第二十六話 小暮

―――十年前、霜崎市(現在黒葬たちの住んでいる町の名前)


 あたりは一面絶望で覆われていた。


 泣き叫ぶ人。もう泣き叫ぶことができない人。痛みにもがく人。理解が追い付かない人。


―――ありえない。こんなことは絶対に!


 その一人の男は、より深い絶望を身に背負っていた。


―――どうしてこうなった。


 考えてみる。だがやはり元凶は奴しか思い浮かばない。


「黒葬時景! お前さえいなければ!」


 そうだ、奴さえいなければ完璧だった。


 男は地面に膝をつけ、血が出ているのも気にせずに、アスファルトを殴り続けた。


 男の名を、小暮英司と言った。



 時間を更に巻き戻そう。


 その時代、錬金術自体、あまり世間に浸透していなかった。


 もちろんメディアには一定数存在はしていたが、一時期流行り消えていった。


「小暮さん、また寝ないで研究ですか」


「……他人行儀だな。英司で良いといつも言っているのに」


「分かりました、ダーリン」


「その呼び方も止めてくれ」


 二人の男女は笑い合う。


 女は小暮の妻であった。連盟つながりで出会った二人は、つい先日式を挙げ、幸せの絶頂ともいえる期間を過ごしていた。


「今は錬金術の研究が忙しくてね。悪い」


「連盟からの依頼?」


「ああ、全く連盟も人使いが荒いよ。錬金術なんて近代のブラックボックス、そうそう解析できるわけない」


「ふうん、それにしても依頼だなんて、まるでですね」


「はは、わたしはただの科学者だよ。のね」


 小暮は、発足したての連盟に所属していた。


 当時の連盟は今ほどの人数はおらず、力も小さかった。だが彼らのバックについていると言われている、政府、国際団体の力はあまりにも大きかった。

 それにより連盟は、より大きな組織へと力を蓄え、急激な成長を遂げていった。


「わたしはね、錬金術がこの先の未来を変えていくと読んでいるんだ」


「さすがにそれは無いと思いますよ? まあ確かに錬金術とは言っても、意味わからない能力もありますけど。大抵は私みたいに物質を一定時間変換したりとか、あとは少しものを浮かしたり動かしたり程度のものですもの。むしろあなたみたいな錬金術の方が少数派ですよ、Sさん」


「……まあ、そうなんだけどね」


 小暮は様々な分厚い本を開き、試験管の中で液体をぐるぐると混ぜている。


 一見錬金術とは関係なさそうな行動ではあるが、小暮は今現在かなり重要な研究をしていると自負していた。


「ねえ、杏子あんず。錬金術が、もし初めから人間に備わっていなかったとしたら?」


「どういうこと……?」


「今現在、錬金術についてわかっていること。人は生まれつき、それぞれの錬金術式と呼ばれるものを持って生まれてくる。錬金術式とは数学の公式のようなものと考えてもらえれば良い。その公式に、世の中のあらゆる現象を代入して錬金術を発動させる。ここまではいい?」


「え、ええ」


「でもおかしいんだよ。古代では錬金術とは、人同士で物を改良し合い、物の価値を高めると言う物だったはずだ」


「……いつの頃からか意味合いが変わった……?」


「わたしはそう考えている。今ある錬金術は何か別のもので、名前が無いから錬金術と呼んでいる。あくまで仮定だけどね。ちなみにこの液体は術式を一時的に破壊する毒だ。この毒の原理はね、生物の原初のDNAを……」


「そ、その話の続きはまたにしましょうか! ご飯作ったから食べましょう」


「そうだね。もう少しで試験を中断しよう」


 こうして小暮は実験を中断するため、いろいろな機材をいじり始めた。


「いつか、わたしの研究が多くの人の役に立ってくれると良いな」


 彼は願っていた。いずれ錬金術が世のために使われ、繁栄する世界を。


 だがそれこそが彼の人生を狂わせる考えの一つだったのだ。

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