第二十九話 イカレた強み

殺す……? 僕を?


「ッ!?」


 僕は席から飛ぶように立ち上がる。


 だが小暮さんはあくまで落ち着いた様子だ。


「安心してくれていい。あれから時間が経ち、君のお父さんの考えも飲むことができた。今は殺す気も失せたし、それに君じゃない。わたしが言っていたのは黒葬悠馬君だよ。歩君じゃない」


「黒葬……悠馬?」


 僕は首をかしげる。


 確かに僕の父の名前は時景だし、僕の父親であることに変わりはない。


 だが悠馬とは誰なのだろうか。


 母親からも僕に兄弟がいるなんて話は聞いたことが無い。


「黒葬悠馬、彼はわたしが行動を起こす前に死んでしまった。いや、と言った方が良いか。君との関係性は、前の君と言うのが一番近いだろう」


「前?」


 すると小暮さんはすっと席を立ちあがった。


「殺し合いなんてロクなものじゃない。あいつらは敵なんてなんだって良かったんだ、ただ利用できるかできないかをずっと考えていた」


 財布を取り出し、お札を何枚か重ねて置いた。


「ゆっくりしていってくれ。わたしは少し散歩でもしようと思う」


 小暮さんは帽子を深くかぶりなおす。


「巻き込んでしまってすまないね。でも時間が無かったんだ、許してくれ。昔話に付き合ってくれてありがとう。あ、あと」


 小暮さんは一色さんをちらりと見た。


「君は少しだけ杏子に似ているよ」


 彼はそう言うと、店を後にした。


 小暮さんの話には、僕が知りたかったことのヒントが大量に隠されてあった。そのことは大きな収穫になった。


 だが、何か嫌な予感がする。


 取り返しのつかなくなってしまうような予感が。


「僕たちも行こう!」


 二人もうなづき、店にお金を渡して急いで出る。


 だが先に出たとはいえ、あまり時間は立っていないはずなのにも関わらず、小暮さんの姿は見受けられなかった。


 だが彼の行く場所については一つあてがあった。


 サダルスウドの所だ。


 僕たちが走り出そうとした時、紅城さんがぼそりと呟いた一言が、妙に頭に響いた。


「ユーマ……」


 その声はそよ風にも打ち消されるほど、か弱いものだった。



「あ、ああ、待って、た、こ、ぐれ、探偵、死ねええええええええええ」


「久々に会った相手に死ねは良くないな」


 小暮の声色は柔らかく落ち着いており、いつも通りだった。


 いや、むしろ落ち着いていた。


「殺したかったのはお前だけじゃないんだよ」


 胸ポケットから一枚のコインを取り出し、親指でそれをはじいた。


 金色の光がきらきらと輝き、地面に落ち軽い音が鳴った瞬間、銃声が鳴り響いた。


「!?」


 サダルスウドの影のような体の一部に穴が開き、そこから全身にわたって鎖のようなものが伸び始めた。


「次元錬金・強制刻令」


 小暮はそう唱えると、サダルスウドの鎖は地面へと伸びて刺さり、そして消えた。


 煙の立ち込める拳銃を下ろし、血の滴る口角を上げて彼は笑った。


「錬金術師にとって才能とは何か、分かるかい?」


「だ、まれ、だ、ま、れ、だまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれえええええ! い、ま、何を、したか、言えええええええ!」


 地獄から響くかのような怒声を、全く意にも返さずに話を続ける。


「学習能力がないな。十年前のことも忘れたのか。まあ話を聞けよ、錬金術師にとって才能とは、強力な錬金術でも強靭な肉体でもない。では何か?」


「知る、か、死ね、死ね死ね」


「錬金術師の強さはね、頭のイカレ具合に比例するのさ。頭のネジがぶっ飛んでるやつはやっぱり強い」


 小暮は口から流れ出る血を、ハンカチで拭き取る。


「ならわたしはどうなのか。客観的にものを考えてみたんだ、探偵っぽくね。じゃあ結構驚いたよ」


 彼は帽子を深くかぶりなおした。


「たった一匹の妖に対する殺意だけで生きていたんだよ。何をするにしても殺意があふれ出て止まらなかった。はは、十分わたしもイカレてたんだ!」


 十年前の生き残り。


 元S級錬金術師、小暮英司。


 彼は再び銃のロックを外した。

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