第二十三話 変装の心得

「悪い悪い、タマ見つけたわ! お腹すかして俺の家の玄関に座ってた」


 先に事務所に戻っていた僕と一色の前に、伏見は猫を抱え、能天気な笑い声をあげながら帰ってきた。


「あ、もちろん依頼料は先に小暮さんに払ってるから心配せんでもええで」


「良かったね、タマ見つかって」


「マジで良かったわ。全くエサしか見いひんとは、お前は現金な奴やで」


 伏見君はタマを床に下ろし、ポケットからチュールを取り出す。


 そしてチュールの袋を破り、タマの方へ持っていく。


 するとすごい勢いで舐め始めた。


「んじゃ、俺はそろそろこの辺で。また困ったことがあったら言うてや、力になるで。まあ俺天才やしな! ……笑う所やで?」


 そう言って彼はタマを連れて、家に帰ったのであった。



 疲れたな……。


 公園に行く程度、散歩と変わらない。


 だが、彼のテンションに合わせていると、いつか飲み込まれてしまいそうだ。


 一色さんも同じくぐったりしている。


「……一色さん」


「ん?」


「小暮さん、最近用事多いよね?」


「確かに最近は多いね。以前はほとんど仕事なんか来んかったけん、暇やった」


 やっぱり違和感だ。


 でも僕が方言に慣れることを引き受けたんだ。


 責務は全うしよう。


「……やっぱり敬語の方が話しやすいですか?」


「いや、全然大丈夫だよ」


「良かった。でも小暮さんは普段何をしとるんやろね」


「……明日つけてみよう」


 確かに時間は無い。


 だが結局小暮さんを約束の場所に連れて行かなければ、多くの人がサダルスウド水瓶座の犠牲になる。


 見逃すわけにはいかない。


 先に小暮さんを調べてみよう。



「それじゃあ、留守番頼んだよ」


 小暮さんは爽やかな笑みを浮かべて事務所を出た。


 今日を含めて、サダルスウドとの約束の日まであと二日。


「変装はオッケー?」


「完璧やよ」


 そういう彼女の服装は、いつもの探偵風帽子にコート。


 違うのはサングラスとマスクをつけていることぐらいだ。


 ああ、びっくりするぐらいいつもの彼女だ。


「完……壁……?」


「これなら絶対に小暮さんも気付かないはず。黒葬さんは変装できとーと?」


 僕はあまり特徴のない人間だ。


 なので、特に何もしていない。


「うーん、私にはいつもの黒葬さんにしか見えんよ」


「そりゃ変装してないからね」


「バレるよ!?」


「いや、多分一色さんの方がすぐにバレると思うよ……。他にもう少し人がいれば撹乱っぽいことができて楽なんだけどな」


「面白そうなことしてんじゃん」


「「うわあ!!」」


 突然紅城さんが僕たちの間に割り込んできた。


「いつの間に!?」


「いやー、予想以上のリアクションご馳走様。来たのは今、小暮さん尾行するんだろ? 面白そうだから混ぜてよ」


「用事ないのに来たんですか?」


「いや、小暮さんはちょっとした知り合いでさ。事務所に来たことも何回かあるし。でも小暮さんって謎な部分多くて丁度気になってたところだったんだよね」


 そういうと、紅城さんはちらりと一色さんを一瞥する。


「あと、君のそれは変装とは言わない!」


「ええ!? どうしてですか!?」


 一色さんは素っ頓狂な声を上げた。


 まさか本当に変装できていると思っていたとは。


 ネタじゃなかったのか。


「まずサングラスの時点で怪しい」


「でも伏見君この前依頼しに来てた人は普段学校でもサングラスかけてますよ?」


「そいつは普段から怪しい奴なんだよきっと。あとマスクとの合わせ技がヤバい。私は怪しいですよって言ってるようなもんだからな。つー訳で取れ」


 紅城さんは一色さんの変装グッズ? を一瞬にして剝ぎ取った。


 おそろしく速い手さばき。僕でなきゃ見逃しちゃうね。


「け、結構自信あったんですけどね……」


「いやマジか。あとそのTHE・探偵って感じの服装ですぐバレるだろ。あと尾行には一つコツがある」


「コツ?」


「そう、変装なんて大して必要ない。なぜなら見つかんなければ良いだけだから」


 そう言うと紅城さんは仮面を取り伊達眼鏡をかけ、不敵な笑みを浮かべた。

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