第二十八話 因縁

「なんでここにいる。裏切り者に用はない」


「そう邪険に扱ってくれるなよ。日本のたった二人の同じS級だろ?」


「……」


 小暮は警戒を怠らない。


 いつでも目の前の男を殺せる用意はしている。


 何か怪しいそぶりを見せた瞬間、確実に彼の心臓を打ち抜く。


「どうして裏切った」


 黒葬は顔を曇らせる。


 黒葬は、確かに小暮と同じ二人しかいないS級であった。


 だが、先日連盟の本部の役員二名と、錬金術師数名を殺害し、連盟から指名手配されている人物でもある。


 以前から何を考えているのか分からない奴だったが、まさか裏切るとは想定外だった。


「お前は何も知らない。連盟のことも、錬金術のことも。知った気になってるだけだ」


「人殺しに何を言われようが響かないな」


「……だから何も知れないんだよ連盟の犬が」


 黒葬が一歩足を踏み出した瞬間、小暮は右手に握っていた拳銃の銃口を黒葬に向けた。


 だが同時に、黒葬も小暮に拳銃の銃口を向けた。


 お互いに銃口を突き付けられ、事態は硬直する。


「S級が二人そろって拳銃とは、前時代的だな」


「お前が消えてくれるなら使わなくて済むんだが」


「それはできないな。俺には俺の目的がある」


 しんとした空気の中、ついにその時が訪れる。


 何かが破裂したような音。


 銃を発砲した音だ。


「な!?」


 小暮は撃たれたかと思った。だが体に痛みは無く、平常だ。


「別に銃が一つしかないなんて言ってないだろ?」


 黒葬は左手にも拳銃を持っていた。


 その左手の拳銃からは、火薬を爆発させた煙が立ち上っていた。


「あ、杏子!」


 そう、撃たれたのは杏子であった。


 頭から血を流し、血が飛び散っていた。


 小暮は黒葬への警戒も忘れ、杏子に近寄った。


「杏子、おい! しっかりしてくれ! 杏子!」


 すると小暮の右耳に、ひんやりと冷たい金属が押し当てられる。


 カチャッという音を立てて、それは明確な殺意を持っていた。


「そいつもE級とはいえ錬金術師だろ。水瓶の錬金術に呪われてる。吸収されると厄介だ」


 小暮は杏子にそっと触れる。


「……だから、だから殺した……のか?」


 杏子の脈は、止まっていた。


「杏子は、わたしの生きがいだったんだ。子供も生まれる予定だった。二人で楽しく穏やかに過ごして、子供が生まれたら三人でピクニックをして……。連盟から抜けて、普通の研究者として、普通に生きて、過ごして、暮らして……。最後に生きてて良かったって、杏子と一緒に言って笑って、死んで。そうやって……」


「ならお前もここで殺してやるよ。俺にお前を殺すつもりは無かったが、殺してほしいなら別だ。悪いな小暮、お前ひとりの悲しみと、世界の平和とでは重みが違う。理解しろとは言わないが、飲み込んでくれ」


 しばらくその状態が続いたが、黒葬は、小暮を撃たずにその場を後にした。


 だが小暮には黒葬を追うだけの気力は残っていなかった。



 後日、杏子の葬儀が執り行われ、墓はできるだけきれいなものを選んだ。


 連盟に対する不信感、黒葬に対する殺意、人生の絶望。


 すべてが混じり合って、目に見える世界が灰色になってしまった。


 だから少しでも色を取り戻せるように、少しでも杏子が報われるように、小暮は連盟を脱退し、探偵を始めた。


 理由としては、情報の集めやすい職業だったからだ。


 連盟の情報を徹底的に調べ上げ、黒葬の情報を集めた。


 だが思った以上に情報は集まらなかった。


 連盟は初めから不透明な組織であったので、情報を集めることは困難であることは分かっていた。


 だが黒葬の情報もほとんど入ってこなかった。


 連盟脱退後、黒葬もいないため、日本にはS級は存在していない。


 だが決して小暮はあきらめなかった。


 迷子探しから無くし物探しまで、自分の名が広められるようにどんなことでもやった。


 自分の名が広まれば、きっと再び黒葬は現れるだろうと思っていたからである。


 そんな時、黒葬に関する情報を一つ収集することに成功した。


「息子がいる……?」


 小暮は柄にもなく、ひどく怨念に憑りつかれた。


 どうして自分から全てを奪った男が、全て与えられているのだろうか、と。


 息子の名は、黒葬悠馬ゆうまと言うらしい。


 確実に息子もろとも殺してやる。


 夜刻錬金戦争が終結して、三年目のことであった。

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