルスなのか!?


 もし警報が真実ならばアレは狂暴的なウィルスだ。オレはすぐに公園の外周にまで身を隠したが、つい気になって様子を覗き込む。しかしオレの脇を通り過ぎるように興味津津な人達がゾロゾロと謎の隕石に近づいていく。危機感が無いのかこいつら?


「綺麗だな……!」


「おい、写真撮ろうぜ!」


「良いね〜! 撮ろう撮ろう!」


 しまいには岩の目の前で記念写真を撮り始める大学生のバカップルまで表れ始めた。隕石の落下で電波に障害があったのか総理大臣からの警告の続きが来なかった。仮にゾンビアポカリプスによるバイオハザードが始まったら今すぐ立ち去らないと。


 けれど敵の分析も大事だからこの目でしっかり情報収集をしなければ……そう思って岩を観察してると少しずつだが、青色の点々が地面に向かって移動を開始し始めている。それに気づいた呑気な人達がようやく事態を把握し始めたようだな。


「おい、点々が移動していくぞ!」


「みんな離れるのよ!」


 しかし酔っ払いのおじいさんの反射神経が遅過ぎたのか逃げ遅れて、青色の点々が靴を登るようにしておじいさんの皮膚を食い破って侵入していく様を確認した。おじいさんが倒れると初めて大声の悲鳴が飛んだ。けれど事態はそれだけに終わらない。


「おい、点々が木の中に入って行くぞ!」


 住民の言う通りに青色の点々が木の中に侵入して行った。どうやら他の点々も優先的にあちこちにある木々の中に入っていった。けれど一番多く入った木に徐々に変化が現れ始めた。5メートルの高さの木が2倍の10メートルまで急成長したのだ。


「おい急にでっかくなりやがったぞ!?」


「なんかヤバくね……?」


 いやそれだけでなく茶色だった樹皮が徐々に緑色に変化していく。その様子を見届ける前に悲鳴が聞こえた。先程倒れたおじいさんの体がみるみるうちに植物のような姿に変化していった。背中から触手──いや血などで赤黒くなった蔓が生え始めた。


「きゃあああああああっ!?」


 オレの周囲に群がり始めた人々もヤバイヤバイと叫び始めたが、一番驚かされたのはおじいさんではなく急成長した木だった。元の葉っぱが全て剥がれ落ちると頂上がパックリと開いて肉食動物のような口の中を覗かせ体の至る所から蔓が生え始めた。

 

「おい……何だよ、あれ……」


 オレの真横で誰かが唖然としながら周囲の人間が大きなを見上げていた。

 いや、アレをただの木と呼ぶには不気味過ぎて、誰も言葉が喉から出て来ない。

 何故なら10メートルにも及ぶその巨木の頂点には大きなが開いていたのだ。


「──肉食植物だ」


 その口からは紫色のような気体と共に、飢えた獣のように唾液が漏れていた。

 更にその口の下から生えている無数のつるが触手のように動き回っている。

 その薄い緑色の蔓が何人かの人を捕まえて自分の口に放り込んでから悲鳴が出た。


「人が喰われたぞ!!」


「いやああああああッ!!」


「ば、化け物だあああああっ!!」


 そう叫んだ男性に物凄い速さで伸びて来た蔓が男性の腹に巻き付いてから、口の中に放り込まれてガブリと丸呑みされる姿を見てオレは、両足がすくみながらも一生懸命にその場を離れて、中央公園から3分ほどにある実家に向けて走り出していた。

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